第58話 戦端

「……僕を何処に連れて行く気だ? ゾーヤに何をした?」


 腕を捕まれ引き起こされたエリオンは、兵士を睨みつけながら訊く。すると兵士は半透明の黒いバイザーの下で、彼を嘲笑ってみせた。


「貴様、まだ自分が騙されてたことに気付いてないのか? とんだお人好しだな」


「何を――。どうせお前達がツキノを拐って、ゾーヤを脅迫したんだろう。もし彼女に何かしたら、僕は決してお前達を赦さない」


 エリオンがそう凄むものの、しかしその台詞には、彼が期待したほどの効果は無いようであった。兵士は淡々とエリオンの手枷に鎖を取り付けながら、それを一笑に付すだけである。


「せいぜい今のうちに喚いてろ、ガキが。エイレ中尉に同じ台詞を吐いたら、どうなるか見物だぜ」


 足枷を外し、兵士が鎖をグイと引っ張る。エリオンはそれに対して僅かな抵抗を試みるも、引き摺られる飼い犬の如く、呆気なく馬車を降ろされた。忌々しそうに睨む彼を、またも兵士は鼻で笑った。


「ついてこい」


 大地に立ったエリオンが辺りを見回すと、そこは山の中腹で、比較的なだらかな部分を切り拓いて造られた、何かの施設であるらしかった。

 周囲には木々が茂っているものの、眼下には蒼天を仰ぐ森と、その遥か先に小さく湖が垣間見える。

 今しがた登ってきた道やその周りは、有刺鉄線を巻き付けた高い金網で囲われており、それを通り抜ける為の出入口は、鉄棒を打ち付けて作られた頑丈そうなゲートのみ。そしてその横には簡素な見張り台と、何人かの銃を抱えた歩哨の姿があった。

 敷地の中がどうなっているのか、何を目的として設けられた場所であるのか、エリオンには知る由もない。しかし少なくとも軍事拠点のようなものであると考えれば、それなりに厳重と云っても差し支えない陣構えである。


(モリドの……基地なのか?)


 振り返ると、継ぎ目の無い石の様な素材で造られた、背の低い四角い建物。それは単なるコンクリート造のシェルターなのであったが、初めて見るエリオンには、まるで巨大な石を精密にくり抜いた要塞かに見えた。


(こんな所に連れてきて――)


 こんな異様な建物の中で、これから自分がどんなことをされるのか――良からぬ想像と不安を掻き立てられ、彼はゴクリと唾を飲む。とは云え、ひょっとするとツキノやゾーヤも、ここに囚われている可能性も考えられる。

 それならばとエリオンは、勇気をもってその不安を塗り潰す。


(二人を助けなきゃ。僕のせいなんだ。これ以上は、犠牲を出したくない)


 無情なる現実を未だ知らぬ彼は、そうして儚い希望を胸に、モリド兵士の後を淀みなくついて行くのであった。



 ***



 黒く刺々しい全身甲冑フルプレートに、濃紺のマント。銀色の長髪と渦巻きアモン角を生やした男は、自分に向けられた四角い銃口を黙って見つめていた。


 ――グラヘイム大陸北端の魔境、魔王カザルウォードの居城。その大広間。


 照準を彼に合わせたまま、銃はパリパリと数瞬の放電を見せ、直後に青白い火花を吐いた。電磁投射された弾丸が、棒立ちのカザルウォードの額に直撃。硬い轟音が鳴り響く。


「…………」


 しかし彼は微動だにせず、瞬きすることも顔色を変えることもなく、ただ平然と立ち尽くしていた。


「もっ、申し訳御座いません! 魔王様、お怪我は?!」


 豚とも猪ともつかぬ頭をした魔族が、銃を投げ捨てて彼に走り寄る。――それを手で制すカザルウォード。


「いや、いい。やれっつったのは俺様だしな。つーか今の、当たった?」


「は、はい……確かに命中したかと――」


 豚頭の魔族は動揺しながら、行き場を失った手を揉んでいる。カザルウォードは額を指で摩り、その指先を確認してから、首を傾げた。


「……レールガンだっけ? それが最新式?」


「は、はい、恐らくは。モリドの特殊部隊から奪った物で御座いますので……」


「なんか拍子抜けだな」


「申し訳御座いません。しかしあの『れえるがん』は、スケルガルの外殻を一撃で砕くほどの威力で――」


「あっそ。まあいいや。お前は下がって、あとニム呼んでこい」


「は……か、畏まりました! 直ちに!」


 まるで恩赦を受けた死刑囚よろしく、魔族はしつこいほど何度もお辞儀をしては、そそくさと広間を出ていく。

 そしてカザルウォードが玉座に座り、つまらなさそうに溜め息を吐いたり、首を回して欠伸をしていると、やがてまた扉が開いた。――現れたのは、驢馬の下半身を持つ妖艶なる女魔族、ニムヴァエラであった。


「お呼びになりましてぇん? 魔王様ん」


 頭から生えた蝙蝠の羽を、パタパタと陽気に動かしながら、彼女はネットリとした歩みで玉座の前へ。


「おう、ニム。例のヤツぁどうなってる?」


「? ――例の? 何のことかしらん?」


 笑顔で小首を傾げるニムヴァエラに、「お前なぁ」と頭を抱えるカザルウォード。


「神の権限だよ。モリドを泳がせるっつったろが」


「ああ! そういえばすっかり!」


「忘れてんじゃねえよ」


 ニムヴァエラが悪びれもなく手を叩いて、対して彼は重い息を吐いた。


「……んで、首尾はどうだ?」


「はぁい。昨日の報告ですけれど、モリドが身柄を確保したようですわん。行き先はダカルカンかしらねん」


「なに? 思ったより早えな。『兵は神速をたっとぶ』ってやつか……」


 カザルウォードが思慮深げに俯くと、


「なんですのん? それ」とニムヴァエラ。


「俺が昔いた世界の格言ことばだ。誰が言ったかは知らねえがな」


「どういう意味ん?」


「多分『るならやれ』ってことだろ」


「へぇ。なんかつまらない言葉ですわねぇ。人間はじっくり追い詰めて、ゆっくり嬲ってこそ、楽しめるというものですわん」


 微笑むニムヴァエラの瞳が妖しく、物騒に光る。


「お前の趣味はどうでもいいが、俺様は面倒臭えのは嫌いだ。――ゼスクス仮面野郎はどうした?」


「行方は知れませんけど、少なくともアマンティラには挿入はいってないみたいん」


「そうか……。なら今だな」


 カザルウォードはそう呟いて、すっくと玉座を立った。


「あらん? 魔王様自ら、お出でになられますのん?」


「その方が確実だからな。それにアイツがいねえならチャンスだろ?」


「協定相手の留守中にこちらから全力投入なんて、魔王様ゲスいですわねん」


「当たり前だ。でなけりゃ魔王なんてやってねえ。それにお前も好きだろ、非道卑劣そういうの


「勿論ですわん」と、喜色満面のニムヴァエラ。


「ゼスクスの野郎がいねえってことは、向こうは俺様まで動くと思ってねえ。『兵は詭道きどうなり』ってやつだぜ」


「――それも?」


「ああ。要するに『ハメられるヤツが馬鹿』って意味ことだ」


「それなら大いに賛同致しますわん」


「代償転移で飛ぶぞ、ニム。連盟に声掛けて、アマンティラに生贄うつわを用意させとけ」


 そう告げつつマントをなびかせ、颯爽と出口に向かう魔王カザルウォード。腹心ニムヴァエラも蹄を嬉々として鳴らし、それに続いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る