第57話 救出部隊

 双翼の学舎――学長レンゾの部屋に呼び出されたのは、女剣士アヤメと、その従者であり強化外装でもある、機械人のギルオートであった。

 机の前に居並ぶ二人に、レンゾはゆったりと椅子に腰を下ろしたまま言った。


「急に呼び立ててすまない。少しばかり厄介な問題が発生してね。至急キミらに対処をお願いしたいんだけども、構わないかな?」


 台詞の割りには落ち着いた様子で、いつもと変わらぬ微かな笑みを浮かべるレンゾ。一方のアヤメは、至極真面目な顔つきで応える。


「勿論です。学長殿には、こちらも色々とお世話になりましたから。微力でもお力添えになれるのでしたら、扶翼ふよくの惜しみもありません」


「そう言ってもらえて助かるよ。本来ならボクが出ていくべきなんだろうけど、時期が悪い。トラエフの治安情勢を見ても、学舎ここを空けてしまうのは不安でね」


「ということは、相手はモリドでしょうか?」とアヤメ。


 山ほどいる部下を差し置いて、レンゾがわざわざ彼女らに頼み事と言うからには、少なくともそれなりの武力を期待してのことであろうと、アヤメは察した。――問い掛ける彼女の目つきが鋭くなった。


「察しがいいね、その通りだ。連中にエリオンが拉致された」


「?! エリオン君が――?」


「うん。知っての通り、彼には特別な権限ちからがある。表沙汰にはなっていないけれど、それを欲する者は少なくない。そして今回エリオンを拐ったのは、最初に彼に目を付けていたモリドの部隊だ。恐らくゼスクスの差し金だろう」


「ゼスクスの……それで私を?」


「キミは彼と旧知の間柄だそうだね? ユウがそう言っていた」


「はい。クラスメートでした。今はもう別人ですが」


「その件も聞いているよ。彼は恋人を殺されたそうだね。――ディファレンターによって」


「……はい」と、少し俯くアヤメの表情にも、微かな悲痛の色が見て取れた。


「このいちなる世界は、かつて存在した数多の宇宙が、界変のアルテントロピーと呼ばれる力によって統合され、新たに創り出された世界だ。その発端を生んだルーラーを神として崇める者も多いが、同時にその理不尽な行為を恨む者もいる。そしてゼスクスは、その象徴的な存在とも云える。……愛ゆえに、というやつかな」


「そうですね……」


「彼は恐らく、神の権限を使って復讐を果たすつもりなんだろう。ルーラーと、この世界そのものにね。ボクら『最初の人』は老化も寿命も存在しない弊害で、抱いた憎悪すら薄れることがない」


「解ります。アグノモさんはその時間からの解放を、ある種の呪いのようなものだと」


「うん。ボクにもその気持ちは理解出来るけど、しかし容認は出来ない。この世界はもう、誰かが手を加えるには時が経ち過ぎているからね」


 レンゾのその台詞を、アヤメは重く受け止めた様子で、しっかりと頷いてみせた。


「彼の連れ――ツキノといったかな? 彼女はアマラが対応してくれたみたいだ。暫くエリオンとは引き離す形になるみたいだけれど、彼に会ったら無事だと伝えてあげて」


「承知しました。――それで私達は何処へ向かえば?」


「シュンが殊能である程度までは追跡してくれた。方角から言って、恐らくトラエフの南――ダカルカン地区だろう。あそこには今、モリドの拠点があるという噂がある」


「ダカルカン……かつてオークの里があったという、ジウナの山岳地帯ですね」


「うん。キミらにはそこへ向かって欲しい。それと――」


 レンゾが二度ほど手を叩くと、アヤメらの後ろの扉が開かれ、それを潜る様に一人の男性が入ってきた。


 見た目には40代前後で、口周りに無精髭を生やし、掻き乱したような金髪の偉丈夫である。

 学徒のローブではなく、農民が着るような麻のチュニックとホーズという格好であるが、顔や首や腕の至る所に、深い裂創や銃創が刻み込まれており、それが彼の歴戦ぶりを物語っていた。

 その顔は凛々しく、表情は険しい。喩えるならば、巨大な狼といった印象の男である。


「彼の名前はザガ。人狼族の長だった男だ。鼻が利くから、捜索には彼と同行するといいよ」


 ザガはのそりとアヤメに歩み寄る。ギルオートよりも大きな体躯たいくである彼と並ぶと、女性としては決して小さくないアヤメが、子供のように見えた。


「ザガだ」と、鋭い爪の付いた大きな手を差し出して、一言。


「アヤメです。こちらは私の友、ギルオートです。宜しくお願い致します、ザガさん」


 そうして三人の握手を見守ると、レンゾはポンと手を叩いてから口を開く。


「通信はギルオートが出来るだろうけど、傍受される可能性があるから現地での判断はキミらに任せるよ。――それじゃあ、頑張って」


 彼がそう言い終えると、三人は黙って頷いてから、背を向けた。



 ***



 ガタガタと跳ね揺れる振動によって、エリオンは暗闇の中で意識を取り戻した。しかし彼の視界は、依然として暗いままであった。

 硬い板に座り、後ろ手に縛られた状態で、鼻まで覆うヘルメットの様な物体によって、目隠しをされているのである。僅かな光が口元から入るものの、その隙間から覗けるのは自分の足先程度。両手足には、ゴツゴツとした重いかせの冷たい感触があった。

 完全に動けぬという訳でもなかったが、自由が許されているのは首と脚だけで、それも膝から下を少し持ち上げるのが限界であった。


「っく……」


 エリオンは頭を垂れてみたり、首を横に振ってみたりして、ヘルメットを外そうとする。しかし生半な動きでは多少位置がずれる程度で、到底脱げそうにもなかった。


(ツキノは? ――何が起きたんだ?)


 悪路を、何か乗り物によって運ばれているのは判る。そして微かに埃っぽい油の臭いから、どうやら機械馬が牽いている、荷馬車か何かであろうと彼は推測した。


(拐われたのか? でもなんであの時――ゾーヤ……)


 この状況にある理由は考えるまでもなく、自分の持つ『神の権限』であろう。襲撃、暗殺、はたまた拉致にせよ、その力は充分な動機になるし、またそれを目論んでいる者達にも心当たりがある。


(先輩達を襲ったあの連中、あの服装――多分モリドの兵士だ。きっと蟻塚から僕を追って来たんだ)


 銃撃を受けた学徒らは、恐らく助かりはしないだろう。彼らのローブから飛び散る血を、エリオンはその目ではっきりと見た。そしてそれは、どう考えても彼の巻き添えである。


(また僕のせいで……。安全な所なんて、もう無かったんだ。僕の居る場所が――いや僕自体が、危険の元凶もとなんだ)


 それならばいっそ、このまま何処かへ連れ去られてしまった方が、周りに迷惑を掛けたり、彼らの身を危険に晒したりすることもないかも知れない――エリオンはそんなことを思いながら、魂が抜けたように暫し茫然としていた。

 すると突然、ガクンッと身体が真横に揺さぶられた。


(止まった……のか?)


 周囲を窺い知れぬエリオンが耳を澄ましていると、やがてほろを上げる音とともに、高圧的な口調で男の声――。


「降りろ」


 間もなくヘルメットが取り外され、エリオンの目に光が飛び込んだ。


「――ッ」


 一瞬目を細め、すぐに馴染んだ視界に映ったのは、果たして彼の予想通り、狭い幌馬車の荷台の中であった。

 エリオンの横には、黒い戦闘服ジャケットを着た兵士。


「抵抗しても無駄だぞ。その拘束具は特別製だ」


 兵士に言われ手元を見ると、エリオンの手首をがっちりと固定している器具は、明らかに普通の手錠とは違う、分厚い長方形をした黒い金属製の物であった。その質感から、エリオンはそれ素材が恐らく、殊能を遮断するペタグラフトニウムで作られた物であると判断した。

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