第40話 船上にて

 かつて異なる宇宙せかいで暮らしていた人々は、突如それらが一つになった、この『いちなる世界』へと飛ばされた。その時にいた人達が、つまり『最初の人』。

 彼らは混沌とした世界に戸惑い、焦り、そして見知らぬ他世界の存在に恐怖した。そして自分達を守る為に、或いはその恐怖から逃れる為に、互いに争いを始めた。百年の永きに渡って続いたその戦争が、今は神話のように語られている『渾沌戦争』。


 やがて戦争が終結した後、人々はこのバハドゥという星の各地、4つの大陸に散っていったという。


 その大陸とは――


 僕らが住んでいたティルニヤや、ギルさん達と出逢ったパルゲヤ、またその他いくつかの小さな市国くにと、不毛の大地と云われる魔境が、国境を交えることなく点在する、北西の大陸『グラヘイム』。


 肥沃な土地と広大な自然、文明発祥の中心と云われる開拓市や、僕らの目的地ネオネストを有する、東の大陸『アマンティラ』。


 亜人や機械人、モンスターといった人間以外の者達が、それぞれ独自の文化の中で生活しているという、南西の大陸『ダクネスト』。


 そしてそれらの大陸の中心に位置しながらも、しかし天までそびえる壁によって、その内情を知ることを許さない、隔絶された幻の大陸『インヴェルス』。


 今ではそれぞれの種族、それぞれの大陸の国々が、ゲの海を通じて交易をしたり、また他種族への感銘や共感を経て、移り住んだりもしている。

 かつての戦争の爪痕は消え去り、個人の苦悩はつねあれど、世界的に見れば平和な時代――。それが、航海の途中でユウさんに教えられた、この世界の現在いまだった。



 ***



 空は快晴、海は穏やか。四方の景観はどこに目を向けても、爽やかな青色に塗り潰されている。船体を包むバリアーが解除されると、その景色に相応しい風が流れた。

 舳先へさきの上をちょこまかと走り回るププを、よたよたと心許ない足取りで追うツキノ。

 アヤメは一人甲板の横縁に肘を突いて、目を瞑りながら穏やかな風を感じている。長い髪の尾が、そよそよと揺れていた。

 操舵室の真ん中で、舵を取るでもなく佇立ちょりつして前を向いているギルオートは、数時間前からずっとその体勢のまま、微動だにしていない。


 ――港湾市パルゲヤを発って5日。代わり映えのしないゲの海で、しかしエリオンらを乗せた船は、着々と東の大陸アマンティラへと近付いていた。


「……渾沌戦争って、最終的にはどの種族が勝ったんですか?」


 数段高くなった後部甲板――つまり操舵室の屋根に当たる部分であるが、そこでエリオンは低い柵に両肘を掛けて、ププに翻弄されるツキノを眺めながら訊いた。


「勝者はいない。そういう戦いではなかった」とユウ。


 彼もエリオンの横に並び、しかしこちらの視線は、アヤメに向けられているようであった。


「戦争は怖いものだと、ドトからいつも聴かされていました。皆が皆取り憑かれ、になってしまうんだって……」


 エリオンは、自身が暴走したあの夜を思い出す――確かにあの時の自分は、正に己を見失い、取り憑かれたような状態であった。


「その通りだ。だがあの戦争は、文字通り『変わり果てた者』によって、領土や主権争いを巡る戦いとは違うものになっていた」


「どういう意味ですか?」


「僕らルーラーは、最初のうちは渾沌戦争に加わらず、ただ成り行きを見守っていたんだ。規制官は元々、他の世界に干渉することを禁じられていたからね」


「? キセイカン……って?」


 エリオンは、その名をどこかで聴いた気がしていたものの、すぐには思い出せずに首を傾げる。するとユウ。


「規制官というのは、ルーラー本来の呼び名だ。いちなる世界が生まれる以前、無数に存在していた宇宙を護る為に存在していた、『WIRAウィラ』という組織の人間達を、僕らはそう呼んでいた」


「じゃあ神様――とは違うんですか?」


「ルーラーは神じゃない、神であってはいけない。少なくとも僕は、ある人からそう教わった」


 ユウは空を見上げる。昼には視えない、その先の星々を見つめるように。


「だけどあの人――リアムさんは違った。世界にはそれが必要だと考えたんだ。世界を救う神がいないのならば、神に等しい力を持つ人間がそれを代わりに行うべきだと」


「リアム……さん? それって正義と力の神、最高神リアム様のことですか?」


「そうだ。そして他の規制官達も彼に賛同した。その理由の一つが『変わり果てた者ディファレンター』だった」


「ディファレンター? 聞いたことがないです。どんな種族なんですか?」


「種族とは違う。元は人間や亜人やモンスターなど、それぞれ異なる者達だ。だがその中で、闘争本能に歯止めが効かなくなった者が、ディファレンターへと変貌する。――機甲巨人に飲み込まれてね」


「機甲巨人って、インヴェルの民の……? 僕が創ったあの白い巨人が?」


「ハドゥミオンは少し特殊な機体だけど、人型ロボットああいうものであることには間違いない。機甲巨人は、元の世界ではパイロットと機体が同調することで操作する兵器だったが、この世界では素材となるデバイスの特性と相俟あいまって、ものになってしまった。戦闘や殺戮を心から望む者が乗れば、機体に飲まれ、二度と元には戻れなくなる」


「そんな恐ろしいものだったんですね……」


 エリオンは、あの時感じた我を失う感覚が、その巨人の性質に由来するものだと理解した。もしユウが止めに入らなければ、自身もそれになっていたかもしれない――そう思うと、身体の奥底から、ドロリとした恐怖が込み上げてくるようであった。彼はそれを抑える様に、そっと胸に手を当てた。


「ディファレンターは破壊の化身だ。敵も味方も見境なく攻撃するし、その圧倒的な力の前に抗える者はいなかった。だから規制官ぼくらは、その戦争に介入することにした」


「それで戦争が終わったんですか?」


「ああ。僕らはインヴェルの民やグレイター、そして魔法使い達とともに、全てのディファレンターを滅ぼした。その後、元凶となる機甲巨人を新たに創り出すことのないよう、デバイスの使用者を登録制にし、操作にも制限を設けた」


「登録制……登録の儀――? じゃあアイオドはその為に作られた?」


AEODアイオードは最初から在った。アレは元々WIRAウィラが、監視の為に全ての世界に配置していたものだったからね。監理者ルーシーも同様に存在していた」


「そういうことだったんだ……。でも僕は――」


 エリオンが呟くと、ユウはその台詞の先を肯定するかの如く、静かに頷いた。


「何故ルーシーが君に、制限の無いルーラーとしての権限を与えたのかは謎だ。しかも最高位の一等官権限を……」


「イットウカン?」


「そうだ。エリオン、生命すら創造出来る君の権限は、第二等規制官である僕よりも上なんだ。他にそれを持つのは最高神リアムさん創造神アマラさんだけだ」


「僕が……それが神の権限……?」


「そう呼ぶのは間違いじゃない。君が得た力は、この宇宙の神に匹敵する。だからこそ僕は、君を野放しにすることは出来ない」


 そう宣言したユウの憂い気な眼差しと表情は、いつにも増して深刻な色を浮かべていた。

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