第74話 自爆

 薄闇に浮かび上がる、真一文字の碧い光。それは双眸そうぼう或いは単に『眼』とも表現できる、機甲巨人の頭部レンズ。間もなくその背後にも、同様の眼光がひとつふたつと静かに点灯していく。光の数からして機体は合計で6。


「C1、発進準備スタンバイ」――響く女性の声。


 コックピットを埋めるゲル状の繭。全身継ぎ目の無いパイロットスーツに身を包んだ、琥珀色の髪の少女――杠葉ゆずりはコノエは、その中で眠るように膝を抱えて丸くなっている。声の源は彼女の思考であった。

 繭の内側では、雷を内包する積乱雲の如く、パイロットと機体を繋ぐ脳波回路シナプスの緑色の信号パルスが、彼女の周りを縦横無尽に駆け巡る。それを通じて、オペレーターの声が届く。


『了解。機体識別及びカタパルト準備確認。C1からC6まで、順次発艦してください』


 同時に、機甲巨人らの前の壁が左右に開いた。その先にはトンネルの様な発進口。

 薄灯りで浮かび上がったのは、鈍色の人骨格に、紙を折って作られた様な白い装甲よろいを備えたロボット。喩えるならば骸骨の騎士とでも云うべきデザインであり、そして文字通りの巨人であった。


「本当に私が指揮官リーダーで宜しいのですか? アグ・ノモさん」


 コノエが問うと、オペレーターとは違う、若々しくも中々に貫禄のある男性の声が応えた。


『体裁に拘りすぎる老人は引き際を見失う。私もまた然りだ』


「まあ、老人だなんて。私達『最初の人』に年齢なんて無いようなものですのに」


『いくら身体の時が止まっていようとも、百年以上も生きていれば、心の老いというものを感じずにはいられんよ』


「でしたら私も、充分老人です」と、苦笑混じりに返すコノエ。


『君はまだ若い。パイロットとしても、グレイターとしても成長を続けているのが、その証だ』


「アグ・ノモさんにそう仰って頂けるのは光栄ですが、未熟さを感じることはあります」


『謙遜の必要は無い。……先に出たまえ』


「了解しました。ではお先に」


 そう言うと、コノエの乗る機体――面頬の付いた丸い兜と、両肩には六角形の大盾を備えた巨人『ビャッカ』が、緩やかな前傾姿勢で腰を落とした。

 トンネルの内壁を縁取る八角形の誘導灯が、オレンジからグリーンへと流れるように変わっていく。


「1番カタパルト、ビャッカ・ヘイムダル、発艦します」


 肩や背中や下腿部に備わった推進装置スラスターが、細い虹色の粒子を勢いよく噴き出す。それが瞬く間に膨れ上がると、コノエの機体は弾かれたように飛び出した。続いて、大盾の付いていない4機のビャッカ達が、テンポ良く次々と発進してゆく。

 それを見送る橙色の巨人は、ビャッカよりも更に角ばった装甲と、肩や背中に幾層にも重なった姿勢制御翼スラスターフィン。頭部は西洋兜を思わせる面頬が、くちばしの様に前方へ迫り出していた。

 兵器として見れば、不必要に人目を引くデザインである。しかしそれがこの機体を駆る者の、己の技術に対する自信の現れであると取れなくもなかった。


 その機体のパイロットであるアグ・ノモに、凛とした女性の音声が投げ掛けられる。


『宜しいですか、アグ・ノモ』


「何か? リ・オオ女史」


『ハドゥミオンのパイロットはまだ少年だそうです。可能であれば、なるべく穏便に対処してください』


「了解した。確約はできんが、これでも子供の扱いには慣れているつもりだ」


『そういう台詞は、タウ・ソクが怒りますよ』


「彼のことを言ったつもりはないのだがね」


『なら結構ですけど。では、お願いします』


 アグ・ノモが「ああ」と応えると、橙色の巨人もまたビャッカと同じく腰を落とし、背中に付いた4基の推進装置スラスターから虹を噴かせた。


「リアクターの調子がいい。アマラ嬢に感謝せねば」


 ポツリと呟き、


「――6番カタパルト、アグ・ノモ。バタンガナンで出る」


 そして大砲のような爆音とともに、機体は凄まじい勢いでトンネルを潜り抜けていった。



 *



 ハドゥミオンとの戦闘に水を差されたカザルウォードは、上空を見上げながら舌打ちをする。

 逆光の中、雲を退かせた巨大な戦艦から、虹色の尾を引いて次々と飛び出す人型の影を認めたからであった。


「5……いや6機か。巨人は封印だの武力不行使だのとほざいて・・・・たヤツらが、今だにこれだけの戦力を隠してやがったってのは――」


 忌々しそうに鼻を鳴らすカザルウォード。


「気に食わねえな」


 コノエ率いる白いビャッカ隊は、陽光に輝きながら一糸乱れぬデルタ編隊でもって、彼とエリオンの許へと真っ直ぐ降下してくる。


(流石にこの生贄からだじゃ、これ以上の禁呪詠唱にゃ耐えられねえ。かと言ってこのまま引き下がるってのも癪だぜ)


 カザルウォードは、変わらず動きを見せぬハドゥミオンに一瞥をくれてから、唐突に己の胸当てに手刀を突き立てた。


「ぐっッ……」と呻きを漏らしつつも、その手を躊躇なく身体にめり込ませ、やがて勢いよく抜き出したのは、自身の心臓であった。

 ドクドクと脈打つそれを見つめ、血が湧き出る口で笑みをつくる。


「『なんの戦果もありませんでした』じゃ、魔王の沽券こけんってやつに関わるからな。ニムにも嗤われちまうぜ」


 すると、彼の身体から発していた赤黒いオーラが握られた心臓へと注がれ、包み込む様に球状の魔法陣を成した。心臓から漏れ出す光芒こうぼうがその球の内側で乱反射して、瞬く間に眩い光と熱を帯びてゆく。


「だからまあ、テメぇらぐらいは道連れにしておさらば・・・・だ」


 光球を持つ漆黒の篭手が、熱に耐えかねて次第に融け出す。やがて満を持したカザルウォードが、天を衝くようにそれを掲げると、魔法陣で造られた殻にピシリとひびが入った。


 急速に降下していた機甲巨人の中で、逸早いちはやくその異変を察知したのはコノエ。


「?! 高熱源感知、全機後退!」


 ビャッカ達は胸部や下腿部の制御口バーニアを逆噴射し、落下の慣性を押し止める。しかしそれを見てニヤリと嗤うカザルウォード。


「遅えよ」


 ――直後、球が割れた。


「ッッッっ!!」


 まず光。肉眼で直視したならば網膜を破壊されるであろう強い白光が、刹那の内に拡がる。それは半径数百メートルでピタリと止まり、次いで瞬時に収束。その範囲にあった草も、木も、大地も、大気すらも呑み込んで消し去る。凄まじい衝撃波と轟音はその後にやってきた。

 辛うじて留まった機甲巨人のうち、しかし2機はその消滅に呑まれ、コノエのビャッカ・ヘイムダルとアグ・ノモのバタンガナンを含む他の4機は、爆風にさらされて機体を煽られる。


「魔素を対消滅させて自爆とは――」


 最後方のアグ・ノモは、呆気に取られながらも眼下を見下ろす。


「個人のわざとは思えぬ威力だ」


 カザルウォードが在った場所を中心にして、光に包まれた範囲はまるで空間ごと削り取られたかの如く、ぽっかりと丸く何もかもが消え去っていた。

 しかし唯一、その場に留まりながら傷ひとつ負うことなく、静かに佇んでいる存在があった。


「ハドゥミオン……あれは、翼か?」


 機体の倍以上もある巨大な虹色の翼で、ハドゥミオンは自らを覆い身を守っていたのであった。そしてその翼をゆっくりと広げると、何事も無かったかのように、抉り取られた大地に舞い降りた。

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