第62話 鎧袖一触
夜空に警報。交差するサーチライトの太い光が、離れた屋上から地上へと注がれ、菖蒲色の
宵闇の中で浮き彫りになったアヤメは、深く腰を落として剣先を後ろに――いわゆる脇構えの姿勢のまま固まり、続々と群がる兵士達をじっと見つめていた。
モリドはプロテクター付きの黒い戦闘服にヘルメットという、全員一様の格好をしており、当然その中身の見分けなど付こうはずもない。しかし彼女はそんな相手の強弱を、彼らの体格や所作の機微だけを見て、分析しているのである。
(向こうは重心が高い……隣は肩が強張っている……奥の男は周囲を気にし過ぎて判断が遅い……)
ギルオートを通して視る景色は、夜とは思えぬ鮮明さで、外見では覆われている顔の半分や側面でさえ、内側からは遮るものなど何も無い様に映っていた。
間もなく兵士達が彼女を完全に取り囲み、それを機と見た一人が、引き金に掛けた指に力を込める――その微かな緊張の揺らぎすら、アヤメは見逃さない。
ユラリ、と陽炎の如く――剣先が動いた。
「――!!」
即座に正面の兵士が発砲しようとするとも、しかしそれは間に合わなかった。
彼の銃は両腕をぶら下げたまま宙に舞い、それが地面に着くよりも先に、更に隣の兵士の身体が、ドンッと斜めに両断された。
「ぐっ! ……ぁああぁ!」
零れる悲鳴を皮切りに、剣鬼の舞いが熱を帯びる。
アヤメは一足跳びに数メートルの距離を詰めて、一呼吸の間に刀を、振り下ろし斬り上げ逆に薙いで突き刺す。その剣の閃く数が、そのまま死体の数となっていた。
「なっ消え――ッ?!」
包囲された状態から仕掛ける、正々堂々の奇襲――それを可能とする、恐るべき踏み込みの速さに、兵士達はアヤメの姿を見失う。
そして彼らの視線が、その疾風の剣鬼に追い付いた時には、既に8人の身体が、何らかの形で分断されていた。
「
叫ぶ間もなく兵士達は次々と斬り伏せられ、無残に
しかし一直線に敵陣のど真ん中へと斬り込んでいったアヤメが、やがて完全に四方を塞がれる形になると、そこでようやくモリドの兵士達は、数的有利を自覚して、戦意を取り戻した。
そしてここぞとばかりに、各自が反撃に転じようとしたものの、だが
「?!」
アヤメに照準を合わせようとするも、その動きの速さ、そして向こう側にある味方の姿にまごついて、攻撃を躊躇う兵士。
「くそっ、射線が――!」
言わずもがな、銃火器による集団戦で最も注意すべき点は、味方の射線上に入らぬということである。そうしなければ
「コイツっ、くそぅ!」
いくつもの銃口が、動き回るアヤメを必死に追うが、円形に取り囲んだ形である以上、必ず味方が射程に入る。
「やめろ! 撃つんじゃない!」
比較的遠くにいる者はそう叫ぶも、しかしそうはいかなかった。
いかに訓練された兵士と云えど、眼前で仲間の首が飛ぶのを見せつけられれば、冷静でいられるものではない。誤射を懸念している間に、次は我が身がその刃で
そして事実アヤメは、慎重に狙いを定めている者こそ、優先的に斬ることを心掛けていた。
「く、来るな……! うわあああっ!」
斬り込まれた一角の兵士達は、生存本能に突き動かされるまま、正確な補足もせぬ状態で、アヤメがいるであろう方向に向かって引き金を引く。
無論それが当たるはずもなく、無造作に放たれた弾丸の大半は、対面する味方のモリド兵士にばかり、甚大な被害をもたらすのであった。
そんな中で、当のアヤメは極めて冷静に、
「ギルオート、残りの数を」と問う。
『継戦可能な敵戦力はアーマードを除き27名』
「まだ多いですね……持ちますか?」
『現在の出力維持を前提とした場合の自分の戦闘稼働限界は残り約12分。敵アーマードを含めた殲滅は困難であると予想しますが。撤退を?』
「いえ、せめてザガさんがエリオン君を見つけるまでは。残り3分で
『了解マスター』の返事とともに、アヤメの
***
一方、絶え間無い銃声を背に聞きながら、闇から闇へと疾駆する
鉄、硝煙、血、山の木々――混濁する匂いの中から、事前に記憶したエリオンのものを嗅ぎ分け、追う。
(……近いか。だが――)
それまではほとんど感じられることのなかったエリオンの匂い。しかしそれを感じ取ると同時に、ただならぬ気配が彼の首筋を這う。氷の針を刺すような、研ぎ澄まされた殺気であった。
(来るか――!?)
野生の勘とでも云うべき知覚力によって、ザガは真横に跳ぶ。果たしてその場を貫いた弾丸は、草木を分けて現れたエイレのものであった。
「人狼か、珍しいな。希少種が自ら絶滅を望むか?」
「……お前が指揮官か。基地を放棄してまで移送を優先するとは。どうやらエリオンという少年は、俺の想像以上に重要な存在らしい」
「その通りだ。貴様如き下賤な獣の命など、
エイレが小型の四角いレールガンを構え、その側面のスイッチをカチリと下ろすと、銃の内側から甲高いモーター音が響き始める。
それに応えるように、ザガは凶暴な牙を剥き出すと、低く喉を唸らせた。
***
グレイターの最たる強味である殊能は、『一人ひとつ』という原則があり、また外見からは能力を判断することも出来ない。故に集団戦においては、その運用法を入念に考慮した編成でなければ、それを活かすことは難しいのである。
アヤメは縦横無尽に動くことで混乱を誘い、要と見た人間を倒すことで、戦意と同時にその連携をも断つ、ということを意図していた。
しかし歴戦揃いのモリドも伊達ではなく、徐々に落ち着きを取り戻した彼らは、それぞれが声を掛け合いながら、迅速な対応を取り始めた。
「隊列! 足を動かせ!」
「4人以下だ! 各自殊能を確認して小隊を組め!」
「足止めを優先しろ! 強化系は接近戦に!」
アヤメが、銃身で剣を防ごうとする兵士を、丸ごと真っ二つにし、次に斬り掛かろうと身を翻したところで、目の前に突如生み出される土の壁。
「っ!」
それを迂回した先で待つ
『マスター』
「解っています!」
地上に逃げ場無しと見て、アヤメは地を轟かせる勢いで跳躍。しかしまるで視えぬ手に引かれるかの如く、その高度は即座に下げられた。
「くっ!(――重い! 質量操作!?)」
叩き付けられるように着地した彼女が顔を上げると、即座に散開した兵士達の切れ間の先で、巨体な砲塔がこちらを覗いていた。
「!? 不覚っ――」
「
その台詞が届くと同時に、眩い閃光が辺りを包んだ。
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