第39話 思惑

 カザルウォードが返答を述べた瞬間――。


「………………」


 そこは既に静止空間ゼスクスの領域へと変化していた。


「一方的で悪いが、貴様と真っ向から立ち合うつもりはない」


 そう言ってゼスクスは、斜めに背負った鞘を肩側から前に回すと同時に、刀を後ろへ引き抜く。しかし彼が、そのまま一歩を踏み出したところで――。


「別に言うほど一方的ってモンでもねえぜ?」


 カザルウォードが口を開いた。


「! ……貴様」とゼスクス。


「なんだ驚いてんのかよ? 生憎だが俺様も、空間支配ってヤツは得意分野なんだぜ? ダテに魔王はやってねえ」


 得意気に笑みを浮かべ、カザルウォードはゆっくりと立ち上がる。


「んでもまあ、流石だとは言っておいてやるよ。制止それしか出来ねえだけあって、魔素まで完全に止められるんだな。体は動かせても魔法が使えねえ」


「ならばどうする……? 大人しく斬られるか?」


「ああ? バカ言うな。魔王ってのは魔法使いの王様じゃねえ、魔族の王様なんだぜ? 素手でっても、人間相手に負けるワケねえだろ」


 大言壮語とも思えぬ口振りで、カザルウォードは仁王立ち。しかし。


「だが――」と彼は言葉を続けた。


「正直なとこ、今はモリドお前らとやり合うつもりはねえんだな、コレが。俺様はともかく、手下がられちまうと色々面倒臭えからな」


「ならば手を引くか?」


「いいや、引かねえな。――だが提案がある」


「……どんな提案だ?」


 ゼスクスが刀を握り締めたまま、いつ何時でも相手の首をねるつもりで、静かに訊いた。

 一方カザルウォードは、そんな殺意をものともせずに、不敵な笑みのまま答える。


「大した話じゃねえ。ただどっちかがアレを手に入れるまでは、お互い直接やり合うのはナシにしねえかって話だ。まあつまりは、争奪戦ってヤツだな」


「………………」


 ゼスクスは暫しの間沈黙していたが、勿論、仮面に隠れたその表情を見て取ることは出来ない。しかし彼はクルリと刀を閃かせると、滑らかに鞘へと納めてみせた。


「……いいだろう、その提案は飲んでやる。だが万一、貴様らが先に神の権限を手にした時は、俺は貴様らを滅ぼしてでもアレを奪うぞ」


「ヘッ、そりゃこっちも同じことだ」とカザルウォード。


 お互いの意見が一致したところで、ゼスクスは『ウルズの刻』を解き、周囲の時間が再び流れだす。


「――!?」


 エイレとゾーヤは、すぐにその状況を理解し、迷わず臨戦の構え。一方ニムヴァエラは、広間に充満する殺気を堪能しながら、残念そうに言った。


「あらん? 魔王様ったら、もうお楽しみになられたのん? ズルいじゃなぁい」


「別に何もしちゃいねえよ。平和的解決ってヤツだ」


「それって愚策というものじゃなくてん? ワタシはその刀で斬り刻まれたいのにぃ」


 彼女は長い舌で唇を舐めながら、腰を蛇の様にくねらせ、自分の胸を鷲掴みにして揉みしだく。するとカザルウォード。


「黙ってろド変態。そんなになぶられたいなら、後で俺様が燃やしてやる」


「キャッ、火炙りなんて楽しそぅん」と喜ぶ彼女を、エイレとゾーヤは、おぞましいものでも見るかのような目つきで睨んだ。


「……化け物が」と呟くエイレ。


 カザルウォードがまた玉座に身を戻すと、ゼスクスはそれ以上語る事なく、颯爽ときびすを返す。


「用は済んだ。帰るぞ」


 その指示に従って、エイレとゾーヤも無言で後に続く。背を向けつつも、一部の油断も隙も見せぬまま去っていく彼らに、ニムヴァエラは熱い視線を注いでいた。


「……魔王様ん。あのコ達、帰してしまって宜しいのん?」


「ああ。とりあえず今のところは手出し無用だ」


「何故? 楽しめそうなのにん」


「……アレの回収に向かわせた魔導師、死んだって報告があったよな?」


「ええ。ンダムワだったかしらん? スケルガルワンちゃん達も消滅させられたらしいわよん」


「やっぱな――。だったら多分、神の権限を護ってやがんのはルーラーだ」


「えぇっ?」と、目を丸くするニムヴァエラ。流石に彼女にとっても、それは只事ならぬ言葉であった。


「あの黒ヘル野郎が停戦を飲んだのがその証拠だぜ。そうでなきゃ、あんな強さのヤツがここまで慎重になるワケねえ」


「じゃあ、あのコ達にその相手をさせておいて、横取りしようってことなのん? なんか魔王様らしくないわねん」


「ド阿呆。ルーラーが相手じゃ、面倒臭えなんてレベルじゃねえんだよ。アイツもそれを見越して、逆にこっちを利用する腹積もりなんだろ」


「ふぅん。いやねぇん、人間て。ワタシ心理戦そういうのは苦手だわん」


「まあ、しばらくは様子見でいい。お前も手を出すなよ、ニム。まずはモリドヤツらのお手並み拝見、ってヤツだ」


 そう言いながら、カザルウォードは掌の上に丸い鏡の様な物を出現させる――。するとそこには、石橋を渡ってミドガルズオルムへと帰っていく、ゼスクスらの姿が映し出された。


(あの野郎――『ウルズの刻』とか言ったか。ハッタリかましてやったが、こっちは少し動くだけで精一杯だったぜ。アイツも化け物チートだな……)


 そんな感想を秘めたカザルウォードは、歩み去る彼らの黒い背中を眺めつつ、不機嫌そうに舌打ちした。



 ***



 ミドガルズオルムに戻ったゼスクスらは、先頭車両の上層――司令塔も兼ねた広い運転室の中へ。

 前方に設けられた横に細長い窓は、車両の左右にまでコの字型で広がっており、遥か遠くまで見渡せる。その手前に、電車の運転席に似た操作卓コンソールが並び、黒い戦闘服の兵士達がそれを操作していた。


 部屋の中央のある席に座ったゼスクスに、横に立つエイレが「恐れながら――」と口を開く。


「魔族が停戦協定など守るとは思えませんが」


「あれは絶対ヤベーですって、大佐。特にあのニムヴァエラとかゆー女。見た目以上に中身がヤベーです」


 ゾーヤもそう言って、苦虫を噛み潰した様な顔で賛同した。するとゼスクス。


「あの魔王がどう考えていようが、少なくとも指示が出されれば、連盟の魔導師は動かんだろう。こちらとしてはそれで充分だ――今はな」


「これからどう動かれるおつもりですか?」とエイレ。


「AEODの探索はシュセツに引き継げ。それが完了次第、お前達はネオネストへ向かえ」


「学園市……ですか? ターゲットはそこに?」


「俺の予想だがな」と言ってから、ゼスクスは座席の肘掛けに付いたボタンを押す。すると背凭せもたれの枕の部分から、掠れた男の声がした。


『お呼びでしょうか、ゼスクス大佐』


「例の機体はどうなっている?」


『素体となるジュデーガナンの復元は、ほぼ終了しております。ただどうやら、元々脚の無い巨人のようでして、現在機動兵器アーマードBiSMバイスムの技術を応用して、下半身の作製に取り掛かっております。つきましては、大佐の生体データを頂きたく――』


「解った。俺はそちらに向かう。準備をしておけ」


 ゼスクスはそう応えると、すぐさま通信を切った。そして沈黙する仮面の横顔に、エイレが声を掛ける。


「ジュデーガナン……。発掘した機甲巨人、というやつですよね。――使える物なんでしょうか?」


「機甲巨人には、パイロットの殊能すら増幅する機能が備わっている。俺にはあの力が必要だ」


 黒面から洩れるその声には、決意というより、どこか切ない願いのような響きがあった。

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