第20話 神の権限
「二重顕現……(――確かに極めて稀な特性だが、神の権限がその程度の代物とは思えん)」
果たして、注意深く間合いを取るゼスクスの読み通り、エリオンが次に取った行動はそれ以上であった。彼は突如自分の足元に魔法陣を発生させ、フワリと浮き上がったのである。
「な――?!」と、目を剥くエイレ。
エリオンは3メートル程の高さで停止すると、その身の周りに更なる魔法陣を展開する。そこからズズズと氷の矛先が見えた瞬間、ゼスクスは「避けろ!」と声を上げつつ、真横に跳んだ。
「くッ!?」
それに倣ってエイレも弾かれたように横へ――次の瞬間、二人が立っていた場所を恐ろしく鋭利な氷の槍が突き刺した。
「馬鹿な……グレイターが魔法を――しかも無詠唱で使うというのかっ!」
だが驚きよりも怒りが勝ったエイレは、すぐに体勢を整え、一瞬身を沈める。そして
しかし、エリオンがそれを一睨みしただけで、彼女の身体は地面に吸い込まれるようにして真下に叩き付けられた。
「っが! ――ッは……」
衝撃に息を洩らし、うつ伏せに縫い付けられた彼女の頭上から、数本の氷の槍――直前でそれが止まる。
「
乱れる剣閃で槍を斬り刻むと、
「先に退け、エイレ。貴様の『ノットの霜』では奴に太刀打ちできん」
「くっ……。し、しかし私は――」
「二度は言わん」
「っ……了解、しました」
立ち上がったエイレは、口惜しそうな目でエリオンを睨み、素早く機械馬に跨がる。すぐさま走り出す彼女目掛けて放たれた氷の槍を、再びゼスクスの刀が粉砕した。
ギロリ、と無言で彼を見下ろすエリオン。
「バケモノめ……権限を得ただけで神を気取るつもりか」
仮面で隠れたゼスクスの表情を窺い知ることは出来なかったが、彼の声には明らかな苛立ちがあった。
するとエイレと入れ替わるように、彼女が逃げ去った方角から光――。それは空気を破って飛来する超音速の砲弾であった。
「?!」
弾はエリオンに命中し、爆音とともに彼を吹き飛ばす。その身体は一直線に蟻塚の壁へと突っ込み、煙を巻いて瓦礫の中に埋もれた。
『ダイジョブですかー? 大佐ぁ』と、女性の声で通信。
「――ゾーヤか。良い判断だ」
ゼスクスの返答に、数百メートル先からエリオンを狙い撃った女性がヘラリと笑う。――小柄で短い金髪の、まだ少女と思しき女兵士である。
「って、生身の人間に全力で『マグニの拳』を撃ったのは初めてなんですけど……」
『死にはせん。アレは人間ではない』
「そですか。じゃあ遠慮なく――」
ゾーヤと呼ばれた少女は、足元に山積みにされた金属の球を拾い上げると、それを並行に伸ばした両腕で挟む。間もなく彼女の肩から指先までが満遍なく青白い放電を始め、ゾーヤはそのバチバチと騒ぐ腕を徐々に開いて――謂うなれば『前へならえ』の姿勢を取った。すると帯電した鉄球が高速で回転し始める。
「うーんとっ……このヘンかな?」
バイザーに表示されている拡大画像を元に、指先を照準の如く、エリオンが吹き飛んだ場所へと合わせる。そして。
「ほっ!」という気の抜けた声。
だが鉄球はそれに見合わぬ勢いで、レールに見立てたゾーヤの腕の間を駆け抜ける。突風と轟音――電磁投射された砲弾は一瞬で着弾し、更に蟻塚を砕いた。
ガラガラと崩れ山積する岩塊は、エリオンが落ちた辺りを圧し潰ており、それはゼスクスから見ても駄目押しの一手と思えた。
(奴の力があくまでも殊能や魔法の範疇ならば、効果はそう長く続くまい。これで時間を稼げれば――)
砲撃が止んだことで、静けさを取り戻した蟻塚とその周辺は、緩やかな夜風によって砂煙が
見守るゼスクスは刀を一旦納め、暫しその無残な町跡を見つめる。
「………………?」
すると、ぼんやりとした、青とも翠ともつかぬ光が見えた。それはエリオンの埋もれた山の隙間から、じんわりと漏れ出すように輝いている。
「あの色は――」
彼が目にしている光は、この世界の人間ならば誰もが知る、デバイス石から何かを創り出す際に生じる光であった。
(まだ動けるのか……)という驚きとともに、ゼスクスの頭を不安が
デバイス石が放つ光は些細なもので、いくら闇夜の中とは云えど、そこまでハッキリと視認できるものではない。しかし今視えているそれは、目を凝らさずとも明らかな光量で、しかも次第に強く、やがてはサーチライトの如く夜を切り裂き始めたのであった。
『――大佐!』という怪訝の
「……一旦退く。奴が何を創るつもりか知らんが、あの光は普通ではない」
ゼスクスは颯爽と機械馬に飛び乗り、直ちにハンドルを引いた。馬は熱い鼻息を吹いて
『大佐! 後ろっ! ヤベーです!』
耳元で喚くゾーヤの声にゼスクスは振り返らず、
「
30メートルはあろうかという、純白の
「まさかアレを創り出すとは……」
――神々しく、威風堂々たるその姿は、正に神が遣わした巨人と呼ぶに相応しかった。
彼の指示を待たず、ゾーヤがその巨人に『
「ウソっ?!」
『――無駄だゾーヤ。機甲巨人の装甲は強力な斥力膜に覆われている。通常兵器では傷も付かん』
全速力で馬を走らせるゼスクスが、彼を待って速度を緩めていたエイレの馬に追い付く。彼女は並走しつつ、マイク越しに尋ねる。
「ゼスクス大佐、あの機体は――」
「ハドゥミオンだ、恐らくな」
「ハドゥ……ミオン?」
「200年前の『渾沌戦争』末期、インヴェルの民が決戦兵器として考案した、究極の機甲巨人の名だ。だが設計のみで実際には造られなかった、存在しないはずの機体だ」
「存在しない? ではどうやって――?」
「恐らくAEODを経由してルーシーから設計データを抜き出し、それを実際に製出したんだろう」
「しかし、デバイス石で兵器を創ることは禁じられているはずでは」
「その制限を受けないのが『神の権限』だ。しかし――」
そこで言葉を止めたゼスクスは、遠くで佇んだままの機甲巨人を見据えて、心の中で呟いた。
(殊能や魔法に加えて、
「――全部隊退却、別働隊と合流し帰還する」
彼はそう告げると、白い巨人と崩壊した蟻塚を後目に、闇夜の荒野を駆け抜けていった。
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