第13話 拮抗

 エイレは、その華奢な体のどこからそんな力が生まれてくるのかと疑うほどの、並外れた膂力りょりょくをもって、彼女の体格の3倍はあろうかというドトの圧力に耐える。


(この女――!)とドト。


 彼は直ぐ様もう片方のナイフを振り下ろすが、エイレはグルリと身を捻って避けながら、そのままドトの脇腹に後ろ蹴り。破城槌はじょうついの如き衝撃にドトの身体は吹き飛ばされ、そのまま石柱に叩きつけられた。


「ぐッ……」と思わず漏れる呻き声。


「どうしたバーサーカー。使い慣れぬ獲物などと言い訳はするなよ? それとも女相手に本気は出せんか?」


 エイレは銃身が歪んだライフルを投げ捨て、おもむろに歩を進める。一方腹を抑えながら立ち上がるドトも、刃の欠けたナイフを捨てる。


「その力、強化系の殊能か……?」


 ドトが残りの1本ナイフを逆手に構え、呟くように問うと、エイレは僅かに口角を上げ、腰の後ろからナイフを引き抜いた。


「残念だが、殊能でも魔法でもない。これはデバイス製の人工骨格と筋繊維を用いた、内蔵型強化筋骨格――BiSMバイスムだ」


「強化筋骨格、だと? そんなものを……」


「我々グレイターの技術は日々進歩している。貴様ら亜人や魔法使いのように、与えられたものを有難がっているだけの、愚かな種族とは違う」


 広場の住民達は遠巻きながらも、二人の張り詰めた空気を感じ取り、固唾を飲んでその様子見守っていた。下手に動こうものなら自分から殺されるのではという恐れが身を強張らせ、逃げ出すことすら出来なかったのである。


「デバイス石を戦争に使うなど、神が許すまい」とドト。


「神か――。だが既に開発は成功している。ルーラーは兵器の創造を禁じたが、人間というものを理解していない。古今最も優れた兵器とは、知恵と技術。そしてそれを扱う人間こそが兵器だ」


「……目的は何だ? 何故蟻塚を攻める?」


「知らしめてやるのさ。この混沌の世界に未来など無いということを。その為にゼスクス大佐は起たれたのだ」


「そんな理由で戦争を始めるつもりか? 絶望から逃げる為だけに……」


「終末とは、往々にしてそのようなものだ。そして貴様の死もその一部になる」


 エイレの顔から感情が消え、彼女は隙無くナイフを構える。そしてその刀身の輝きが揺らめく帯となって、ドトへと襲い掛かった。



 ***



 フェルマンは自身に浮遊の魔法をかけ、アイオドの樹に沿って上昇していく。飛行と呼べるほどではないにせよ、それでもその速度はリフトよりも大分速く、ドトが広場に降りるのと大差ない時間で上層にまで辿り着いた。

 栽培用の四角い枡が敷き詰められた水耕プラントには、最上階で居ても立ってもいられず混乱のまま降りてきた人々が、どうしたものかと立ち尽くすだけの状態であった。フェルマンがそこに舞い降りると、皆は困惑の顔で詰め寄る。


「長老! 一体何が……さっきの攻撃は――?!」


 と、そこでまた、大気が割れるよえな砲撃の爆発音。女性や子供が悲鳴を挙げながら屈み込む。

 フェルマンは彼らをなだめるように両手を上げ、良く通る穏やかな声で言った。


「皆、落ち着いて聴きなさい。先程からの攻撃は、グレイターの軍隊による砲撃です。しかし蟻塚は、魔法の壁によって護られている。中にまで砲弾が届くことはない」


 そううそぶくも、無論それは嘘である。彼の予想では、蟻塚を囲う防壁はもってあと4、5発というところであった。


(あの威力ならば、間もなく蟻塚は破壊されるだろう。それまでに皆を樹の中に避難させなくては――)


 アイオドの樹の銀色の表皮は、それが如何なる物質であるかはともかく、少なくとも並の砲弾や武器では傷ひとつ付くことがない。その為フェルマンはそこを臨時のシェルターとして考えていたが、迅速な集団行動には皆の冷静さが不可欠であった。


「下層には敵が侵入してきている。被害を出さぬよう、皆はアイオドの許へ」とフェルマン。


「しかし下にはまだ俺の息子が!」


「うちの婆さんも家の中に……」


 などの声も上がるが、彼は「解っている」と静かに頷いた。


「他の者らは私に任せなさい。皆はまず自分の身の安全を確保するのだ」


 その言葉に人々は一旦平静を取り戻し、フェルマンの指示に従って、粛々とリフトや階段から中層の広場へと降っていく――。そこへ、人の列を割り進んで現れる、エリオンとツキノ。


「先生!」


「ツキノ、それにエリオン。怪我は無いかい?」


「はい、僕らはなんとも。――それよりドトは?」とエリオン。


「彼は下層でグレイターの対処に当たってくれている」


「一人でグレイター達と?!」


「ああ。蟻塚で戦闘経験がある者はドトと私しかいないからね。下手に素人が手出しすれば、彼の足手まといになる」


「でも――」


「心配することはないよ。彼は極めて屈強な戦士だ。それに彼には愛する息子きみがいる――死ぬような無茶はしないだろう」


「…………」


 諭されて下を向くエリオン。フェルマンはその肩を叩いてツキノに言った。


「ツキノ、君もエリオンと一緒に降りて、アイオドの樹に入るんだ」


「はい。――先生はどうされるんですか?」


「私はドトの援護に向かう」


「え?」と、目を丸くするツキノに。


「安心しなさい、私も決して弱くはないよ」


 フェルマンはそう言って微笑んだ。



 ***



 ――鉄色の刃が火花を散らす。その映像と剣戟の音にを錯覚するほど、ドトとエイレの戦闘は高速且つ、苛烈なものであった。

 正に荒れ狂う獣の如きドトの猛攻と、緩やかなようであって時に激しい、水流の如きエイレの武技――。血煙を立て斬り結ぶ両者は、互いに皮一枚、或いは肉の浅い部分を裂きつつも、致命となる一撃を与えることが出来ずにいた。


「なかなかやるな、バーサーカー!」とエイレ。


「くっ……(早く広場の者達を避難させなくては――。フェルマン、急いでくれ)」


 しかし実際のところ二人は、形振なりふり構わずに死力を尽くしている、という訳ではなかった。

 ドトとしては、エイレを倒しても外で砲撃を行っている部隊がある以上、後詰めを相手にする余力を残しておかなくてはならない。一方エイレはエイレで、ドトに魔法を使う気配が無いことから、蟻塚を丸々覆うほど大規模な防御魔法の使い手が、少なくとも一人はいるはずだ、ということを理解した上で戦っているのである。

 故に実力が拮抗する二人の均衡は、次の一手を逸早く打った側によって破られるのであった。そしてそれは、ドトとエイレのナイフが激しい攻防に耐えかね、2本ともが砕け散った時に訪れた。

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