第12話 狂戦鬼

 静寂を突き破った轟音に、中層の広場でエリオンの帰りを待っていたドトの顔が、険しく獰猛に歪む。そして上層から聴こえてきた悲鳴が、更に彼の焦燥と不安を掻き立てた。


(敵か……?! こんな時に――)と、リフトのワイヤーに手を伸ばしたドトは、しかしすぐにその考えを改めた。


(いや、前夜祭こんな時だからこそ、か? 大門が開放され警備も薄い今夜なら、奇襲をかけるにはうってつけだ。だとすれば敵は既に――)


 果たして彼の予想は、最下層の広場で鳴り響いた銃声と悲鳴によって裏付けられた。


「おのれ……!」


 牙を剥き出し鬼の様な形相を浮かべ、ドトは猛烈な勢いで階段を駆け降りる。その途中で出くわしたフェルマンが、入れ違いざまに叫んだ。


「ドト、敵襲だ! 相手は恐らく――」


「解っている! あの銃声おとはグレイターだ! エリオン達は上層うえにいるが俺は広場したに向かう!」


「頼む! 結界はもう保たない、皆をアイオドの樹の中へ!」


「承知ッ!」


 ドトは頷いて走り去る。すると突如その身体を包む緑色の柔らかな光。それは数秒ほど彼の周りをグルグルと旋風のように舞い、そして体内に吸い込まれるように消えていった。


「俊敏の魔法か、有り難い!」


 それは去り際にフェルマンが施してくれた魔法である。その効果によって、羽のような軽さと風の如き速さを身につけたドトは、階段を降りるのももどかしく、回廊の柵を飛び越えると中央の吹き抜けを一気に落下していった。



 ***



 最下層の広場に紛れ込んでいた殊能者グレイターの軍隊――『モリド』の兵士達は、行商隊キャラバンがよく使うフード付きのコートを羽織っていた。

 そして彼らは、仲間の砲撃が魔法防壁を揺るがしたのを皮切りに、フードを捲し上げ、内側に隠していた銃を無差別に撒き散らし始めた。


「B班、西門を塞げ! C班は上階を探索!」


 数人の兵士が素早く大門を固め、逃げ出そうとした人間の退路を塞ぐ。広場にはいくつもの死体が転がり、祝祭の喧騒はたちまちにして阿鼻叫喚へと変わった。しかしそこで。


「騒ぐな!」と、女性兵士の一喝。


 緑色の長い髪を垂れ流す彼女がえると、辺りは一瞬で完全なる無音に支配された。啜り泣く女性エルフや、弾傷から血を流し呻くオーク、動かぬ親にすがりつく子供の悲鳴――そのどれもが音を失った。


「………………」


 数秒の後に再び彼女が口を開くと、その無音が解除され、あちらこちらからは掠れた泣き声だけが漏れた。


「私は、殊能者統括戦線モリドの、エイレ中尉である。無駄な抵抗は――」


 と、その時。


「ッ?!」


 上から飛来したナイフが、市民に銃を向けていた3名の兵士の頭に突き刺さった。声も出せずに絶命――彼らが崩れると同時に、それを放ったドトが兵士と民らを割って入るように着地した。

 エイレは辛うじて咄嗟に身を捻りナイフをかわしていたものの、その頬には赤い線が走った。彼女は文字通り空から降ってきた巨躯きょくの男を、冷淡な目つきで見据える。


「オークの戦士か。大きいな」


 元来獣人鬼オークという種族は大柄である。それは雌雄を問わず平均で190センチを超える。しかし目の前に立ちはだかるドトはそれよりも更に一回り大きかった。はち切れそうな布の衣服は平民のそれであったが、鍛え上げられた肉体から発する獰猛な殺意と狂暴に輝く眼は、紛れも無く彼が戦士であることを示していた。


「目的は何だ?」とドト。


 その彼自身の問い掛けは、言葉の意味よりも、敵の戦力を分析する為の時間稼ぎが目的である。


(残りはこの女と門を守る二人――それと後方の柱の陰に一人か。……上に昇った連中はフェルマンを信じるしかないな)


 グルルと喉を鳴らし、拳を握る。ドトの筋肉は益々盛り上がり、それが与える威圧感はさながら要塞の有様。

 しかしエイレは微塵もたじろぐ様子を見せず、ただ冷ややかに言った。


「死者に語る必要は無い」


「!(来るっ)」


 彼女のその台詞が攻撃の合図とみて、ドトは凄まじい脚力で斜めに跳んだ。そのまま壁を蹴り、反動で後方の兵士に襲い掛かる。


「――?!」


 その巨体からは想像もつかぬ速さに、兵士は照準を定める猶予も無かった。飛び蹴りで腹を潰され、着地から間もなく一瞬にして首を捻り折られる。

 ドトは兵士が腰裏に付けていたコンバットナイフを素早く抜き取ると、その死体を大門の兵士らに向かって片手で投げた。そして彼らが宙を舞う仲間の姿に気を取られている間に、地を這うような跳躍――。エイレの弾丸を掠めながらも一気に門まで間を詰め、逆手に持ったナイフで兵士の太腿から肩口までを斬り裂く。


「がふッ!」と溢れた血を浴びて振り返ると、もう一人の兵がナイフでドトの胸を斬りつける――が、彼はそれを物ともせずに兵士の顔面を鷲掴みにして、その頭を門の壁に叩き付けた。鈍く弾けるような音で頭蓋が砕け、ズルリと崩れ落ちる。


「……大したものだ」とエイレ。


 悪鬼の如きドトの立ち回りをそう評しつつも、彼女の冷淡な表情が変わることはなかった。


「殊能を使う隙も与えず一息に殺すとは――グレイターとの戦闘に馴れているようだ。貴様、ただのオークとは違うな?」


「…………」


 ドトは無言のまま、切られた服を煩わしそうに引き破る。そして倒した兵士からナイフをもう1本奪うと、それを両手に、腰を落として正面に構えた。エイレはくらい瞳でその姿を凝視する。


「その胸のきず――」


 ドトの胸には、身体を四分するほど巨大な十字傷があった。


「並外れた体躯と両手に獲物、そして胸に十字の割創かっそう……。なるほど、貴様が『双斧そうふの獣』、ドトムワガか」


「……その名は捨てた」とドト。


「だが我々の記録には残っているぞ。……かつてジウナの山岳地帯で、オーク狩りの特殊部隊50名を一夜のうちに斬り殺したという、狂った化物の記録がな」


「………………」


 無言で睨みつけるドトを、エイレは冷たく嘲笑う。


「フン、捨てたい過去か? 無駄なことだ。――真の闇は常に己の後ろにいる。それは音も無く忍び寄り、知らぬ間に魂を喰い尽くす」


「……その通りだ。だから俺は、償う為に進んでいるのだ」


「笑わせる。償うどころか、今の貴様は命を狩るよろこびに震えているように見えるぞ、双斧の獣。いや、以来別の名で呼ばれているんだったな?」


 エイレの挑発的な口調にドトは太い牙を剥き出しにしてみせたが、彼女の口は冷笑をかたどったまま。


「部隊を全滅させた貴様は、その後に我を失い、自分の仲間までをも皆殺しにしたそうだな。憐れなことだ」


「黙れ」


「以来貴様は、世間でこう呼ばれている――」


「黙れッ!」と地を蹴り、一足跳びに斬り掛かるドト。エイレはその強烈な斬撃を、ライフルの銃身で真っ向から受け止めた。


「――狂戦鬼バーサーカードト。悪くない呼び名だ。それでこそ狩りがいがある」

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