第15話 黒面の死神

 戦場となった広場の100人程の住民達。彼らはゾロゾロと、そして粛々と上階へと移動していく。怪我を負った者には肩を貸し、無残にも命を絶たれた者は、男性が数人掛かりでリフトに運んだ。

 押し殺すような泣き声はあるものの、喚いたり酷く取り乱したりする者がいないのは、過酷な自然環境やモンスターという脅威があるこの世界に、不運な死が付き物であると誰もが理解しているからであった。しかしドトとフェルマンの活躍により、幸い自身にも身内にも被害の出なかった者らは、二人に感謝の言葉を述べ、そして安堵の表情を浮かべていた。


 フェルマンとドトはそんな彼らを暫く見守り、そして壁に張り付けられているエイレに向き直り、先に口を開いたのはドト。


「では聞かせてもらおうか。お前らが何故蟻塚を襲ったかを」


「…………」と、エイレは沈黙で応える。


「話さぬつもりなら――」


「……デバイスだ」


「? ――なに?」


「我々の部隊は、この蟻塚にあるデバイス石を奪いに来たのだ」


 不承不承ふしょうぶしょう答えた彼女であったが、しかしフェルマンの眼は訝しむ様に光った。


「それは妙な話だね? 鉱山市と云えどティルニヤは豊かな国ではない。デバイス石の強奪が目的なら、もっと石の産出量が多い市国くにを狙ってもいいはずだ。正直に答えたまえ」


 するとエイレは、苛立ちの表情で彼を見返す。


「正直に、だと……? ふざけるな、隠しているのは貴様らの方だろう?」


「……私達が何を隠しているというのかね?」


「ここにはAEODがあるはずだ」


「AEOD――? アイオドのことか」


「呼び方などどうでもいい。アレがある場所には必ず、莫大な量のデバイス石が眠っている。我々モリドの目的はそれを回収することだ」


「…………」


 エイレの言う通り、確かにアイオドの樹は表面こそ樹木の様相を呈していたが、その内側は途方も無い大きさのデバイス石の塊である。しかし本来それを知るのは、蟻塚で成人の儀式を行った住民だけのはずであった。


「何故モリドがそれを?」


「フッ……我々の目が節穴だとでも思っているのか? グレイターの情報収集能力を甘く見るな」


 そう嘲笑う彼女に対して、フェルマンの怪訝の色は消えていない。そして彼は少し考え込んでから言った。


「しかし、ならばアイオドの許にある石が、私達には使用出来ないことも知っているだろう? あの巨大な塊は、争いを憂いたルーラーの一人――慈愛の女神アマラが世界再生の為に残した物だ。人間の持つ権限ではアクセスを拒否されてしまう」


「そんなことは解っている。、アレを用いることは不可能――だがこの蟻塚にはいるはずだ。ルーラーと同じ、『神の権限』を持つ者が。貴様らはそれを隠している」


「なんだと……?」と、ドトが眉をひそめてフェルマンの顔を見る。しかし彼もまた同様の表情で、そのような事実は無いと首を横に振った。


「何かの間違いだろう。そんな人間はここには居ない」とフェルマン。


「たわけたことを。ゼスクス大佐に間違いなどあるものか」


 互いの主張が噛み合わず、フェルマンは表情を曇らせて溜め息を吐いた。――とそこへ、降りリフトの上から少年の声。


「ドト!」


 呼ばれて振り返ったドトが「エリオン」とその名を呟くと、エイレは感情を隠したまま彼を見つめる。


(この少年か――)


 エリオンはリフトが地面に達するのももどかしく、少し高めの位置から飛び降りてドトに駆け寄る。そして傷だらけの彼を見て心配そうに尋ねた。


「酷い傷……大丈夫? ドト」


「深手は無い、心配は無用だ。それよりも何故降りてきた? 避難していろと言われただろう」


 微かな叱責の響きを含むドトの声音に、エリオンは肩を小さくしながら答える。


「……声が聴こえたんだ。頭の中で『逃げろ』って――だから不安になって」


「声だと……?」


 ドトは疑問を投げ掛けるようにフェルマンに目を向けた。しかしフェルマンは考え深げに沈黙を返す。


「…………」


 すると黙ってそのやり取りを聴いていたエイレが突然、誰にともなくボソリと呟いた。


「……ターゲットを発見しました。門の前の広場です」


 その台詞に三人が「――?」と、顔を見合わせた直後である。外に機械馬のいななきが響き、間もなく二人のグレイターの兵士が門前に現れた。見張り場を襲撃したのと同じ、黒い戦闘スーツの兵士である。


「後詰めか。……エリオン、後退さがっていろ」


 そう言ってドトは一歩進み出て、エリオンを護る盾となる。彼が斧を担ぐと同時に、フェルマンも杖を片手に身構えた。


「気を付けるんだ、ドト」


「ああ」


 二人は慎重に兵士の一挙手一投足を注視する――しかし。


「…………?」


 グレイターの兵士達は襲ってくるどころか、式典の衛兵よろしく銃を縦に抱えて、向かい合って道を開けた。するとその間を通り、真っ黒な異形の仮面を被った男が堂々と登場してきたのであった。


「(黒い仮面と刀……)こいつが――」とドト。


「噂に聞く『黒面の死神』とやらか」


 紛れも無くそれはゼスクスであった。全身黒の出で立ちをした彼は、緊張と敵意を露わにするドトらに一瞥をくれると、機械的な共鳴を伴った音声で淡々と告げた。


「選択肢をやろう。苦も無く死ぬか、絶望を抱きながら死ぬか――自分の道を選べ」


 全く唐突で、理不尽極まりない提案。しかしドトは、ゼスクスの言葉が揶揄でも恫喝でもないということを、彼が身にまとう洗練された殺気によって理解した。


「その台詞、まんざらおごりでもないようだな」


 ドトは全身に力をみなぎらせ、相手の如何なる動きにも対応できるよう、神経を細く尖らせる。だがそうすればそうするほど、ゼスクスの無感情な殺意が、彼の細胞ひとつひとつに突き刺さるようであった。


(一体どれだけの修羅場を潜れば――どれほどの人間を斬り続ければ、ここまで穏やかな殺気が身に付くというのか……)


 額から冷や汗が垂れる――。


 刃物で人を殺めるのと銃や魔法でそれを行うのとでは、大きな違いがある。引き金を引けば、或いは詠唱を終えれば完了する殺人と違い、刃物には体感が伴う。相手の息遣い、焼き付けるような視線、返り血の温もりと臭い、そして武器を通してその手に伝わる、肉や骨を断つ感触――。その生々しさが自分の身体に刻み込まれるのである。故にそれを実行するには、それなりの気構えやある種の興奮状態が必要であり、それは狂戦鬼バーサーカーと呼ばれたドトですら同じことであった。


 しかし目の前のゼスクスは、刀を武器としているにも関わらず、極めて冷静で当たり前のように殺気を放っている。


(この男……壊れているな)


 というのがドトの率直な感想であった。

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