第27話 機械人

 エリオンらが訪れたのは、商業ギルドや主要な港がある内湾の反対側――つまり半島の外縁、街でいえば東端に当たる地区であった。

 ギルドを出て2時間程、ドバルの中心から離れるに連れて、建物や人数ひとかずはみるみるうちに減っていき、ユウが酒場の男から得た住所に辿り着く頃には、その景観はすっかり寂れた倉庫街、といった様相に変わっていた。


「なんか怪しい、と言うか物騒な雰囲気ですね」


 とエリオンが言うように、たまに見かける人影は、なんとなく剣呑な雰囲気を纏った、どうにも堅気には見えない人種が殆どであった。彼らはエリオンらの姿を認めると、まるで獲物を物色するかの様な目つきで、ジロジロと上から下までめる。

 内湾と違って強く生暖かく吹きつける風が、その彼らの視線と混ざり合って、三人の肌に不快に纏わり付いた。


「本当、なんか嫌な感じだわ……」


 ツキノは胸に抱いていたププを、腰に付けた革のバッグへと誘う。ププはそこへ素早く潜り込むと、隙間から鼻先だけを覗かせて、警戒する様にヒクヒクとそれを動かした。

 ユウはしかし、もありなんといった様子で、堂々と歩を進めてゆく。密航を手伝うような人間であれば、にいるのが寧ろ当然である、と彼は考えていた。


「この先だな――」


 近くの壁に書かれた住所と手元のメモの数字を見比べて、ユウは30メートル程先にある、倉庫とも工場ともつかぬ小汚い建物に目をやった。

 そして三人がそこへ近付くと間もなく、錆び付いたシャッターの中から、男の怒声と数発の銃声。


「――?!」


 目を丸くして固まるツキノとエリオンに、ユウは「待っていろ」と一声掛けて、即座にシャッターの縁へと手を差し込んだ。

 施錠されているのか壊れているのか、開く様子を見せないそれを、全身で力任せに持ち上げる。――けたたましく鉄がひしゃげ、への字に壊れていくシャッター。


「すご……」と思わずツキノ。


 こじ開けられた入口から、建物の中に飛び込むユウ。


「? ――何をしている?!」


 様々な工具や鉄板が散らかり、スクラップ置き場もかくやという荒れた部屋には、ベストを着た屈強そうな男が倒れていた。そしてもう一人、彼と同じような服装の男が、くすんだ銅色をした『機械の男』に襟元を掴まれ、持ち上げられている。


「やめろ!」とユウ。


 彼らがどういった人間で、どんな関係性の元にこの状況が生まれたかは定かではないが、少なくともその力の差は歴然であった。

 倒れた男の手にある拳銃は握り潰され、吊られている男は真っ青な顔で泡を吹いていた。


「その人を下ろすんだ、死んでしまうぞ」


 ユウの声で機械の男がパッと手を離すと、顔面蒼白の男は力無くその場に崩れ落ちた。


「…………」


 首から下は静止したまま、機械の男はゆっくりとユウへと頭を回す。――不揃いな銅板を継ぎ接ぎして作ったような、金属の表面かお。年齢不詳ではあるが、男性をモチーフにした造りであるのは間違いない。丸い頭には毛髪の代わりに、それを模した流線の凹凸。首から下は、筋肉を部分ごとにパーツ化して組み合わせた様な、艶の無い銅色の身体ボディである。


「どちら様?」


 と発した声もまた、男性的な低音であるが、青年とも壮年ともつかぬ響きであった。


「今は取り込み中なんでね。悪いが後にしてくれないか」


 その口は金属製でありながら、人間と変わらず滑らかに動く。すると。


「いや、そうもいかない」とユウ。


 彼は倒れた二人の男達に目をやり、どうやら死んではいないようだと見て取ると、おもむろに部屋へと足を踏み入れた。


「君は機械人きかいびとだろう。何故こんなことをした? 人間を襲うなんて」


「襲う? いやいや、仕掛けてきたのはコイツらだ。だから自分は反撃した。振り子を押せば帰ってくる。解るだろう? それは当然の摂理だ。逆にやられるのを想定してなかったってんなら、それはコイツらの方に問題がある。だろう?」


 その無表情な顔とは裏腹に、まくし立てるような口調の男であったが、しかしユウはここで議論を交わすつもりはない、といった様子で、小さな溜め息の後に改めて言葉を投げ掛ける。


「……僕らはここの家主に用があって来た。そこの二人のどちらがその人物かは知らないが――君は誰なんだ? 目的は? 何故ここにいる?」


「フム。ならコイツらは尚更アンタとは関係無いね。それと質問が多いから答えるのは最後のやつだけだ。この店は自分の店。だから自分はここにいる」


 機械人の男はそう言って、誇らしげに胸を張った。



 ***



 彼らにこれといって大きな怪我が無かったことから、ユウは機械人の「自己防衛である」という言い分を信じることにした。そしてユウの言うに従い、機械人の男は作業台らしきテーブルをベッド代わりに、自ら倒した二人をそこに寝かせたのであった。

 元々そうであるのか、それともいざこざの際にそうなったのかはともかく、機械人は好き放題に荒れた部屋を、おざなりに片付けて言った。


「これでいいだろう。外のも入ってくれて構わない」


 外で待っていたエリオンとツキノは、中から呼ぶユウの声に応じ、彼が破壊したシャッターを恐る恐る潜る。


「お、お邪魔します……」


 壁や棚には、エリオンの見たことがない工作機械や工具や、何の部品かも判らぬ塊やらが、鈍い光を放って鎮座している。床に薄っすらと堆積した埃と鉄粉が、彼らが踏み入れたそばから、その足跡をくっきりと残した。


(う……油臭い……)


 状況がさっぱり掴めぬ二人は、目の前に立つ金属の人間に目を丸くしつつ、当惑した顔でユウを見つめる。


「ユウさん……この状況は――」


「どういうことかというのは、これから説明してもらうところだ。僕達の目的もまだ話していない」


 すると機械人の男は、差し出す様に両手を広げ「まず自己紹介を」と、ユウに述べた。


「そうだな。僕はユウ、そして彼らはエリオンとツキノ」


「フム。――は?」と、男はツキノの腰元を見つめる。


「そっち?」


「そのバッグの中にいるだろう。そっちの人がアンタらのボスじゃないのか?」


「? ――蟲兔のことか? 彼はププ。成り行きで面倒を見ているだけだ」


 おかしなことを言うものだ、と思いながらも答えるユウ。エリオンとツキノも首を傾げながら、バッグから顔を出したププを見た。すると男は。


「『彼』じゃねえ、『彼女』だ」と訂正した。


「彼女? いや、彼と言ったのは便宜上で、蟲兎に性別は無い」


「…………まあいい。自分はギルオート。ここの店主だ。それと見ての通り機械人だがその呼び方は好きじゃない。機械ってのは使われるモノのことだからな。使う側の単語と組み合わせるのは矛盾してる。だろう?」


 またしてもまくし立てるように話すギルオートに、ユウも他の二人も、思わず沈黙を返す。しかしギルオートは、彼らの同意など端から期待していなかったようで、殆ど間を置かずに続けて尋ねた。


「でアンタらの目的は? 何を造ってもらいたいんだ?」

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