第38話 魔王と死神
パルゲヤで波乱を乗り越えたエリオンらが、その境遇とは対照的な
鉱山市ティルニヤの北西遥か、自由国境を越えた先にある、荒れ果てた寒冷地。常にどんよりとした雲に覆われたその地には、過酷な自然環境こそあれど、太陽の恵みや豊かな動物達の営みなど無い。故に国名すら持たず、人々からはただ『魔境』と呼ばれていた。
鮮やかな色が存在しない景色で、たまに目に付く生き物と云えば、毛皮が地面に着きそうなほど伸び切った、『ただれ
底が視えぬほど深く、覗くだけで吸い込まれそうな暗闇の断崖。その縁からは脚の無い石橋が中央に向かって伸びており、それは穴の真ん中にある、不気味な城へと続いている。
その城は生物の骨を思わせる
そして城へと続く橋の手前には、キャタピラを持つ巨大な棺桶の如き列車――殊能者統括戦線モリドの
***
そこさえ除けば人間と大差ない彼女は、その美しい肢体を惜しげも無く晒し、乳房と陰部だけを蛇皮で覆っていた。謂わばほぼ全裸に近く、その他に衣服らしき物と云えば、首に掛けた眼球のネックレスぐらいなものである。肩にかかる灰色の髪の両横――耳よりも少し高い位置には、
妖艶な雰囲気を過剰なまでに漂わせるその女は、言わずもがな人間ではなく、サキュバスと呼ばれる種族である。彼女は、この城の主にして魔導師連盟の盟主、魔王カザルウォードに仕える魔族であった。
その女の後ろには、黒面の死神ことモリドの首魁ゼスクス、そして彼の部下である、緑髪の暗殺者エイレと小柄で金髪のゾーヤ。
彼らが廊下の突き当りにある巨大な扉の前に辿り着くと、サキュバスは手も触れずにそれを開き、中に声を投げ入れた。
「失礼致しますわん、魔王様ん」
奥にある玉座の前では、濃紺の分厚いマントを羽織った男が背を向けており、その男の元から、返事代わりにガキンッという硬い音が届く。――どうやら先程から響いていた音は、彼が発信源であるらしかった。
「何をなさってらっしゃるのん?」
というサキュバスの問い掛けに、男が振り返る。――銀色の長い髪。その頭には、羊のそれに似た
だがしかし、何故かその手には、凍り付いたバナナと釘。
「何って、見りゃ分かんだろ。バナナでクギ打ってんだよ」
見た目に似つかわぬ軽い口調でそう返した男に対し、サキュバスの女は更に問う。
「バナナでクギ? それにどんな意味がありますのん?」
「強いて言うなら、知的好奇心からくる真実の探求ってやつだな。果たして本当に凍らせたバナ――」
「暇潰しねん?」と、笑顔で遮る女。
「……うん、まあそういう言い方もあるか」
「そんなにお暇でしたら、人間共と遊んで差し上げたら宜しいのにん。魔王様が御姿をお見せしないから、連盟の
「ほっとけ。アイツら面倒臭えんだよ。それにここ遠いしな」
「でもこんな所に城をお造りになられたのは、魔王様ご本人ですわん」
「そりゃそうだが……ほらアレだ、やっぱ魔王って言ったら『北の果て』とかに居る方が雰囲気出るだろ?」
「そういうものかしらん?」
「そういうモンだ」
男は自分に言い聞かせる様に頷くと、両手を黒い炎で包み、バナナと釘を一瞬で消し炭にした。
「――んで?」と、雑な動作で玉座に座りながら、サキュバスの後ろに控えたゼスクスらに目をやる。
「何の用だ?」
「お客様をお連れ致しましたん」
「見りゃ分かる。ソイツらに訊いたんだ」
男の黄色い瞳は、今までとは打って変わって強い眼光を放ち、ゼスクスらを射抜く様に睨み据えた。――その眼差しにエイレとゾーヤに緊張が走る。
しかしゼスクスだけは一切動じず、すっぽりと被った黒い仮面から、管を通るような響きの声を発した。
「殊能者統括戦線、モリドのゼスクスだ」
「ご丁寧にどーも。俺様はカザルウォード、んでそっちのはニムだ」
「ニムヴァエラと申しますわん」
サキュバスの女――ニムヴァエラは会釈をしてから、笑顔でカザルウォードの許へ。そして彼の横にしゃなりと寄り添う。
「んで、グレイターの親玉がわざわざ何の用だ?
肘掛けに肘を突いて、玉座のカザルウォードは不敵に嘲笑う。するとゼスクス。
「警告をしに来た」
「ハッ、警告だあ? お前さ――、俺様が誰か解ってて言ってんだよな?」
「無論だ、魔王カザルウォード。俺は、魔導師連盟の盟主である貴様に言っている」
「…………。んで、どんな警告だ?」
「神の権限から手を引け。聞かぬというなら、貴様の言う喧嘩とやらも辞さんつもりだ」
「へえ――」と返したきり、黙り込むカザルウォード。
その横でニムヴァエラは、可笑しそうにクスクスと声を洩らした。
「
「だって魔王様ん。グレイター如きが魔王様に歯向かうだなんて、蛙が蛇に挑むようなものですわん」
堪え切れずにケタケタと
「返答は――?」とゼスクス。
するとカザルウォードは溜め息を吐いてから、あっけらかんとした様子で答える。
「答えはノーだ。俺様が手を引こうが、お前らが手を引こうが、結局アレは誰かに利用されるだろ。そうなりゃ俺様のまったり
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