第29話 最初の人

「交渉と言うよりお願いだ」とユウ。


「だったら尚更時間の無駄だ。どこの馬の骨とも知れねえ奴の願いなんざ、聴く気はねえ」


 マウコムがそう言うと、ユウの後ろで、ガチャンという音がした。部屋の出入りの番をしていたオークの男が、扉の鍵を開けたのである。それが「帰れ」という合図であると解りながらも、ユウはその場に立ったまま、マウコムから目を離さなかった。


「お引き取りを」と、屈強そうなそのオークの男が、ユウの肩に手を掛ける。彼の頭を丸々鷲掴みに出来そうなほど、大きく力強い手である。しかし男がグイと力を込めても、ユウの身体はピクリとも動かない。


「? ……おい――」


 再び男が、今度は両手でユウの肩を掴み引っ張る。だがそれでも彼の身体は、まるで空間にへばり付いたかのように、微動だにしないのであった。


「くっ……!」と、獰猛な歯を見せて力む男を余所に、ユウは穏やかな口調でマウコムに言う。


「彼――ギルオートの借金を帳消しに、とは言わない。ただ僕らの依頼を彼がこなせるよう、手を貸して欲しい」


「つまり、またあいつに、デバイス石を工面してやれってことか?」


「そういうことになる」


「フン、馬鹿らしい……」と、鼻で笑うマウコム。


 しかしその会話の間も、オークの力に全く動じぬままのユウの姿に、彼は目を細めた。無頓着であったその瞳に、ひっそりと興味の色が浮かんだ。


「お前さん、剣士か?」


 マントの隙間に見えるユウの剣に、視線を留めつつ問う。


「ああ、そうだ」


「そいつを見せてくれるか?」


「…………」


 ユウは黙って腰のベルトから剣鞘を外し、それを前に差し出す。彼を動かすのを諦めたオークの男が、恨めしそうに彼の顔を見ながらそれを取って、マウコムへと丁重に手渡した。


「ほう……。こいつは見事な剣だな」


 白い鞘から半分ほど抜かれた刀身は、月光が滲み出る真珠の様な、幻想的な白銀の光を放っていた。


「俺はこう見えても、武器に関しちゃかなりの目利きでな。伊達で商業ギルドのマスターをやってる訳じゃねえんだ。だが、そういう俺でもこんな剣は初めて見た――素材は何だ? デバイス石にどんな設定をすれば、こんな不思議な剣が創れる?」


「それはこの世界で創られた物じゃない。君達の持つ権限では再現出来ない」


「何だと――?」と、マウコムの眉が微かに歪む。


「じゃあアンタ、まさか……『最初の人』か?」


「ああ」と小さく頷くユウ。


 この『いちなる世界』が生まれた時、既に存在していた人間のことを、人々は『最初の人』と呼んでいた。彼らは年を取らず、また普通の人間よりも上位のデバイス操作権限を持つと云われ、絶対者ルーラーの使いであるとも信じられていた。しかし今となっては、実際に彼らを見た者など殆どおらず、大抵の人間が、そんなものは伝説の類であろう、と認識していたのであった。


「こいつは驚いた……。まさか『最初の人』が本当に存在していたなんてな……」


 マウコムは目を丸くして、その伝説の存在を目に焼き付ける様に、まじまじと眺めた。そして何かを思い付いた様子で、怪しい笑みを零す。


「ってことはアンタ、相当るんだろう?」


 と云うのは無論、剣士としての戦闘能力があるのだろう、という意味である――すると。


「弱くはない」とユウ。


 それを聴いてマウコムは、ハッキリと笑った。


「謙遜しなさんな。かつての戦争を生き延びた最初の人が強くねえ、なんてこたある訳がねえ」


 そう言ってから、再びオークの男を経由して、剣をユウへと返す。

 その間に新たな葉巻に火をつけて、ゆっくりと堪能するように一吹かし――。そして、仕切り直す様に咳払いをしてから、低い声で話し始める。


「ギルオートの奴に使いを出した」


「知っている。彼の店にいた」


「話の内容は?」


「聞いていない。石の取り立てじゃないのか」


「あいつがそんなモン返せるとは思っちゃいねえさ」


「では――?」


「勘違いしなさんな。帳消しにするつもりなんざねえ。ただあいつには、別のカタチで貸しを返してもらおうと思ってたんだ」


「……?」


「ウチは賭博もやってる。飛魚会の名前を出したなら、アンタも知ってるだろう?」


「一応。彼から聞いてはいる。具体的な内容までは知らないが」


 ユウがそう答えると、マウコムは身を乗り出す様に、肘を机上について言った。


「剣闘だよ」


「……闇試合やみじあいか」


 剣を使って闘技を競う剣闘――それ自体は、決して珍しいものではない。モンスターがいるこの世界において、個人の戦闘能力というものは、誇るべき一つのステータスだからである。しかし公に行われる剣闘は、健全な競技として認知されているものの、相手を殺すことも辞さない危険な剣闘は、一般に『闇試合』と呼ばれ、国によっては禁止されている所も多かった。


「そうだ、闇試合だ。人間や亜人、場合によっちゃモンスターも使って、そいつらを命懸けで闘わせるのさ。客は金を払ってそれを観て、そして賭ける――どっちが勝つかってな」


剣闘それに彼を出すつもりだったのか」


「そうだ。あいつはジャンク屋まがいの商売なんぞしちゃいるが、元は戦闘型の機械人だ。本気で戦えば、並のグレイターなんぞよりよっぽど強えはずだ。だから奴には、剣闘士そっちで稼いでもらうつもりだったのよ」


「なるほど……(どうにも嫌な予感しかしないな)」とユウ。


「で、ものは相談だ。――実はここんトコ、その興行が上手くいってねえ」


 マウコムは鼻から煙を出しながら、わざとらしく険しい顔を作ってみせる。


「数カ月前から出始めた、とある剣士がいてな。見た目が良かったんで、初めは客寄せになるかと思ったんだが……トンデモねえ。客寄せどころか、バケモノみてえな強さであっという間に、古参の剣闘士どもを皆倒しちまいやがった。そっからずっとそいつの勝ちが続いてるもんで、最近じゃあもう、賭けが成立しなくなっちまってるんだ」


 お手上げだ、と文字通りのジェスチャーをしながら、彼は首を振った。


「そんなに強いのか」とユウ。


「強いなんてモンじゃねえ。ありゃ悪魔だ。今じゃ『剣魔けんま』なんて渾名が付いてるぐらいだからな」


「……剣魔か。――それで、僕にその剣士と闘えというのか?」


「ご名答だ。アンタがそいつに勝てば、ギルオートの奴にデバイス石を工面してやってもいい」


 ニヤリと笑うマウコムに、ユウは「やっぱりな」と、内心溜め息を吐くのであった。

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