第31話 闇試合
大きな石レンガで作られたトンネルの様な道を、革のブーツで
その凄惨な名残りが、勝者であれ敗者であれ、この暗い道を通った者に壮絶な運命をもたらす証であると、彼女は既に知っていた。
トンネルの先の四角い光が近付くに連れ、
***
「さあそれでは、紳士淑女の皆様方!」
一体この場の何処に、そんな上品な人種がいるのかと思いつつも、すり鉢状の客席に座るエリオンとツキノは、鉄柵に囲われた円形闘技場を、固唾を飲んで見守る。
その中央で、四方に向けて映し出された、タキシード姿の男の
「今宵も命の花散らす、剣の宴がやって参りました! 本日闘うのは、まずこの3人の挑戦者――」
闘技場の両サイドに設けられた四角い入口。その片側に向かって男が大きく手を伸ばすと、暗がりの中から人影――と同時に、待ってましたと観客が沸く。
「まず一人目は、辺境のアヴシュティラからやって来た双剣の賞金稼ぎ、ナズール!」
現れたのは、身長が2メートル近くもある、見事な体躯の戦士。
「二人目は、魔法によって自在に剣を操るという奇剣の使い手、ンダムワ!」
次に現れたのは、フードを被り両目を赤い布で覆った、足元まである黒マントの怪し気な男。武器は何処にも見当たらないが、そのマントの下に隠し持っているであろうことは、容易に想像がついた。彼はそんな状態でありながら、周囲が視えているかのように、淀みなく歩き出る。
「三人目は、己が剣を頼りに世界を旅する冒険者、アル!」
その呼び声で登場したのは、ユウであった。彼はいつものフード付きのマントを脱いだ代わりに、銀色の髪と目元から下の顔を、ボロ切れの様な布で隠していた。そして装備は、庶民的な布の服に、ありふれた鋼の剣を
その装いに、クスクスとした笑い声や小馬鹿にする野次が飛ぶ中、ホログラフィの男が更に声を張る。
「そして! 最後にこの剣闘場を彩るは、ご存知我らが無敵のチャンピオン! 麗しき黒髪の剣魔! アヤメぇーっ!」
一斉に、地鳴りの如く沸き立つ会場。すると三人が入ってきたのとは反対側の入口から、しかしその歓声に心動かされる様子も無いアヤメが、静かに現れた。
「アヤメさん……」と呟いたツキノの声は、会場の賑わいによって掻き消される。
エリオンも声こそ発しなかったものの、やはり彼女と同じ複雑な感情をその顔に浮かべながら、向かい合うアヤメとユウの姿を見下ろしていた。
***
――先日の食堂での一件。アヤメがすぐに立ち去ったその後で、二人は、彼女がこの街で有名な闇試合の剣闘士であると、食堂の店主から聞かされたのであった。そしてアヤメと入れ替わるように戻ってきたユウから、飛魚会の長マウコムとの交渉で、彼もまたその剣闘試合に出ることになった、と伝えられた。
しかしエリオンらがアヤメの話をすると、ユウは少しだけ顔を曇らせ、「そうか」と一言だけ返した。そしてそれから暫くは、ユウの口数がめっきり減ってしまったのである。
昨夜、街の端にある安宿で、そのことについて尋ねる勇気が無かったツキノは、ユウが部屋を出た隙を見計らって、エリオンに疑問を投げ掛けた。
「知り合いだったのかしらね? ユウさんとアヤメさん」
「かもね。そんな雰囲気はあった」
ユウは軋むベッドに寝転がったまま、椅子に座るツキノに顔だけを向けて、そう答えた。
「闇試合って、命を落とすこともあるって聞いたわ。大丈夫なのかしら……?」
「何が――?」
「何がって、ユウさんよ。決まってるじゃない。だってあのアヤメさん、物凄く強いって街で評判のようだわ。そんな人と闘うことになるなんて」
「…………。うん、そうだね……」
「なによそれ。アナタ心配じゃないの?」
「いや勿論心配はしてるけどさ――」
エリオンは小さな声で返してから、天井に向き直り、それきり黙り込んだ。彼の心配は、ツキノとは別のところにあったからである。
(ルーラーのユウさんが敗けるはずがない――けど、なんか暗い顔をしてた。もし仲の良い人なら、きっと闘いたくなんかないよな……。僕だってもし、ツキノと殺し合いをしろなんて言われたって、出来ない。出来るわけがない)
しかしユウは、それを受けて立ったのである。相手を知った後でも、彼は断ることをしなかった。
(
いくら
(アヤメさんは悪い人じゃない。少し話しただけでも、それは解った。それに噂通りとても強い人なんだろうけど――)
だとしても、ユウに勝てるはずがない。それは絶対に揺るぎようがない事実で、だからこその『絶対者』なのだろうと思うのである。
(ユウさん……まさか殺したりしないよな……)
図らずとも、彼ら二人に重責を科してしまった懸念。心配と謂うならば、その二人の身と心こそが、正にエリオンの抱く心配であった。
***
剣闘士らの紹介が終わると、双剣の戦士ナズールと剣魔アヤメを残し、他の二人はそれぞれ別の入口へと戻っていった。
そして最初の試合が始まるまでの間、ナズールは重そうな曲刀を振り回しながら身体を温め、アヤメは鞘を腰から抜いて自分の脇に置き、正座をしたままじっと目を瞑っていた。
客席では、所々の台上に立った胴元と思しき男達が、色のついた紙札を高々と掲げ、それに合わせて周囲の観客が威勢よく声を上げる。赤青黄緑の札が、それぞれの剣闘士に対応しており、彼らはそのうちの誰が勝つかに賭けているであった。
無論、
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