第42話 旧友

 港と云えどもドバルのそれは、エリオンの想像していたものとは大分違った様相であった。

 そこは、パルゲヤの様に波止場や桟橋が突き出したではなく、四角く入り込んだ湾を、扇状の巨大な天蓋てんがいが覆う、半ドーム型の浮体式船渠ふたいしきせんきょ

 停泊しているのは、白煙を吐く大型のガレオン船や、いかにも年季の入ったキャラベル、鉄板を無造作に貼り合わせた様な鈍色にびいろの機関船舶や、外見からは構造の想像すら付かない卵型の小型艇など――まるでとでも云うべき、多種多様な有り様であった。


 長期滞在する船は、大きさに依って更に入り組んだ先の区画で分けられるらしく、エリオンらが乗る船も、アナウンスとガイドビーコンに従い、奥まったプールの様な場所へと流された。そして水中の床から生えでた機械の腕に、船体をガッチリと固定され、だだっ広い荷捌き場へと運ばれた。


「ここで荷を降ろす」とユウ。


 その言葉に従って、皆はそれぞれ自分の荷物と、手が空けば食糧や日用品などの共用物を、せっせと往復しながら運び出す。周囲には、同じく積み降ろしをしながら、あちらこちらで声を掛け合う商人や旅人の姿があった。


「ふぅ……、こんなところかな」


「こうやって見ると、結構な大荷物ね」


 やがて一通りの作業を終え、山積みとなった木箱と皮袋を眺めながら、エリオンとツキノは汗を拭う。そしてギルオートが船内の最終確認をしているところで、かっちりとした厚手の茶色い服を着た、役人と思しき男達がやってきた。


「何かしら……?」


 というツキノの疑問の声が聴こえたか、先頭の山高帽の男性は、「検閲だ」と険しい声。するとフードを深く被ったユウが、彼らの前に進みて尋ねる。


「前は検閲など無かったはずだが? ここは自由貿易港じゃないのか」


「今は国王陛下からの臨時戒厳令が発令中だ。他国からの荷は全てあらためさせてもらう」


 男がそう言うなり、後ろに控えていた他の役人達が、荷物を片端から開け始めた。


「ちょ、ちょっと――何なのよ」と、それを阻もうとしたツキノを、役人の一人がグイと腕で払い除ける。バランスを崩したその彼女の肩を、アヤメがしっかりと受け止めてから、鋭い目つきで睨みつけた。


「荷を調べるのは構いませんが、無礼を働くのであれば、こちらも相応の対処をさせて頂きますよ」


 その物言いに、「なんだと貴様――」と帽子の検閲官が眉をひそめる。するとユウが二人の間に割って入った。


「君達の仕事は理解した。だが彼女の言う通り、仲間は丁重に扱ってくれ」


「丁重にだと? 我々はレグノイ陛下のご命令で動いているのだ。貴様らなど――」


「レグノイは僕の友人だ」


 そう言いながらユウは、おもむろにフードを取ってみせる。


「何を馬鹿な」と一笑に付した検閲官は、しかしその姿を見ると同時に固まった。


「!? あ、貴方は……まさか――」


「急な申し出ですまないが、レグノイに伝えてくれないだろうか。の頼み事があると」



 ***



 ドバル市庁舎の応接間は、その建物の先進的なデザインとは裏腹に、クラシカルな西欧風の内装であった。置かれている調度品の類も、ひとつひとつ細部に至るまで、職人が手彫りで施した様な意匠の木製品である。――もっともそれが本当に彫り出された物なのか、デバイス石から創造された物なのかは、一見して判断することは出来なかったが。


 豪奢ごうしゃなソファに平然と身を任せているユウやアヤメと違い、エリオンは落ち着かぬ様子で部屋を見回した。その横には澄ました顔のツキノ。

 ギルオートはともかく、彼女もこういった場において堂々と構えていられるのは、単なる世間知らずというより、根っからの胆力が優れているのだろう――エリオンはそんなことを考えながら、自分よりも小柄な少女の横顔を、感心するように見つめていた。


 そうして暫くの間待っていると、やがて重厚な木の扉が滑らかに開かれ、そこから二人の鎧騎士を従えた、大柄の偉丈夫いじょうふが入ってきた。

 ――ズッシリとした岩の如き体格に、細やかな金糸の刺繍を施した、白のダブレットとホーズ。その上に縞模様の毛皮をあしらった赤いマント。短く揃えた黒髪と、こわい顎髭を蓄えた四角い顔。極太の筆で描いた様な眉の間に、深く刻まれた縦皺があり、その相貌は王というより、歴戦の武人のそれであった。


 並々ならぬ威圧感オーラを発するその男は、いかつい顔でエリオンらを一瞥すると、しかしすぐにニヤリと笑顔を見せる。


「久しいな! ユウ!」


「元気そうだね、レグノイ」


 ユウは立ち上がって、豪快に笑う彼の許へ歩み寄ると、互いに拳を突き合わせた。


「全くお前という奴は。何十年振りだ? 水臭いぞ、こちらに戻るなら手紙鳥てがみどりでも寄越してから来い」


 そうたしなめつつも、男――レグノイはガッシリとユウの手を握る。


「すまない、事情があった」とユウ。


「まあどうせお前のことだ。また一人で色々と抱え込んでるんだろう。――で、見つかったのか? 例の尋ね人は」


「……いや、まだだ。ひょっとするとあの人は、この星にはいないのかも知れない」


「フム、ならば宇宙そらに上がるつもりか?」


「ああ。どの道その予定だった」


「そうか――」


 レグノイは、名残り惜しむような溜め息を洩らしてから、ユウの肩をポンと叩く。そしてエリオンらに目を向けた。


「彼らは?」


「僕の仲間達だ。実は頼み事というのは、彼らのことなんだ」


 そう告げてから、ユウは事の顛末を語りだした――。



 ***



 人払いをした応接間で、大理石のテーブルを挟み、ユウらと向かい合うレグノイ。


「――なるほど。つまりこの少年を、学園市ネオネストでかくまって欲しいと。他の三人も、理由は違えど目的地は同じ、ということだな」


「そうだ。そして彼の力についても調べてもらいたい」


「フム、それならあの男に頼めば喜んで引き受けるだろうが――」と言いつつ、レグノイは腕を組んで唸る。


「何か問題が?」


「問題と言うか、彼がモリドに追われているというのならば、今はタイミングが悪かったかもしれん」


「どういうことだ?」


「数日前のことだが、南の鉱山市ベルスが襲撃に遭ってな。野盗に見せかけてはいたが、恐らくモリドの仕業だ。ここ最近奴らの活動は活発化しているし、やり方も過激化している」


「そうか、それで港に戒厳令を……」


「うむ。――しかしまあ、勇者たっての頼みとあっては断るわけにもいくまい。こんな状況でも構わんと言うのならば、俺からネオネストの市長に打診してみよう」


「良かった、ありがとう。助かるよレグノイ」


 ユウが安堵した様子で微笑んで、エリオンらに顔を向けると、皆も同じ様に喜びの笑顔を浮かべていた。


「気にするな。お前から受けた恩を忘れる者など、俺達の世界には誰一人いないさ」


 レグノイはそう述べて、再びユウと固い握手を交わした。

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