第28話 交渉

 ギルオートは殆ど感情を表さないにも関わらず、どこか飄々とした雰囲気であった。そして彼の台詞に、エリオンが聞き返す。


「造る――?」


「そうだ。自分は客の欲しい物を造って売る『オーダーメイドの何でも屋』だ。だからここを喫茶店と間違えて入ったってんなら回れ右して出ていくことをオススメする。但しシャッターの修理代は置いていけ」


「…………」


 エリオンがユウの顔を見ると、彼は納得した様子で頷いた。


(なるほど。食堂ギルドにいた男が渋った理由はこういうことか)


 聴いた話では、先日の天災――それは実際にはエリオンが引き起こした災害であったが、そのせいで、連絡船もキャラバンも遠出を控えており、誰も東の大陸まで海を渡る者などいないということであった。


(要するに、どうしても行きたいなら自分達だけで行くしかない、ということだな)


 つまりは、その為の船を手に入れる必要があるということである。しかし当然、船が余っているなどという人間は早々いないので、それは新たに造るしかない。だがそれに掛かる費用は並大抵の金額ではない、というのは容易に察しがつく。

 ユウに情報をくれた男の溜め息は、「手段は無いこともないが、一介の旅人がそんな金額オルスを支払うのはまず不可能だ」という意味の、難色を示す反応なのであった。


 ユウは暫く考えてから、やがて口を開く。


「……僕らはネオネストに向かっている」


「学園市か。東の大陸だな」とギルオート。


「ああ。だからまずは、向こうの港湾市ドバルまで、海を渡らなくてはいけないんだ」


「なるほどね。つまりアンタらはその為のあしが欲しい。だろう?」


「ああ、そうだ」


 ギルオートは心得た様子で頷いてから、しかし即座に言った。


「――無理だな。他を当たってくれ」


「え?」と目を丸くするエリオンとツキノ。そしてギルオートが早々に背を向けようとしたところへ、ユウが待ったをかけた。


「他がいないからここに来たんだ。金ならなんとかする。引き受けてくれないだろうか」


 するとギルオートは首を横に振った。


「金の問題じゃねえ。いや金の問題ではあるんだがアンタらとは関係無い金の問題だ。悪いが引き受けられないね」


「なら理由を話してくれないか? 場合によっては力になれるかも知れない」


「しつこいなアンタ」


 諦める様子を見せないユウに、ギルオートはやれやれといった表情で、渋々向き直る。


「実は最近ある取り引きでポカをやらかしてね。デカい品物ブツだったんでデバイス石を『飛魚会とびうおかい』から借り入れて造ったが支払いの前に客が死んでパァになった」


「飛魚会?」


「この街の商業ギルドの裏の名だ。そこで寝てる二人はその使いっ走りだ」と、ギルオートは作業台の男達を目で示した。


「裏の名前? どういうことだ?」


「奴らは商業ギルドとしての仕事メインの他に賭博業もやってるのさ。飛魚会ってのはそっちの顔の呼び名だ」


「なるほど――事情は解った。だがそれなら、僕らの依頼を受けてくれれば、その借金を返せるんじゃないのか?」


 ユウの言うことに、エリオンらもうんうんと頷く。しかしギルオートは違った。


「解ってないね。返さなきゃいけないのはオルスじゃなくてデバイス石なんだ。だが船となればまず必要なのは大量の石だ。それを調達できるのは飛魚会だけだが借りてる石を返さずに新たに貸してくれなんてのは通用しない。そして材料が無ければどれだけ金を積まれようが物は造れない。だろう?」


「………………」


 原因がどこにあるにせよ、ギルオートの言い分はもっともで、三人は困った顔で沈黙を返さざるを得なかった。とは云うものの、ユウとしては「はいそうですか」と引き下がる訳にもいかず、暫く悩んだ末に、再び口を開いたのであった。


「解った。じゃあ僕からその飛魚会に交渉してみよう。誰に話せばいい?」


「ギルドマスターのマウコムって男だ。飛魚会もソイツが仕切ってる。まあアンタが話したところで無駄だとは思うがね」



 ***



 ユウら一行が再び商業ギルドへと戻ってきた頃には、空は日没とまではいかずとも、地平の方からほんのりと朱みを帯びてきていた。海風が弱まる代わりに空気は少し冷え、街全体に何となく、生臭さを感じさせる独特な香りが漂う。


「君達はここで待っていてくれ」と言い残したユウは、エリオンとツキノを食堂に置いたまま、一人窓口の方へと向かっていった。


「大丈夫かな? ユウさん」とエリオン。


「大丈夫でしょ、あの人見かけより強いみたいだし。この前の狼……スケルガル? あれをやっつけた時なんて、いつ動いたのかと思うほど速かったわ。それに、何て言うのかしら――」


 ツキノは唇に人差し指を当てながら考え、やがて閃いたように言った。


「そう、なんか『超然としてる』って感じだわ。いつ何があっても動じない、ちょっと普通の人とは違う雰囲気。そう思わない?」


「それは、まあそうかもしれないね」


 神なのだから普通の人間と違うのは当然だろうな、などと思いつつも、エリオンはやはりどこか不安そうな顔であった。


(揉め事を引き起こすような人じゃないし、それにもし戦闘事態そういうことになっても、あの人ならまず問題無いとは思うけど――)


 機甲巨人ハドゥミオンという伝説の破壊兵器とすら、単身渡り合えるほどのユウである。街のゴロツキや、腕に覚えのある用心棒――どころか、一国の軍隊ですら相手にならないだろうというのは、想像に難くない。しかしエリオンは。


(――あの人、なんかな感じがするんだよなあ)


 などという勝手な評価を下していたのである。

 そんな心配をされているとは露知らず、ユウは窓口で「ギルオートの件でマウコム氏に取り次ぎを」と伝え、神妙な面持ちの受付嬢に、カウンターの横にある堅牢そうな扉の中へと、粛々と案内されていったのであった。



 ***



 ――窓の無い、少し広めな執務室。石壁には、年代物の刀剣や真新しい銃器の他に、巨大な海獣と思しき生き物の、凶暴な形をした頭蓋骨が飾られている。明かりは充分にあるものの、何となく薄暗さを感じさせるのは、部屋内に漂う剣呑な雰囲気の為であった。

 真ん中の奥に一つ、頑丈そうなあつらえの立派な執務机があり、そこに男が座っている。――品の良いダブレットは貴族じみていたが、その顔はどう見ても海賊か、良くて老兵といったところである。

 彼は灰色の髭を一杯に貯えた口から、葉巻の煙を吹いて言った。


「ギルオートの件だそうだな。――アンタ名前は?」


「ユウだ」


 一言返したマント姿のユウを、男は値踏みする様にじっくりとめ回す。


「フン、どう見ても商人じゃねえな? くだらねえ交渉の真似事ならやめときな。俺は忙しいんだ」


 ドスの効いた声でそう言う彼が、商業ギルドのギルドマスターであり、同時にその裏の顔も取り仕切る飛魚会の長、マウコムであった。

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