第63話 魔族の王

 雷鳴に似た大気の轟き。しかし雷と云うよりはレーザーに近い白熱する光の柱が、アーマードの胴体を真上から貫いた。

 蓄積されていたエネルギーは発射寸前で行き場を失い、出口を求めて鋼の巨体を内側から盛り上げる。それに耐え切れなくなったアーマードの体は、数瞬の間を置いて爆発四散――更なる光と熱を吐き出した。


「っっッ!!」


 地面に縫い付けられたアヤメは、ギルオートの重量も相俟あいまってその場に留まれたものの、アーマードの付近にいた兵士らは、その凄まじい爆風に押し退けられ、紙人形よろしく宙を舞う。


(暴発――ではない! 攻撃?!)とアヤメ。


 やがて、焼き付けられた残光と耳鳴りが薄れゆくと、土煙の真ん中に黒い放射状のすすを残して佇む、アーマードの残骸かげが姿を現した。

 そしてその骸の上に、空から静かに舞い降りる黒い影――それは鎧に巻き付くマントを払い、仰々しい角の付いた頭で辺りを見回すと、溜め息交じりに口を開いた。


「ああ? なんだよこれだけか? 基地っつーからもっと大軍がいるモンかと思ったぜ。こんなんじゃあ、拍子抜けもいいトコだ」


 そんな愚痴を零す男の周囲には――、


 爆発に巻き込まれながらも命を取り留め、しかし大量の血と呻きを垂れ流す者。

 直撃を受けて、無残な肉塊へと変わり果てた者。

 或いは難を逃れはしたものの、その青天の霹靂に言葉を失い、茫然と立ち尽くす者。


 ――など様々ではあるが、そのどれも、赤黒いオーラを放つ異形の彼にとっては、興味をそそる存在足り得ぬようであった。


「…………」


 勢力も戦術も一瞬で無に還す、盤上を薙ぎ払うかの如き一撃に、アヤメは暫し自失に近い状態で固まる。しかし耳元でギルオートの声が響くと、すぐに正気と冷静さを取り戻すのであった。


『マスター』


「ギルオート……あれは――」


『データにある外見上の特徴と先程の攻撃手段から魔導師連盟の長カザルウォードであると推測。彼はデビリアン式の魔法を使う『最初の人』でありまたの名を――』


「魔王、ですね……」


『ご名答です。そうとなれば自分は再度撤退を提案させてもらいますよマスター。勿論現在のザガ及びエリオンの状況が不明であることを考慮した上で。現実的に考えてアレと一戦交えるのは無謀としか言えない』


 そんなギルオートの言葉が、聞こえているのか否か。


「何故あんな男がここに……」と、アヤメはポツリと口に出す。しかし彼女は、その理由がエリオンひとつしかないであろうということを、即座に正しく理解していた。


(魔王までもが目を付けていたなんて……。でもそれなら尚更彼を――)


 先程の一撃で殊能の効果が途切れた身体を、アヤメはすっくと奮い立たせると、ギルオートの提案を突っぱねた。


「ならば尚更、ここで退く訳にはいきませんよ。例え無謀であろうとも、それが為すべきことであるならば」


 燻り揺らぐ煙を薙ぐように、刀を一振りするアヤメ。そして魔王を正面に見据えると、彼女は凛として正眼に構える。


『まあどうせそう言うとは思いましたがね』と、苦笑じみたギルオートの声。


「奮起なさい、ギルオート」


『了解マスター。最大出力でいかせてもらいますよ』


 彼の返事と同時に、刀を持つ手の表面が細かく振動し、緋々色鐵ヒヒイロカネの刀身に宿った熱が周囲を歪ませた。


「結構」


 力の籠もった足が僅かに地面にめり込み、前傾になった金属の下腿から、引き絞るような駆動音。


「それでは――参ります!」


 高らかに告げると同時に、アヤメは弾かれたように飛び出した。その姿を遠目に認めつつも、棒立ちのままでいるカザルウォードに、疾風の勢いで迫る。


「……あん? なんだお前――」


 悠々と佇む彼の頭に、恐るべき速さで降りかかる渾身の斬撃。増幅された耳鳴りのような高音が、閑寂の空気を引き裂く。


 しかしその刃は――、


「ッ?!」


 すんでのところで止められていた。当のカザルウォードは微動だにしていないにも関わらず、刀はまるで視えぬ壁に遮られるかの如く、彼の角の数センチ手前から進むことはなかった。


(魔法障壁!? いつから?!)


 アヤメは思わず舌打ちして飛び退くが、驚きの表情は彼女より、むしろ攻撃を止めたカザルウォードの顔にあった。


「ほう。とはなかなかやるじゃねえか」と目を光らせる。


「……?」


 訝しむアヤメに、カザルウォードは不敵な笑みを浮かべて、悠然と言った。


「俺様の身体には、66の強化魔法エンハンスが掛けられてる。その内、近接物理攻撃に対する防御魔法は5枚。それを初撃で3枚破るヤツなんてのは久しぶりだ。褒めてやるぜ?」


 ガチャリガチャリと鎧を鳴らし、彼は瓦礫と化したアーマードを降りる。身を反らすように顎を上げ、篭手の爪で真っ直ぐにアヤメを指差す。


「まさか仮面野郎以外にも、モリドになヤツがいるとはな。お前が指揮官か?」


 そう問われ、再び正眼の構えで応じるアヤメ。


「私はモリドの人間ではありません。訳あって、彼らからエリオン君を助けに来た者です」


「エリオン……? ああ、神の権限がそんな名前だったか――。まあそれならそれでいいや。何にせよ、争奪戦ケンカの相手ってことに変わりはねえもんなあ?」


 そう言って嗤うカザルウォードから、滲み出るオーラ。それは殺気とも闘気とも違う、泥土から這い出る狂気の様な、深い闇の力であった。


(これは確かに……バケモノですね……)


 それに絡め取られそうなおぞましさに、アヤメは、快適な温度が保たれたギルオートの中ですら、冷や汗が垂れるのを感じた。


 二人の周囲では、未だ生き残ったモリド兵士達が、息も絶え絶えに呻いている。そして離れた所で無傷でいる者は、手出しをしたものか逃げ出したものか、どちらの判断も付かぬまま、固唾を飲んで彼らを見守っているのであった。

 カザルウォードは、そんなモリドの連中を侮蔑の表情で一瞥すると、おもむろに片手を挙げる。


「じゃあ今度は俺様の攻撃ターンだな。まあお前に次の手番は無えけどよ」


 彼はそう述べると、大きく息を吸ってから、殷々と響き渡る声で呪文を唱え始めた。


暗澹あんたんたる水底より昏く、熔銑ようせんの如き地の舌よりも紅い、絶え間無く魂を貪る千万の蟲よ――」


「!?」


 その詠唱こえはまるで、彼そのものが拡声器であるかの如く、基地を囲む木々の葉を揺らす。

 アヤメはそれがいかなる魔法であるかは解らずとも、彼の瞳に宿る闇が、間違いなく悪意のそれであると判断した。


「させる訳にはっ!」


 と大地を蹴り、喉元に向けて放たれた彼女の突きは、切っ先から衝撃波と轟音を生むほどの、研ぎ澄まされた一撃であった。

 しかしその攻撃ですら、刃は先程と同様、カザルウォードに施された不可視の壁を抜くことは出来ないのであった。


「くっ!」


 二連、三連、四連と――足を留めて斬り、退いては再び飛び込んで斬り掛かろうとも、甲高い金属音だけが虚しく散るのみ。

 カザルウォードは、その様を余裕の顔で眺めながら、動じることもなく詠唱を続ける。


「我を知り、理を知れ。我は王、闇の支配者たる魔族の王。我が名はジーグレス・カザルウォードなり


 すると天に掲げたカザルウォードの掌から、ゾロゾロとおびただしい――などという言葉では到底足らぬ数の、大量の赤黒いハエが湧き出てきた。それは見る間に竜巻の如く渦巻いて、空に拡がってゆく。


『これは……マスター!』


 ギルオートが呼び掛けると、アヤメはやむなく背を向けて、近場の建物の陰へと飛び込んだ。

 その間も発生し続ける蝿の群れは、羽音で大気を震わせながら、やがて低い雲と見紛うほどに増殖し、基地に注ぐ月の明かりまでをも遮った。


 カザルウォードは笑みを浮かべたまま、尚も詠い続ける。


「魔王カザルウォードの名において燼滅じんめつの蟲共に命じる。その身を不朽の業火と化し、我が魔道を阻む者を滅ぼせ――」


 その呪文せりふで蝿達は、はねにポツポツと火を灯し始めた。間もなくそれが群れの総てに伝播すると、赤黒い雲は踊る火炎の波となり、空に敷き詰められた紅蓮の光源となって、大地を照らすのであった。


 そして満を持したように、


「灼け、黒炎滅尽超極大魔法アナヴォイダブル・ブレイズ


 カザルウォードはその魔力を解き放った。



(第三章・終)

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