第41話 東の大陸

 ユウの重い視線に気圧されて、エリオンは思わず目を逸らした。それに気付いたユウが、取り繕う様に続けた。


「すまない、責めている訳じゃないんだ。神の権限は、君が望んだものではないのだから」


「……はい、解っています。でも僕は一度、それを使ってしまいました。この手で蟻塚の皆を――」


 俯くエリオン。


「………………」


 彼の背負わざるを得ない運命は、その華奢な肩には重過ぎる荷である。――ユウから見ても、それは明らかなことであった。


「……君の――」と慎重に言葉を選ぶ。


「後悔というのは、必ずしも悪い事じゃない。少なくともこれからの君にとっては、正しさの道標みちしるべになってくれる」


「そうですね……」


 とエリオンは、ぎこちなく微笑んでから、水平線の向こうに目を向けた。そして憂いの雲を払うかのように、話題を変える。


「あとどれぐらいで、学園市に着くんですか?」


「港湾市ドバルへは、明後日の昼には到着するだろう。そこからネオネストまでは、歩いて行けば2週間、といったところかな」


「遠いですね。馬を借りるんですか? 荷物も多いですし」


 フェルマンから借り受けた機械馬と馬車は、マウコムに「今度蟻塚から来る者があれば、その人間に返して欲しい」と頼んで、お礼の手紙と一緒に預けたのである。その為船を降りた後の彼らには、今のところ徒歩以外に移動手段が無いのであった。

 しかしユウは微かに微笑んで、エリオンの言葉を否定した。


「心配ない。アマンティラには機械馬よりもっと便利な物がある。それに限定的だが通信も行える。だから迎えが来てくれるはずだよ」


「迎え? 学園市に知り合いがいるんですか?」


「ああ。ネオネスト自体はまだ新しい市国くにだが、あそこには僕の古い友人が沢山いるんだ」


 そう語るユウの顔は、エリオンの負担を和らげようと、先程よりも少し明るさを取り戻していた。



 ***



「ねえ、起きて! エリオン!」


 船室のベッドで薄い毛布を抱えていたエリオンを、ツキノの元気な声が揺さぶり起こす。


「ん……どうしたの? ツキノ」


「いいから起きてってば! 凄いんだから!」


 一体何がどう凄いのか、肝心の部分を話さない彼女に引っ張られて、エリオンは丈の短い麻の上下を着たまま、ふらふらと甲板そとへ出る。すると眩い陽光とともに、彼の目に飛び込んできたのは、途方も無い大きさの滝であった。


「うわ……」と、目を剥いて絶句するエリオン。


 遥か天空から雲を抜け、流れ落ちるその滝は、視界を埋め尽くす壁とも云っても過言ではなく、向こう側の景色を完全に遮断していた。


「ね! 凄いでしょう!」とツキノ。


 甲板にはアヤメとユウもおり、彼らもまた、その荘厳極まる光景を眺めていた。


「あ、おはようございます。ユウさん、あの壁は――?」


「あれは『元素流げんそりゅう』。宇宙空間――テンの海と、地表のゲの海を結ぶデバイスの流れだ。謂わばこの惑星の循環器だよ」


「デバイスの循環器……? あんなに大きいものが……」


 エリオンは、目を輝かせるツキノとともに、それを見上げる。――柔らかい青の光をまとう滝は、飛沫を上げるでもなく、ゆったりとした流れで海へと注がれていた。


宇宙せかい創元素デバイスで満ちている。結晶化してデバイス石になったものは、やがて結晶蝶となって還っていくが、目に視えない魔素などは、ああやって循環しながら密度を保っているんだ。あの元素流は流れだが、逆に空へと昇っていくものもある」


「へえ……」と言ったきり、エリオンは洪大な自然現象システムに目を奪われたままであった。

 その横ではププを抱えたツキノが、「正に神の御業みわざね」と、言葉を洩らしていた。


「このまま進むんですか?」


「ああ。元素流は目に視えても物理的な影響は無い。このまま突っ込んでも大丈夫だ。ドバルはあの向こう側にある」



 ***



 東の大陸アマンティラは、俗に『剣と魔法の大陸』とも呼ばれていた。

 それはかつて、伝説の聖なる剣を持つ勇者や、偉大な魔法使いが存在していた世界の者らが、この地に多く住んでいるからである。

 エルフ、ドワーフ、オークといった亜人族もその世界に由来していて、文明は科学よりも魔法を主に発展してきた。しかし同時に、小人鬼ゴブリン巨人鬼トロールといったモンスターも多数存在しており、彼らの襲撃や渾沌戦争の災禍に対して、剣も魔法も使えぬ弱者達は、自衛の為の手段を持ち合わせていなかった。

 そこで当時、アマンティラを治めていた武王レグノイは、異世界の人間との交流を図ることで、国力の強化に努めたのであった。

 その結果、多くの種族――就中なかんずく彼らと外見も生態も変わらぬグレイターが移り住み、治安維持と科学技術の発展に貢献したのである。

 港湾市ドバルは、そんなアマンティラの中心国家『新生トラエフ王国』の、西の玄関口であった。


 エリオン達は、船ごと巨大な白いゲートを潜りドバルへと入港すると、その内に広がる白磁の如き街並みに度肝を抜かれた。


「凄い凄い! なんて広い街なのかしら! 見てエリオン、あの建物なんて蟻塚みたいに大きいわ!」


 ツキノは甲板から落っこちそうなほど身を乗り出して、卵の様な有機的なデザインのビル群に目を見張る。


「ホントだ……まるで別世界だ……」


 二人は船上を右往左往しながら、あちらは四角くて大きいだの、こちらは丸くて高いだのと、初めて見る異質で未来的な建造物に大騒ぎであった。

 そんな彼らを微笑みの顔で見守りながら、アヤメとユウ。


「確かに前よりも随分と発展していますね。でも私達の世界の技術とは、かなり違うように見えます」


「うん。あの建物の感じは、超能力者の世界グレイターヘイムではなく宇宙戦記の世界インヴェルセレのそれに似ている。少し気になるな……」


 そう言いつつ向けられた、ユウの怪訝な眼差しの先には、砲塔と思しき円柱の建造物が、いくつも立ち並んでいた。

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