第14話 予感

 夜の闇は更に深く――祭り用に飾り付けられた照明が、広場だけを切り取るように煌々と輝いていた。

 不規則な間隔の砲撃音は止み、悲哀や嗚咽の声も今は少し落ち着いて、静けさの中にはリフトの揺れるガタゴトという音だけが響いていた。


 得物を失い一旦距離を取ったドトとエイレは、僅かな肩の動きやジリジリとした足運びによって相手の動きを誘いつつ、次なる攻め手を模索する。しかしその張り詰めた空気は、突如上層階から降ってきた一対の戦斧によって斬り裂かれたのであった。


「――っ?!」


 ガキンッと、ドトの前の石床に突き刺さったそれは、何の意匠も無く、只々無骨で巨大な片刃の斧。――渡り50センチはあろうかという刃は柄尻まで湾曲して伸びていて、一見すると柄の短い鎌のようでもある。しかしその厚みは刃物というより鈍器を思わせるほど分厚く、外見から察せられる頑強さと重量は、到底生身の人間が扱えるとは思えぬ代物であった。


「フェルマン!」


 ドトが上に向かってその名を叫ぶに続き、今度は氷で作られた矢の群れがエイレに降り注ぐ。


「ちッ!」と横跳びでそれをかわしたエイレは、その勢いのまま転がり、地面に落ちていた銃を拾いつつ立ち上がった。


(来たか、こいつが――!)


 魔法使いであるというのは、その恰好や腰帯に差した杖を見れば明らかであった。フェルマンはくるぶしまである長衣の裾をはためかせて、ドトの横にフワリと着地した。


「助かったぞ、フェルマン」とドト。


 彼は巨大な2本の戦斧をズルリと引き抜くと、その重みに懐かしさと微かな躊躇いを覚えて、束の間刃を見つめる。

 一方フェルマンは広場の所々に転がる兵士と市民の死体を見、銃を構えたエイレを睨む。そして腰帯から白木の杖を抜いて、隣のドトに小さく言った。


上層うえは片付けた。戦斧それを取りに寄っていたので遅くなってしまったが、正解だったようだね」


「ああ。丁度良いタイミングだ」


「エリオンはツキノと一緒に樹に向かわせた。他の市民も避難している。広場こちらは――」


「住民が6人られた。怪我人もいる。残りの敵はあの女だけで、恐らく奴がリーダーだ」


「そうか……では彼女を捕らえ、敵の狙いを訊くとしよう」


 二人の短い会話の間に、対するエイレは攻め手を考える。こうなれば最早、彼女に余力を気にしている余裕は無かった。


(エルフの魔法使いは厄介だが、魔法には詠唱から発動までのタイムラグがある。いかに強力な魔法であっても、速さならトリガーを引くだけの銃には敵うまい。ならば――)


 照準をフェルマンの額にピタリと合わせ。


「――貴様から殺す!」


 宣告と重なる3点射撃バースト。青白い火花。しかし空気を破った弾丸は、フェルマンの眼前に現れた透明の波紋に弾かれた。


「なにッ?!」


 すぐさま横に走り出していたエイレは、ドトを近付かせまいと牽制の弾をばら撒く。だがそれもまた、フェルマンの視えぬ壁に遮られた。


「馬鹿な……いつ防御魔法を?! 詠唱の素振りなどなかった!」


 戸惑いながらエイレが浴びせかける銃弾を、ドトは魔法に防ぐを任せ、斧を振りかぶって飛び込んでくる。


「――ッ!」とエイレは、振り下ろされた斧をすんでのところでかわす。そしてそのドトの腕を踏み台に跳び、空中で身を捻って後ろ回し蹴り。――ドトはそれを顔面に喰らいながらも、対の斧を真横に振り抜いた。


「!!」


 間一髪、銃を盾代わりに捩じ込んだエイレであったが、ドトの力任せの斬撃は銃を易々圧し折り、彼女の身体ごと勢いよく吹き飛ばす。と同時にフェルマンの詠唱。


捕えよ深淵の鎖カヌ厶・エス・イムド


 杖から生じた紫色の魔法陣から、くさびの付いた半透明の鎖が飛び出す。それが壁に打ち付けられたエイレの身体に蛇の如く巻き付いて、そのまま壁にはりつけにした。


「くっ……」


 一切身動きの取れなくなったエイレの許へ、ズシリとドトが歩み寄る。その眼は爛々と赤い、正に狂戦士の眼に見えた。


「殺すがいい……。だがどの道、貴様らもすぐに殺される」


 覚悟を決めて告げるエイレに相対し、ドトは両腕を交差させて斧を振り上げた。


「ドト――」と、フェルマンが静かに制止の声を上げる。


 しかし彼は何の反応も見せぬまま、次の瞬間、はさみを閉じる様に両斧を薙ぐ――が。


「………………」


 その刃は壁に食い込み、エイレの細い首を分断する手前で止められていた。


「お前には訊きたいことがある」とドト。


 その隣に、小さな溜め息混じりで並ぶフェルマン。


「本当に殺すかと思った」


「案ずるな。俺はもうバーサーカーに戻るつもりはない」


「それは賢明だ」と、フェルマンはドトに微笑んだ後、エイレに杖を突きつけて厳しい顔に変わった。


「さて。ではグレイター。君らの目的を教えてもらおう」


「…………」


「その鎖は身体を拘束するだけでなく、魔法を封じる効果もある。無論、魔法と同じ原理で働く殊能も然りだ。それに私は、自白を強要する精神魔法も使える。――抵抗は無駄だと心得たまえ」



 ***



 アイオドの樹の中――無機質な白い円形ホールには、避難指示に従った大勢の住民達が詰めかけていた。とは云えその様子は全体的に落ち着いており、ガヤガヤとざわめく声こそあるものの、それほど大きな混乱は見受けられなかった。

 しかしその入口のすぐ外に立つエリオンは、気を揉む表情を露わにそわそわと、残り少ない避難民や回廊の下を見回していた。


「エリオン、少し落ち着いて。ドトさんなら大丈夫よ。下の人達だって、フェルマン先生もいるんだから」


 ツキノはそう言って彼の腕に手を掛け、避難を促すように軽く引っ張る。しかし彼女の顔も、自身の発した台詞ほど明るいものではなかった。


「もうすぐ皆入り終えるわ。私達も早くしないと」


「…………」


 彼女が少し力を入れて引くが、エリオンはその場から動こうとはしない。


「何か……胸騒ぎがするんだ――」


 そう言って彼が下を見つめているうちに、他の住民達は皆アイオドの樹の中へと収まった。やがて住民の一人が、いつまでも立ち尽くしている二人に声を掛けた。


「ツキノ、エリオン、壁を閉めるぞ。お前達も早く中に入りなさい」


 そしてツキノがそれに頷いて、強引にエリオンを引き入れようとした時である。


〈――逃げろ〉


 エリオンの頭に声が響いた。それは登録の儀の際に聴いた、憂いを帯びた青年の声であった。


(まただ――。誰なんですか? あなたは……?)


 そう心の中で呟くエリオンであったが、しかし彼の問いは青年に届いておらぬようであった。


〈逃げるんだ、エリオン。ゼスクスの目的は君だ。留まれば皆殺しにされるぞ〉


(皆殺しって……何を言って――)


〈君達の力では、彼の『ウルズの刻』に勝つことは出来ない。もし君が捕まれば、彼らは計画を前進させてしまう〉


「だから何を言ってるんですか!! 誰なんだ、あなたは!」


 思わず声に出したエリオンに、ツキノと住民の男が顔を見合わせる。


「急にどうしたの? エリオン。この人はラナートさんじゃない」


「え? あ、いや――」


 エリオンは慌てて自分の言葉を取り消そうとして口ごもった。しかし数瞬考えた後に、今はその不思議な声の説明をしている暇は無い、と悟ってツキノの手を振り解いた。


「ごめん、ツキノ。僕行かなくちゃ」


「え? 何を言って――?! ちょっと、エリオン!」


 再び掴もうとしたツキノの手を擦り抜けて、エリオンは走り出した。

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