第51話 接触
学舎東翼にある、魔法使いの為の講義室。窓は午前中であるにも関わらず、カーテンが閉め切られ、照明としては壁の蝋燭頼りとなっている為、部屋は大分薄暗い。
「そもそも魔法と一口に言ったところで、その種類は数多くあるもんさ。じゃが大きく分ければ、それは2つに分けられる」
年老いた女性の声で朗々とそう語るのは、奇妙なことに、教壇の卓の縁に留まったカラスである。
その不思議な光景は、しかし部屋を埋める学徒らにとっては、何ら不自然なものではないようで、彼らは他の上級学徒が行う講義と同じ様に、メモを取ったり腕組みをしたりしながら、真面目な顔で聴き入っていた。
「最も有名なのは、お前さんらの学んでおる『アマンティラ式』。古アーマンティル語を使う魔法じゃな。術者のイメージと組み立てた詠唱文次第で、様々な効果を生む。故に柔軟性が高く、卓越した魔法使いであれば、機械などの他分野との融合も可能になる」
前列に座っているツキノも、フムフムと興味津々の様子であった。
「次に『デビリアン式』。これはアマンティラ式のような自由詠唱文ではなく、定められた魔法の名前を宣言することで、それに対応した効果が発生する。効果の種類は限られとるが、どれも強力な魔法さ」
そこで学徒の一人が、挙手と同時に声を上げた。ローブの見た目からして初々しい、新入りの学徒である。
「質問よろしいでしょうか」
「何かえ?」とカラス。
「アマンティラ魔法とデビリアン魔法を、両方習得することは可能ですか?」
「ホホホ、それは無理な話だえ。デビリアン式の魔法を使うには、魔族と呼ばれる者達との契約が必要になるが、
その説明を聴き終えると、今度はツキノが手を挙げて言った。
「質問。デビリアン式魔法の中には、スケルガルというモンスターを喚び出す魔法はありますか?」
するとカラスが「ホッ」と甲高く失笑した。
「随分と具体的な質問じゃないか。しかも物騒な話題だね?」
「……ダメですか?」とツキノ。
「いいや、知識は多いほど良いもんさ。――あるさね、魔族に隷属する地獄の番犬、スケルガルを召喚する魔法が。だがそれは大きな代償を伴う魔法だよ」
「代償……? それは例えば眼を失う――とかですか?」
「おや、詳しいじゃないか。まるで見てきたような口ぶりだねえ。お前さん、名前は?」
「……ツキノです」
「ツキノ? ああ、あのフェルマンの弟子かい。噂は聴いてるよ」
カラスはカァとひと鳴き。表情は変わらぬものの、どうやらそれも笑い声のようであった。
「――そうさねえ。スケルガルのような強力なモンスターを召喚するには、身体の一部を捧げる必要がある。そして更に強い力を求めるならば、代わりに命を奪われることもある」
「命を代償に――?」
「ああ。だが勿論、そんな魔法を好んで使う者などいやしないよ。もしいたとすれば、魔導師連盟の狂信者ぐらいなもんじゃろう」
「……?」
「知らんか。魔王と自称する男を崇めとる、危険な魔導師どもの集まりさ」
それを聴いてツキノの顔が曇る。
(魔導師……連盟……。なんでそんな人がパルゲヤに――)
「まあこの講義とは関係ないから、説明は省くとするが――少なくともお前さんのような女の子が興味を持つもんじゃないよ。他の者も、そんな輩とは関わっちゃいけないよ」
そう締め括られて、ツキノは学徒共々「はい」と頷くだけであった。しかし彼女の疑念は一層膨らみ、同時に得も云われぬ不安が頭を
(魔導師連盟。ユウさんと因縁でもあったのかしら? でも最初に森で遭ったスケルガルは、エリオンを狙っている様にも見えたわ)
だとすれば、彼の身に迫る危険の原因は何なのか。エリオンは自分に何かを隠している――彼女にはそう思えるのであった。
***
聴講を終えて、一旦寮の自室に戻ろうとしていたツキノを、後ろから呼び止める声があった。
「ねえねえねえ、そこの白い髪のキミ。ちょっといいかな?」と、少し気の抜けたような、若い女性の声。
振り返ったツキノの前には、あちこちが跳ね上がった短い金髪の少女。ツキノよりも若干背は低いが、年齢は上であろう。
「なにか?」とツキノ。
すると少女はにへらと笑みを浮かべて、困った様子で頭を掻きながら。
「ウチ、ちょっと道に迷っちゃったみたいでさ。グレイターの講義室に行きたいんだけど、案内してくれないかな?」
「あら、アナタも新入りなのね?」
「うん、入ったばっかりなんだ。昨日は案内してもらったんだけど……ヤベー方向音痴なんだよね、ウチ」
「そうなの。私もまだ日が浅いけれど、この建物は結構単純よ。すぐ覚えられるんじゃないかしら?」
「なるほど……そりゃ助かるね」
「ええ。ところでアナタ名前は? 私はツキノ」
「あーゴメンゴメン、忘れてた。ウチはゾーヤっていうんだ。ヨロシクね、ツキノ」
***
「へえ、アナタ殊能学徒なのね。東翼にいたからてっきり――」
コツコツと廊下を進みながら、ツキノは並んで歩くゾーヤに言う。
「まあ一応ね。殊能の勉強なんて興味無いんだけど、身内が行け行け煩くてさー」
「あらそうなの? 私はここが凄く気に入ってるわ。知りたいことや知らなかったことが、毎日色々聴けて。それに周りが魔法使いばかりというのは、凄く新鮮で刺激的だわ」
「ふーん、刺激的ねー」
などと他愛もない会話をしているうちに、二人は礼拝堂を通過して、西翼の殊能学舎へ。
「基礎殊能学の部屋はそこの扉だわ。でももう終わりね。お昼の時間だもの」
廊下の壁に掛かった時計を見ると、丁度2本の針が重なるところであった。間もなく講義室の扉が開き、ぞろぞろとローブの大群が吐き出されてくる。
「あちゃあ、残念」と声を漏らすゾーヤの横で、ツキノは群れの中に虹色の頭を見つけた。
「エリオン!」
「? ――あ、ツキノ」
小ぶりのノートを抱えて歩み寄るエリオン。
「どうしたの?
「この人が道に迷ったって言うから、案内してきたのよ」
「そうなんだ」とゾーヤに目を向けるエリオンを、ゾーヤはまじまじと見つめる。
(こいつが
そんな感想をおくびにも出さず、彼女はニッコリ微笑むと、エリオンに手を差し出した。
「ウチはゾーヤ。ヨロシク先輩」
「え、ああ、宜しくお願いします」
エリオンが遠慮がちに握手をすると、ゾーヤはいきなり、その手を力強くグイッと引っ張った。そして「わっ?!」とよろけた彼を向かい受ける様に、彼女は顔を少し傾けて、エリオンの口に唇を重ねた。
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