第36話 刃機一体
「準備は良いですね? ギルオート」
『仰せのままに』――耳元にギルオートの声。
タイミングを同じくして、粉砕されたスケルガルは再生を完了したようであった。凶暴な瞳を輝かせ、剥き出した牙の隙間から、チロチロと炎が漏れ出している。
「では、参ります」とアヤメ。
ドンッと地面を蹴って真上へ。勢い余ってぶつかるかと思いきや、空中で身を翻し天井に着地。――ふくらはぎの横から突出したワイヤーアンカーが石に食い込み、彼女は蝙蝠の如く逆さまに張り付いた。
左半面になったギルオートの顔が敵を見据え、その
『
彼の声が告げると、アヤメの視界のスケルガルの身体が
「あれですね」
アヤメは刀を両手で構え、膝を曲げる。スケルガルは上を向いてそれを見るなり、雄叫びとともに炎を吐き出した。
しかし彼女はアンカーを切り離すと同時に、その火炎の
仮面の様な外骨格を割られ、黒い流血とともに絶叫を上げたスケルガルが、鋭い爪を振り回す。アヤメはそれを一足飛びで回避して、着地の瞬間に反転、目にも止まらぬ速さで腹の真下に滑り込んだ。そして刀を逆手に持ち替えると、殊能『ヴェルンドの鉄』で、刀身を倍以上にまで伸ばしながら。
「ブースター開放!」
水平に構え、直角に折り曲げた肘から、低い唸りを上げて炎が吹き出す。彼女はその勢いに逆らう様に腰を捻り――。
「発ッ!」
遅れて吹き出た血飛沫を浴びる間もなく、アヤメがスケルガルの腹下から抜け出すと、その体はバランスの保ちようもなく、ズシンと無残に崩れ落ちた。
飛び散った血は蒸発する様に黒煙と化し、しかし再びその切断面へと舞い戻っていくが、アヤメは
「はァァァッ!」
両手で握った刀を、落下とともに大上段から振り下ろす。太い首を真ん中で斬り落とし、それが地面に落ちるより速く、瞬時に手首を返して斬り上げ。――輪切りになった首の隙間で、漆黒の
アヤメは即座に手を伸ばしそれを掴み取ると、腕に絡み付く黒い
「お願いします!」
黒光りする石が放物線を描く――。
「!!」
エリオンは考える間もなく、左手で手首を抑えながら、右手の平をコアに向けて
(僕にやれることを――!)
そして彼がその手を強く握り締めると、コアは視えない圧力に耐えかねて、バキンッと砕けた。
「グキャァァァァァッ!」
スケルガルの首が断末魔を上げる。間もなくそれが、胴体もろとも急激に腐り始め、ドロドロと溶けていく。鼻を刺す不快な臭いも
「やっ――たのか……?」とエリオン。
自分でも信じられぬといった様子で、彼がその光景を見つめていると、納刀しつつ歩いてきたアヤメが、バイザーの中で微笑んだ。
「やりましたね、お見事です」
「あのっ――ありがとう……ございます」
「あちらも片が付いたようです」
彼女の視線に釣られてエリオンが横を向くと、闘技場の反対側では、黒い返り血を全身に浴びたユウが佇んでいた。彼はその手にある黒い石を、素手で粉々に握り潰してから、こちらに向かって歩いてくる。
「ユウさ――」
彼に呼び掛けようとしたエリオンは、そこでハッと言葉を止め、客席の方へ顔を向ける。
「ツキノ……っ、ツキノは!?」
その声に反応して、席の陰に隠れていたツキノが恐る恐る顔を出す。白い頭の上にププが乗り、「ここにいるよ」とアピールする様に、パタパタと
「ツキノ!」
「エリオン!」
二人は互いに走り寄り、駆け下りてきた彼女をエリオンが抱き止めた。
「大丈夫? エリオン。怪我は無い?」
「うん、僕はなんともないよ。君こそ――」
「私も大丈夫よ。ありがとう」
安堵の笑顔を交わし、暫し見つめ合う。しかしエリオンは、自分の胸に当たる柔らかな膨らみに気が付くと、顔を赤らめながら、ツキノの身体をそっと押し離した。
「……? ところでアナタ、いつの間に殊能を使えるようになったの?」
「え? それは――な、なんかその、なんとなく……」
苦笑いで誤魔化すエリオン。その顔を不思議そうにツキノが見つめているところへ、ユウが戻ってきた。返り血は全て霧散し、服には染みひとつ残っていない。
「よくやったエリオン。それに――」
ユウは、二人の横に立つギルオートを見る。
「君達も。ありがとう」
そう言いながら、バイザー越しのアヤメと目を合わせる。するとギルオートの背面がプシュンと音を立てて開き、中からアヤメが「ふぅ」と息を吐いて出てきた。
「お久しぶり、ユウ君。元気そうですね」
「アヤメさん……。気付いてたんだ?」
「勿論。貴方以外にあんな動きが出来る人はいませんから。そんな変装じゃバレバレです」
アヤメはそう言って笑う。そのやり取りを見てツキノが尋ねる。
「二人は知り合い?」
「はい。会うのは久しぶりですが、長い付き合いです」とアヤメ。
「やっぱり。――じゃあ恋人?」
と唐突に突っ込んだ質問をするツキノに。
「?! こここ恋人だなんて! わ、私達はただその――」
アヤメは顔を真っ赤に染めながら、大袈裟な手振りで
「僕らは戦友だ。かつての戦争で共に戦った仲間だよ」と告げた。
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