第xx話 テーゼ

 ホールを出た先のラウンジで、三人は丸テーブルを囲んで座った。テーブルは他にもいくつか同じ物があり、それらは緩やかなカーブを描く壁と窓に沿って、等間隔で並べられていた。

門倉が隅にある自動販売機に目を止めたのを見て、池溝が「何か飲みましょうか」と財布を取り出す。


「いや俺は――ああ、そうだな。じゃあコーヒー。微糖で」と門倉。


「分かりました。エリオン君は?」


「僕は結構です」


 エリオンが無表情に応えると、池溝は頷いてその場を離れていく。その暫しの間を埋めるためか、門倉はエリオンの整った顔を眺めてから、改めて言った。


「いやあ、しかし本当に綺麗な顔だな。別に俺にの趣味は無いんだけど、それでも見惚れるレベルだ。エリオン君だったかな? 君、仕事は? モデルかなんかやってるのかい?」


「いえ。仕事と言えば故郷で少し手伝いをしていたぐらいで、それ以降は特に」


「へえ。なんか勿体無い気がするな」


「貴方は――?」


「俺? 俺はね、昔は池溝アイツと同じ医者志望だったんだけど、今はもっと面白いものを見つけちまったんで、ここ数年はそっちに懸かりっきりさ」


 いかにも『話させてくれ』と言わんばかりの門倉に、エリオンは促すような沈黙で続きを待つ。門倉はそうと解ると、少し声を潜めて言った。


「実は今、AIの研究をしてるんだ。大きなプロジェクトでね。詳細は明かせないんだが――」


 離れた自販機の前に立つ池溝は、その場で豆を挽くタイプのカップコーヒーを選んだようで、機械の中で抽出される黒い液体を、じっと見つめている。


「人工知能ですか」とエリオン。


「ああ。ここ最近のAIの発達は目覚ましいものでね。拡張知能なんて言葉も出てきてるが、うちらはあくまで自律したものを目指して作ってる。単純な知能と云うよりも、知性を生み出したいんだ。新しい価値観を持つ、人間以上の知性体をね。夢のような話だが」


 門倉が語りながらも苦笑してみせると、しかしエリオンは真面目な顔で断言した。


「夢ではありません。そう遠くないうちに実現しますよ」


「そうかい? だといいんだけどね。とにかく、これからはそういう時代が来るよ。間違いなく」


「そう思います」と返したエリオンは、数秒何かを考える様に少し首を傾けてから、再び口を開く。


「その研究の主任者は、アイザック・コールマン博士ですか?」


 すると門倉は「え……?!」と、目を丸くした。


 それは唐突で、しかも予想外の質問であったからというだけでなく、エリオンがあっさりと真実を言い当てたからである。


「――なんでそれを……?」


「その研究――『ADAMアダムプロジェクト』が、コールマン博士主導の下に行われているのであれば、50年後には達成できます。彼の孫であるアルファ・コールマンの手によって」


「孫? 博士にはまだ、8歳のお子さんしか――」


 そこへ池溝が、湯気の立つカップを両手に戻ってきた。


「何の話です?」


「ん? ああ、池溝……」


「これ、先輩のです。微糖でミルクは入れないんでしたよね?」


「ありがとう。……ところで池溝、彼は一体何者なんだ? 何故プロジェクトや博士のことを――」


 コーヒーを受け取りながら、怪訝な顔でエリオンを見る門倉。すると池溝。


「プロジェクト? 何のことですか?」


「俺の仕事の話だよ、AI研究の――って、知ってて来たんじゃないのか?」


「いえ? というか先輩、エンジニアになられたんですか? 驚きだな」


「………………」


 池溝の驚きの表情に裏が無いと見てとって、門倉は黙り混んだ。するとその二人に、エリオンがゆっくりとした口調で告げる。


「池溝さんは残念ながら、今のところ僕を正しく理解することが出来ていません。徐々に主観的分析が強くなっています。だからこそ、第三者の意見を聴く為に、僕をここに連れてきたのでしょう」


「? 正しい理解? ――すまん池溝、俺には彼が何を言ってるんだかサッパリなんだが」


 お手上げ状態で尋ねる門倉に、池溝も同様の反応を見せた。


「それが私も。ですが彼の言う通り、別の見方が欲しいと感じたのは確かです。なにせエリオン君は――」


 とそこで、彼の言葉を遮ってエリオンが、「僕は」と、異なる台詞を重ねた。


「僕は今から、約2000年後の未来において、『界変のアルテントロピー』による源世界回帰の為の礎として、リマエニュカに創られた存在です。『可能性の記録ベレク・レコード』を内包した元素デバイス『神の骨』――その人工知性体インテレイドが僕です」


「………………は?」


 ――何ひとつ、単語のどれかひとつを取ってみても、その台詞を門倉が理解することは出来なかった。既に聞いた言葉がいくつかあった池溝ですら、文章全体で捉えれば結局同じことで、二人は困惑の表情を見合わせる。しかし門倉はすぐに何かを察すると、おもむろに席を立ち上がった。


「すまない、エリオン君。おい池溝。ちょっといいか」


 彼が招くに応じて、二人はエリオンを残してテーブルを離れた。そうしてラウンジの隅で、ヒソヒソと小声で話す。


「――お前アレ、患者だろう? お前の」


「あちゃぁ、解りましたか」と、苦笑いの池溝。


「当たり前だ。妄想性障害の類か」


「ええ、そう考えています。ただどうも最近、その考えに自信が持てなくなりまして」


「なんでだ?」


「彼と彼の周りの状況――と言うか何というか。病気であると決めつけてしまえば、それなりに理由は付けられないこともないんですが、強引過ぎる気がするんです」


 そう言いながら、池溝が困った様子で頭を掻くと、門倉はテーブルに座ったままのエリオンを一瞥してから、呆れた様子で溜め息を吐いた。


「じゃあ何か? お前はあの訳の解らん話の内容が、マジだってのか?」


「まあ先輩からすれば馬鹿げた話でしょうが、そう考えると納得のいくことが多いんです。困ったことに」


 その台詞に、どうやら池溝が冗談で言っている訳ではなさそうだと感じて、彼は渋々返事をする。


「……やれやれ。まったくお前は――少しだけだぞ、話を聴くってのは。それに俺は医者じゃないから、診断じゃなくてあくまで素人の所感だ」


「助かります、それで充分です」


 そうして再びテーブルを囲んだ三人の中で、「どこから話そうか?」と問うた池溝に、エリオンが答えた。


「この前の続きを。記録をお願いします」


 池溝はそれに頷くと、ポケットから出したICレコーダーをテーブルに置いて、静かに録音ボタンを押した。

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