第19話 覚醒
エリオンの家は中層の少し上にあり、二人はそこから回廊を渡りつつ階段を降って、アイオドの樹がある広場へと向かっていた。
まるで蟻塚の構造を熟知しているかのように淀みなく歩くユウに続いて、エリオンは何となくいつもより小綺麗に見える壁や床を気にしながら尋ねた。
「あなたは誰なんですか? って――ええっと名前じゃなくて、仕事とか。何処から来たんですか? それと『あんなこと』って何のことですか?」
思い切って口を開いてみると、エリオンの疑問は思いのほか一気に溢れ出た。しかしユウは少し歩速を緩めて、周囲の光景――水汲みをするエルフの子供や、大量の食材をリフトに積む人間の女性、古びた工具を手に急ぎどこかへ向かうドワーフなどを見ながら、逆に彼に訊いた。
「良い町だ……。君はこの町が好きかい? エリオン」
「へ? ええ、それは勿論。蟻塚は僕を育ててくれた所ですし、大切な人も沢山いますから」
エリオンは少し照れ臭そうに答える。その『大切な人』の中には、お互いハッキリとは告げないまでも、明らかに両想いであるツキノも入っている。
するとユウは、エリオンが最初に見た時と同じ、憂いを帯びた瞳で言った。
「そうか……。僕にもかつて大切な場所や、大切な仲間達がいたが――」
「…………」
その後を耽るような沈黙で語るユウに、エリオンが「かつて?」と問うと、彼は哀しげな微笑みで応えてみせた。
(死んじゃったのかな……?)とエリオン。
やがて中層広場の1つ上の階層にまで降りると、ユウは一旦足を止めて、小さなバルコニーの様に突き出た場所から、住民で賑わう広場を見下ろした。
広場からアイオドの樹へと繋がる橋の手前には、献石台と呼ばれる、デバイス石を供える楕円形の意匠机が置かれていた。
「感謝の日、か――」と呟いたユウは、振り返らずに訊く。
「君達はルーラーを崇めているのか?」
「ルーラー、ですか? それはまあ。この世界を護ってくださる神様ですし、デバイス石は皆の正活を豊かにしてくれますから。ルーラー教徒ほどではなくても、蟻塚の人達の信仰心は厚いと思います。勿論僕も」
そう誇らしげに言うエリオンの姿を、ユウは彼の声音から察しながらも、少し沈んだ表情で思う。
(世界を護る神、か――。そんなものが本当にいるなら、僕らはこんなにも苦しい道程を歩かずに済んだのに……)
そして改めて「エリオン」とその名を呼ぶと振り返って、真っ直ぐ彼の瞳に目を合わせて言った。
「ありがとう。君に事実を話す前に、君が護りたかった
「護りたかった? ……何の話ですか?」
「昨夜この蟻塚で起きたこと、そして君が起こしたことだ。その様子を見る限りでは、恐らく君はアレを憶えていないか、もしくは夢か何かだと思い込んでいるのだろう。だがあれは、現実だ」
「昨夜起きた――夢じゃないって……まさか?!」
信じ難いように目を見開くエリオンと、重々しく頷くユウ。
「そうだ。昨日の夜、この蟻塚はモリドの部隊に襲撃された。ゼスクスの狙いは君だったが、他の住民達はその巻き添えで殺された」
「そんな……! でも、じゃあなんで――」
「そこまでが『起きたこと』だ。そしてそこから先は君が『起こしたこと』。……君は自身の犯した過ちに堪え切れず、自ら記憶を封印したんだと思う。でも過去から目を背けていては、正しい未来には辿り着けない」
ユウはそう言うと、
「
最後の台詞は呟くように――。そしてユウの右眼がぼんやりと青く光り、それと同時にエリオンの意識は、激流のトンネルを遡るような衝撃に見舞われた。
***
月光と星明かりの下――破壊されていく蟻塚を背景に、
後ろ手に抑えられたエリオンの口から、苦しそうな嗚咽が絞り出される。
「ウ……ゥウウう……アアアああ阿亜嗚呼――ッ!」
すると彼の両眼が眩い青の輝きを放ち、抑えつけていた兵士の身体を弾き飛ばした。
「?!」
咄嗟に身構えたもう一人の兵士とエイレ。機械馬に乗ったままのゼスクスは、無言で刀を抜き放つ。遠くまで飛ばされた兵士は、地面に激しく打ち付けられ、そのまま動かなくなっていた。
「……ノは…………いのに――」
突如の異変に警戒する彼らの前で、エリオンは眼を光らせたままブツブツと何かを呟きつつ、ユラリと力無く振り返った。
「――を……前らが……キノ…………てやる……」
その表情は虚ろ。そして彼は、銃を構えた兵士に向かってゆっくりと手を
「こいつ――! まさか殊能をっ?!」とエイレ。
その直後に、彼女の動きが完全に止まった。否、それどころか瓦解する蟻塚や、それが巻き起こす砂煙までもが、写真に切り取られたかのように静止していた。
「………………」
まるで時間が止まったかに見えるその空間で、それを支配しているゼスクスが、ゆっくりと馬から降りる。
「想定はしていた。神の権限を持つ者であれば、その能力はグレイターに近いものだろうと。だが俺の『ウルズの刻』が――」
任意範囲の空間内における、物理現象の完全制止――言い換えれば、時間を停止させる能力こそが、ゼスクスの持つ殊能『ウルズの刻』なのであった。しかし。
「こうも簡単に破られるというのは、少し
止められているはずの空間の中で、エリオンは先程と変わらず、ユラリユラリと不安定な足つきで立っていた。そしてその目は、ゼスクスの動きを
「効かんというのであれば、使う意味は無いな」
ゼスクスはそう言って制止を解除する。彼が一瞬にして下馬していたことに気が付いて、エイレは何が行われたのかを直ちに理解した。しかし目の前のエリオンが健在であることには、困惑を隠せなかった。
「ゼスクス大佐。奴は……?」
「どうやら想像以上に厄介なものらしい」
「それは、神の権限――ですか?」
「ああ、
「了解しました」
エイレは、機械馬の側面に付けられていた予備のコンバットナイフを取り、それを逆手に腰を落とす。ゼスクスは刀を大上段に構え、静かな足運びで半歩間合いを詰めた。
「
しかしエリオンは、その斬撃を素手で受け止めた。そして続くエイレの地を這うような横薙ぎに対し、刀を握ったまま無造作な蹴りでカウンターを決める。
「ぐっ!?」と、空気を漏らして転がるエイレ。
ゼスクスは、エリオンの異常な握力に刀を引いても動かぬとみて、その場で跳び上がり、全身のバネを使って彼の顔面を蹴った――反動で宙返りをしつつ刀を引き抜く。
「大佐、こいつは……」とエイレ。
「どうやら身体強化もしているようだな」
「では殊能を2つも――?
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