第21話 暴走
暗中疾駆する3騎の機械馬を、明るく補整された映像で見下ろすエリオン。彼の身体は機甲巨人ハドゥミオンの内にあり、その意識や感覚は、完全に機体と同調しているのであった。
「滅びろ……滅びろ……滅びろ……」
取り憑かれたように繰り返し呟くエリオンは、ゆったりとした動作で巨大な右手を持ち上げた。すると
間もなく短い棒状の機械へと変化したそれを、ハドゥミオンは高々と天に掲げた。そしてその先端から発した、炎を集束したような一筋の光が、真っ直ぐと伸びて空を突き刺した。
「滅びろ……」
逃げながら遠方からそれを確認したゼスクスは、怪訝の声。
「空を撃った――?(何かの合図か?)」
そう勘違いするのも無理はないほど、その赤い光条は、遥か数キロ先の上空にまで達していた。しかし僅かにその光が傾いた瞬間、ゼスクスはそれが如何なる
「!? 左右散開ッ! 避けろ!」とハンドルを切る。
「――ハッ!」
エイレとゾーヤは、彼の号令に異論を挟む余地など持たず、即座に方向を転じて左右に分かれる。そうして出来た列の隙間に、長大な光の筋が振り下ろされた。――凄まじい衝撃と地響きと熱が、渇いた大地を分断する。斬り口は融解し、吹き飛んだ
ゾーヤが兵士らしからぬ悲鳴を上げ、暴れる機械馬から振り落とされる。
「ゾーヤ!」
エイレが彼女の名を呼ぶと同時に、ゼスクスはすぐに馬を翻し、倒れたゾーヤを拾い上げて後ろに乗せる。そして驚愕を漏らしつつも、再び全力で走り出した。
「あんな物が剣だというのか……? 馬鹿げた
遥か先にまで達した亀裂から、そのハドゥミオンの剣が、熱風を巻きながら持ち上げられる。それが再び天に掲げられる様を見て、ゼスクスは仮面の内で歯を噛んだ。
(逃げ切れんッ!)
と、その時である――。エイレが前方に目を凝らしながら叫んだ。
「大佐! アレを――!」
「何だ……?!」
遠い闇の奥に光明の様な人影。――背中に黄金の翼を広げ、深く被ったフードとマントをはためかせて、それは一直線に彼らの方へと飛んできた。
***
ユウは、視界が一点に狭まるほどの速さで飛んでいた。魔法陣を織って作ったような翼は、一度羽ばたいただけで音を置き去りにし、地表の景色を縦の線に変える。
(視えた――!)
山を越えた先に広がる大地の先に、巨大な銀色の樹と、光線の剣を掲げる白の巨人。
(あれは……ハドゥミオン? 彼が創ったのか!?)
振り下ろされた最初の一撃が、豆粒の様な機械馬を散らすのを見て、彼は速度を更に速めた。
(ゼスクス――!)
黒装束の兵士の中に仮面の姿を認めつつ、刹那の内にその頭上を通り過ぎる。
(いや今は、彼を止めなくては……)
恐るべき速さで飛行しながら、スラリと剣を抜き放つユウ。二撃目を構えたハドゥミオンが眼前に迫る。
彼は錐揉みしつつ、そのままの勢いで巨人の手元を擦り抜けた――瞬間、耳を
宙で振り返り、フードを上げるユウ。
「止めるんだ、エリオン! 巨人に飲まれるんじゃない! 自分を取り戻せ! もう敵はいないんだ!」
しかしその声は、絶望に沈んだエリオンの心には届かなかった。
「敵……? 敵は……いる……。ドトを……ツキノを……大切なものを、護ってくれない……世界は……僕の、敵だ」
するとハドゥミオンの胸の装甲板が、ゆっくりと両側に開く。そこに現れた円環型のパーツが回転し始めると、周辺の大気がポツポツと青く光り、その中心に吸い込まれるように渦巻き始めた。
「(デバイスを取り込んでいる?!)――ダメだエリオン!」
渦はやがて輪となり、その輝きを増す。そして徐々に前方へと浮き出し、眩い光輪の径は狭まっていった。
「
そのエネルギーの輪を携えたまま、ハドゥミオンは巨体を蟻塚へ――アイオドの樹へと向ける。
「だからツキノがっ! 人が死ぬんだろ!」
エリオンが吼え、縮小する光輪が球体となった瞬間、それは太陽の様な輝きとともに発射された。
「!!」――思わず目を瞑るユウ。
その球は、蟻塚の残骸とアイオドの樹の一部を削り取り、周囲を真昼の如く照らしながら地平の彼方へと消えてゆく――。そして数秒の後に、遠くの夜空が白く染め上げられた。
「――っく……!」
ユウはその光景から目を逸らし、拳を握る。
「…………」
エリオンは暫し茫然と虚空を見つめていたが、やがて幹の支えを失ったアイオドの樹が、無残な地響きとともに沈み始めると、
「………………」
そこには彼の見慣れた町の景色が、見るに堪えぬ姿で晒されていた。
「…………あ……」
崩れた住居、熔けた階段、消し飛んだ広場――。彼が喜び勇んで修理したリフトは黒炭と化し、ドトと過ごした狭い家も、ツキノと隠れんぼをして遊んだ狭い回廊も、もうどこにも見当たらなかった。
「……ああ…………ち……違っ――」
そして、アイオドの樹が沈んだ瓦礫の隙間から、赤い河が流れ出す。そこへ避難していた大勢の住人達が、物言わぬ憐れな姿となって顔を覗かせていた。
「違う……そんな――。僕は……そんなつもりじゃ……」
エリオンの気力が失われていくと同時に、ハドゥミオンは重々しく膝を突き、風化する砂の人形の如くサラサラと崩れていく。
そうして出来たデバイスの砂山の上に、巨人と同じ体勢のエリオン。彼の両眼には青い光の代わりに、透明の涙が溢れていた。
空から舞い降りたユウは、静かに剣をしまい、震えるエリオンの肩に優しく手を置いた。
「……よく踏み留まった。あのままなら君は、この星を滅ぼしていたかもしれない」
「あなたは……」とエリオンは振り返って、ユウの顔を見上げる。
「でも蟻塚は……僕が皆を――」
「酷な言い方かも知れないが、神の権限をもって暴走したと考えれば、被害は最小限に食い留められた。これが開拓市や港湾市だったなら、もっと多くの人が死んでいただろう」
「神の……権限……?」
「君が使った力だ。理由は解らないが、ルーシーは君に無制限のデバイス操作権限を与えたんだ。それによって君は、あらゆる能力と全てを創り出す力を得た」
「全てを創り出す力――」
それを聞いたエリオンは、涙を止めることなく
「石も水も、草も花も、人間も――全ては
「何を言って――エリオン?」
ユウの手を払い除け、エリオンはすっくと立ち上がった。そして両手を大きく広げ、世界を感じ取るように目を瞑る。
(だったら創れるはずだ……。失われた
静かに開いた彼の眼に、再び青い光――それと同じものが、二人の立つ砂山や周りの瓦礫、アイオドの樹からも発せられる。
そしてエリオンの身体中に不思議な紋様が浮かび上がった。
「これは、まさかエリオン……!!」
彼の試みに気付いたユウが止める間もなく、エリオンが操る膨大な量のデバイスの光は、渦巻く潮流の如く蟻塚全体を飲み込んだ。
住居、階段、広場、リフトや回廊、そして人々の死体までも――破壊され、失われた全てのものが、その光の中に溶け込んでいった。
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