第8話:狼の銀尾
白々亭に入ると、椅子に座って休憩しているルーティが居た。
最高のタイミングで戻ってこれたようだ。
「おっ戻ってきたね? 下拵えはもう手慣れたもんさ、ちゃちゃっと終わらせて待ってたよ」
「絶好のタイミングで戻ってこれたみたいでよかったです」
「悪いが、さっそく聞きたいから場所を移そうか」
そう言って立ち上がり、カウンターの奥にある扉へと向かう。
後ろから付いて行き、ルーティに続いて中に入っていく。
「どんな形で秘密にしたい事が漏れるか分からないからね、今後はなるべく此処で話すようにしようと思ったのさ。あ、適当に座っておくれ」
入って直ぐがリビングのような部屋らしく、大きめの机に椅子が四脚置かれている。
他に棚等が置かれているが、過去の帳簿なんかが置かれているのだろうか、中には古めな紙の束が混ざっているようだ。
言われるまま座ると、セルゥが机の上にポインっと飛び移った。
「んじゃ、早速お願いしていいかい?」
「はい。私の故郷では、肉類の下処理をする時に【塩胡椒】というものをかける事があるんです。【塩胡椒】の【塩】は、今使っている岩塩が其れにあたりますが、もう片方の」
「……【コショー】ってやつかい」
「そうです、その【胡椒】が手に入って、初めて【肉の下味付け】が完成するんです」
「なるほどね、今の【美味しい肉】は本当にまだ未完成だったのかい……」
言いながら背もたれに体重を預け、天井を見上げる。
初めて聞く物を探すのが、どれだけ大変な事かを知っているが故に、どうしても眉間に皺が寄って渋い顔になってしまう。
椅子をギシギシと揺らしながら、どうしたものかと思案していると、綴文が口を開いた。
「探し出す手段は一応持ってます。ですが、この辺りの地理や地形に明るくないので、手伝ってくれる人が欲しいなと」
「その手段ってのは、教えてもらえるのかい?」
「もちろんです、でもその前に……<防音結界>」
唱えると、綴文の足元から床や壁、天井を這うように六角形が敷き詰められていき、最後にキンッと音を立てて結界が完成した。
「これは音を外に漏らさない為の結界です。外の音は聞こえるので安心してください」
「結界術って……エルフでも扱える奴が少ない高等魔術じゃないかい! はぁ……とんでもない子だね……」
神さまから貰った料理魔法の一部だったものなのもあって、少し微妙な気持ちになる。
努力して得ていたら、胸を張って誇れるのだろうが……。
「でっでは……<タブレット>」
「たぶれっと……?」
微妙な気持ちを誤魔化すように、慌ててタブレットを起動する。
当然ルーティには見えていないので、何をやってるのか理解できていないだろう。
「<タブレット:視認許可>」
タブレット全体が僅かに光り、直ぐに消えていく。
すると、ルーティにも視認出来るようになったようで、驚きの表情でタブレットを見つめている。
「<【
地図アプリが立ち上がり、白々亭を中心とした周辺地図が表示される。
ルーティは更に目を丸くし「はえぇ……」と謎の声が漏れ出している。
何が映し出されているかは、イマイチよく分かっていない様子だ。
「<
検索をかけると、一箇所だけ該当したようで、ピスッとピンが刺さった。
位置的には、村の北側にある森の中のようだ。
相変わらず驚きっぱなしのルーティに呼び掛け、戻った所で解説をする。
すると、所々疑問を抱きながらも漸く理解が追いついたのか、改めて感嘆の声を上げるのだった。
「この森の中にあるみたいなんですが……」
「あそこの森か……猛獣も出るし、森自体もかなり広くて迷いやすいからね、確かに協力者が居ないと厳しいか……冒険者に護衛の依頼でも出してみるか」
「冒険者への依頼って、どうやって出すんですか?」
「ここから一番近い所だと、キャブ王国になるか。そこの冒険者ギルドに行って、依頼書を発行してもらうんだ。当然、相応の報酬が必要になるから、それも決めて行かにゃならん」
「なるほど、私から出せる物は……今の所何もないですね……」
「それは大丈夫だ、多少の金と【美味しい肉】でも付けてやれば文句は出ないだろ。この地図を見る感じだと、かなり浅い所にあるみたいだし、危険度はあまり高くないしな。まあそれでも油断はできんが」
どこか思い出に浸るように語る口調は寂しそうで、瞳も何処か遠くを見ているようだった。
きっと私が知らない過去があるのだろうと思い、それについて思考を巡らせるのを止めた。
「んじゃアレだな、まずは依頼内容と報酬の詳細を決めて、キャブ王国に行く準備をしないとだな!」
膝をパンッと叩き、何かを追い払うかのようにこれからの事を決めていくルーティ。
自身も少し強引だったという自覚があるのか、少しぎこちない笑顔になってしまっている。
「ですね、依頼内容は護衛任務……」
それから詳細を詰め、最終的にこんな感じになった。
――
・セリカの森の探索及び植物採取の護衛
人数:三人から五人の一パーティ
期間:二節から四節
報酬:一人千ルピス、食事付き
――
改めて内容を確認し、問題無いのが分かると、ようやく一息吐くことができた。
ルーティが満足そうに腕を組んで頷いていると、扉が開いてエルネがやってきた。
「内緒話でもしてたのかなー? 物音もしないしー、ちょっと心配で見に来たんだけどー」
「おうエルネか、まあ似たようなもんさね。外に漏らせない話してたからよ、今部屋に防音結界が張ってあるんだ」
「シラカミサマは結界術が使えるのねー♪ すごいわー♪」
話し声はおろか、物音一つ聞こえない事に疑問を抱き様子を見に来たエルネと、その疑問に答えるルーティ。
どこかふんわりとした雰囲気が漂い、だんだん甘ったるく感じてくる。
褒められて頭を撫でられてる間も、頭に砂糖を塗り込まれているような気がして、なんとも言えない気持ちになった。
「料理に使いたい物があるので、それの採取時に護衛してくれる人をギルドで募集しようかなと思いまして」
「そういう事ならー、今冒険者さんが来てるからー、お話してみるのも良いかもしれないわねー♪」
そう提案すると、その冒険者が少し前に村の中を散歩しに行った事を告げて部屋を出ていった。
エルネの背中を見送った後、ルーティと目が合うと「ま、話だけでも」と言われたので、拒否する理由も無いので賛同した。
そして、結界を解こうとした時、再びタブレットが淡く光を発し始めた。
「どどどうしたんだい?」
「わ、分からないです……」
何が起こっているのか分からず混乱していると、画面の中から小さな板がスーッと出てきた。
全て出きると、光が徐々に弱くなっていき、小さな板が机の上にゆっくりと下りていく。
綴文もルーティも、ただただそれを見ている事しかできなかった。
最初に言葉を発したのはルーティだった。
「タブレットの……子供?」
「これは……スマホですね……」
「すまほ……」
出てきたのは、タブレットと瓜二つなデザインのスマホだった。
呆然と見ているとスマホが起動したらしく、白い画面が表示され、機械的な音声が流れ始める。
『所有者の識別完了。これよりルーティ・キラルトの専用端末としてセットアップを行います。ステータス情報の同期・共有……完了。声紋の登録……完了。顔認証の登録……完了。再起動を行います』
状況が飲み込めてきた綴文に対し、ルーティは口を半開きにしてあわあわと困惑している。
スマホが再起動すると、馴染みのあるホーム画面が表示される。
「ルーティさーん……おーい、ルーティさーん」
顔の前で手を振って呼ぶが、反応が無い。
何度かやっていると、ようやくこちらに帰ってきた。
「はっ! 一体何が起こったんだい?!」
「んー……どうやら、このタブレットの視認を許可すると、許可された対象にスマホが付与される? みたいですね。今までやった事が無かったので、私も今初めて知りましたが」
「自分の力なのに知らなかったのかい……。はぁ……んで、こりゃ一体何なんだい?」
「それはですね、この中に色々な機能が詰まってまして、遠く離れた人と会話ができたり……」
若干興奮気味のルーティに通話機能であったり
☆Tips
世界的に有名なソーシャル・ネットワーク・サービスの一つ。
友達になった相手とチャットや通話ができ、グループを作って複数人とチャットができる。
スタンプを送る機能があり、有料・無料合わせて十万種類を軽く超える豊富なスタンプが利用可能。
企業の公式アカウントも存在し、最新情報やお得な情報を得られたりと、使われ方は幅広い。
☆
こうしていて分かった事が一つだけあった。
入力も表示もそれぞれの言語に自動設定・翻訳されるようで、綴文の方は日本語、ルーティの方はアノニーム語になっていた。
アプリの名前なんかも変化していたので、本体設定にもアノニーム語があるのかもしれない。
なんやかんや楽しく説明していたが、全て説明しきる前に昼の食事が目前な事に気が付き、慌てて店内へと戻っていくのだった。
――
なかなか出てこない二人にぷくーっと頬を膨らませるエルティをなんとか宥め、二人で腹所に入った。
先程部屋を取った冒険者も食事に戻ったようで、普段の昼より少し騒がしい、賑やかな時間になったのは、なんだか嬉しかった。
その後、エルネに頼んで冒険者に後で話がある旨を伝えてもらい、二人で怒涛の勢いで夜の仕込みを終わらせた。
二人揃って腹所を出ると、四人組の冒険者が椅子に座って談笑していた。
今村に居る冒険者は一組だけ、あの四人組で間違いないようだ。
「あんた等がうちに宿泊してる冒険者で間違いないかい?」
答えは分かりきっていたが、ルーティは一応確認だけでもしておこうと思ったようだ。
その問いかけに冒険者達は首肯する事で答える。
「頁貰っちゃって悪いね、あたしは白々亭の店主ルーティだ。んで、隣に居るのが……」
「ツヅミ・ナナフシです、よろしくお願いします」
綴文の姿を見て驚いた表情を見せたのは、ただ一人だけだった。
実は、今目の前に居る四人の内三人は、【美味しい肉】に切り替える準備期間中に、偶然採取の依頼で訪れた冒険者達だった。
当然綴文とルーティも覚えており、何か運命めいた物を感じていた。
真っ先に口を開いたのは剣士の男。
「オレは【
「魔法使いのスバンっていいます。最近入ったばかりで、魔法も初級魔法しか使えないです……」
「私はミミカ。弓術と錬金術が得意。後方支援専門」
流れるように次々と自己紹介していき、最後に筋肉ムキムキな男が残ったが、綴文を見て呆然としたままの様子。
見かねたリカルが脇腹を小突きながら小声で声をかけると、ハッと我に返って頭をブンブン振ってパーティメンバーを見る。
それに対して「自己紹介!」と小声で言われ、若干の混乱を残しつつ言葉を絞り出した。
「ワ、ワシは【ラリゴ】じゃもん。格闘家じゃもん」
綴文は名前を聞いた瞬間、逆から読んだら【ゴリラ】である事に気が付き、吹き出しそうになる。
なんとか笑いを堪えていると、ルーティに軽く背中を叩かれ、なんとか笑いを飲み込んで椅子に座った。
「ちょっと話を聞いてほしくてさ……その前に、うちの【美味しい肉】は食ったよな?」
「当然です! あの肉が食べたくて、また採取依頼受けて来たくらいですから!」
「はっはっは! 嬉しい事を言ってくれるじゃないかい!」
豪快に笑いながら膝を叩き、綴文の頭にポスっと手を乗せる。
「あの肉の作り方は、この子から教わったんだ。そして、更に完成度を高める為に、ある植物の採取が必要でね、護衛の依頼を出そうと思ってる」
「シラカミサマがですか?! しかもアレで完成形じゃないだなんて……」
「じゃもん……」
リカルが驚愕の顔で唾を飲み込み、神妙な面持ちでメンバーの顔を見る。
全員がそれに答えるように頷くと、意を決したように、真剣な顔でルーティの方を見つめ直す。
「詳しくお願いします」
ルーティはニッと笑い、出す予定の依頼について話始める。
その光景を横目に「そんな大層な話じゃないのになー」と、どこか他人事のように思っている綴文。
ルーティが話している最中、何度もラリゴが綴文の事を見ていたが、そんな綴文が気付く事はなかった。
一通り話し終わり、
ルーティも依頼を出してから何日か待つ事になるだろうと思っていたので、直ぐに決まった事に満面の笑み。
しかし、これが綴文の【運】が齎した結果だと知る事は無かった。
「【コショー】が手に入ったら、試食にも参加してもらうから頑張っておくれよ?」
「「「「!!!!」」」」
「任せてください!」
「が、がんばります!」
「一往直前」
「んおーっ! 筋肉が滾るんじゃもん!」
ルーティの言葉で一気にモチベーションが上がったのか、どこか硬くなっていたラリゴも調子が出てきた様子。
リカル・スバン・ミミカもそんなラリゴの姿を見て、どこか雰囲気が柔らかくなったように感じた。
その後、リカル達は明日に備えて少し体を動かしてくると言って広い場所を探しに行った。
「おっとそうだった、採取に行く時に付き添いが一人増える予定だから」
「ん、そうなんですか?」
「なんかフランツの奴がさ、シラカミサマの力になれる事があったら言ってくれーって言うもんだからさ、一応声かけておこうかなってね」
「へー、フランツさんが……門番なのに門から離れちゃっても良いんですかね?」
「…………良いんじゃないかい?」
「完全に他人事ですね」
「まあ実際他人事だからな。離れて怒られるのはあたしじゃないし」
「あはは……」
乾いた笑いが漏れる綴文の肩で、セルゥがぷるんっと揺れた。
セルゥも綴文の護衛を頑張ろうと、小さな核を気合で熱くさせるのだった。
――Side 狼の銀尾
四人で宿屋を出た後、近場の開けた場所で素振りを始める。
ミミカは弓の整備をし、スバンは中級魔導書を読んでいるようだ。
そしてラリゴは……。
「大丈夫か、ラリゴ」
素振りを中断し、汗を拭きながらラリゴに話しかける。
「大丈夫じゃもん……少し驚いただけじゃもん」
「そうか……正直オレも初めて見た時は驚いた。聞いた話とあまりに違ったから……」
「…………」
ラリゴは無言で握った拳を見つめて黙ってしまう。
「お前だから言える事もあるだろ、あんま溜め込まないようにな」
「…………じゃもん」
ゆっくりと瞼を閉じ、深く深く息を吐く。
瞬間、洗練された動きで拳が突き出され、空気が揺れる。
流れるような型が続き、最後に突き出された拳は静寂を生む。
「……相変わらず綺麗な型だ」
「此れだけがワシの取り柄じゃもん」
そう言ったラリゴの瞳には、何か決意したような、そんな強い意思が揺れていた。
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