第76話 潮騒

 艦底から吹き出す七色の粒子が、ゆっくりとその白銀の船体を押し上げる。

 機甲巨人を搭載した後、エリオンらを乗せたインヴェルの船は、そうして重量を微塵も感じさせることなく、悠々と浮かび上がっていくのであった。

 先の戦火から命からがら逃れた小動物達が、その様を遠い木陰からひっそりと顔を出し、慄きつつも固唾を飲むようにして見守っている。

 そしてまた、彼らと同じように、その船を崖の先の遥か洋上から臨む鋼の艦隊があった。――アマンティラに上陸、大規模な侵攻を目論んでいた、モリドの揚陸艦隊である。


「インヴェルの船、高度8千を超えました。攻撃の気配はありません。……我々に気付いていないのでしょうか?」


 艦橋から双眼鏡で船影を追っていた将兵が呟くように問うと、つば付き帽を被った髭面の男が、さもあらずと不満げに鼻を鳴らした。


「向こうのレーダーは宇宙戦闘用だ。気付いてて無視してるんだろうよ」


「では、このまま上陸を?」


「馬鹿言うな。中止に決まってるだろう。ダカルカンは壊滅、合流予定のエイレ隊からも応答無しでは、既に作戦として成り立っとらん」


「ではエイレ隊の回収も――」


「あの対消滅で生き残りなんぞおらん。それにアイツらが敢えて無視してるってのは、『このまま帰れば見逃してやる』ってことなんだろうよ」


「しかしこちらは8隻ですよ? 対空兵器も万全ですし、熟練のパイロットだって――」


そういう話・・・・・じゃねえんだよ、機甲巨人ってのはな。1機で1国、軍事力で考えるならそれが妥当だ」


「そんな……」と唖然とする将兵を横目に、男は帽子を深く被り直す。


「進路反転、ミドガルズオルムに連絡を取れ。エリオン虹の少年の回収は失敗、インヴェル宇宙人の介入により進駐艦隊は一時撤退するとな」


 そして丸く抉られた岸壁を睨みながら、


「こいつは、大きい波が来るぞ……」

 

 真っ直ぐに立てた襟の裏でそう洩らし、奥歯をギチリと鳴らすのであった。



 ***



 雲海を割り進むインヴェルの船『リ・インダルテ』の艦内。気流やエンジンの騒音など届くことのない、静まり返った半円筒状の通路を、颯爽と往く者があった。


「ご無沙汰しています、杠葉先輩」


 華奢な背に歯切れの良い声を掛けられると、コノエはその足を止めた。

 振り返った彼女の前にはアヤメと、その横にはギルオートの姿。二人を認めたコノエは即座に微笑みを返した。


「久しぶりね、アヤメちゃん。それにギル君。さっきは挨拶も無いままでごめんなさい。レンゾさんからお話は伺っています」


 温和な笑みを浮かべるコノエの言葉に、アヤメは少し驚いた表情を見せた。


「レンゾ学長から? では――」


「ええ。WIRAは以前からエリオン君を監視してはいましたが、まだ接触する予定ではありませんでした。ですがレンゾさんの要請で、急遽それを早めることになったんです。どうやらあの方は、こうなることをあらかじめ見抜いていたようですね。流石はアーマンティル随一の策略家、といったところでしょうか」


「そうだったんですか……。私達にはそんなこと一言も……」


「要請を受けたのは、貴方たちがネストをった後です」


 足を止めていたコノエが再び歩き出すと、二人はそれに続きつつ、今度はギルオートが問う。


「それで? これからエリオンをどうするつもりですかね? 自分達の目的は果たされたとはいえ彼の処遇は気になる。何せ覚醒した彼が世界に及ぼす影響は甚大だ」


「あら。貴方がアヤメちゃん以外の人間を心配するなんて、随分と成長したものですね。アマラさんも喜びますよ、きっと」


「はぐらかさないで頂きたい」


 ギルオートが無表情に不満を述べると、コノエは困ったような溜め息を吐き、


処遇それは私にも答えられないんです、ギル君。実際のところ私達は、エリオン君が一体何者であるのかということすら、はっきりとは理解できていないんです。彼が創られた理由も、彼の本当の力も」


「ふむ。エリオンが何者か――。それならばルーシーは彼のことを『神の骨』だと言っていた。そして『エンリルリオン』というのがその真の名であるとも」


「神の骨……?」


「まあ自分にも何のことやら解りかねますがね」


 そんな話をしているうちに、三人の前に現れたのは白いドア。それが開くと、中は白く滑らかな壁が湾曲して、小さなドーム状を成している空間であった。

 中央には円卓と、それを囲む卵型の椅子に、既に見知った顔が並んでいる。左側の席にはアマラとアグ・ノモ。右側にはエリオンと、その後ろの床で丸くなっている狼はザガである。


「お待たせしてすみません」


 コノエが誰にともなくそう言葉を発すると、アグ・ノモだけが彼女らの方に目をやり、小さく頷いてみせた。

 そそくさと彼女が座り、続いて皆も思い思いの席に着いたのを見計らって、


「んじゃ、始めようか」とアマラ。


 小さい身体を白いフォーマルスーツで包み、それによって際立つ赤い髪。褐色の肌をした少女は、猫の様に小さく尖った八重歯を覗かせる。


「――とりあえず状況は最悪だ。俺らが出てきたってのがその証拠でもある。ハドゥミオンとエリオンそいつは元より、それを狙ったモリドやら魔王軍やらがガチで動き始めた。それに今まで反応の無かった場所から、機甲巨人のフレームが見つかったりもしてる。まあゼスクスやカザルウォード程度なら、俺一人でどうとでもなるんだけどさ? 問題はその裏・・・だ」


 アマラはつぶらな瞳でエリオンを見据えると、それを僅かに細めた。


「俺は正直、こういう流れを偶然だとは思わねえ。だからエリオン、まずはお前の話を聴いときたい。多分それが一番重要、っつーか核心なんだろうしな?」


 彼女の台詞を受けたエリオンが、考えを整えるように目を瞑ると、円卓の視線は自然と彼へと集まった。そして暫しの沈黙の後、エリオンはひと呼吸置いてから、おもむろに口を開いた。


「……少し、長くなるかもしれません」


「分かってるよ。だがこの数百年、俺らはそれを知らないまま戦ってきた。混沌の女神リマエニュカ――いや、規制官クロエ・白・ゴトヴィナの真意ってやつをさ」


 アマラはそう言って、潮騒に耳を澄ますように目を瞑り、エリオンの言葉を待った。

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