第7話 創元素

 ――森で起きた凄惨な出来事から2週間。その真相は、当事者であるエリオンとドト、そしてフェルマンの三人だけの秘密とされた。

 その理由は、エリオンの記憶が曖昧であることと、また深く追求することで彼の心の傷が悪化する可能性があること、そして何より、惨殺それを行った者がエリオンであると知れ渡れば、住民達が彼を恐れ、遠ざけるようになるのでは、というドトの危惧によるものであった。

 無論暫くの間、蟻塚はその怪事件にまつわる噂話で持ち切りであったが、日々の生活に追われ、各自が自分達の仕事に精を出しているうちに、果たしてその話題は風化していった。

 そうなるとエリオンの気持ちも大分和らいできた様子で、表面上にはいつもと変わらず、ドトの仕事の手伝いや任された歯車の修理などにも、笑顔で取り組めるようになっていた。


 そんな中――かねてから「一緒に魔法の勉強を」と言っていたツキノに連れられ、エリオンは彼女とともに、フェルマンの自宅を訪れたのであった。



 ***



 蟻塚の長老、そしてティルニヤ市でも唯一の魔法使いであるフェルマンの家は、上層と中層の丁度中間に当たる階にある。立場にそぐわぬ狭い家であったが、それは彼自身が望んだものであった。

 部屋は蟻塚では珍しいタイプの、赤茶けた木材の板を壁と床に貼った暖かみのある内装。天井には照明として設定された小さなデバイス石が、ガラスの椀に入れられて吊るされている。その柔らかい光が、壁に掛けられた杖や首飾りや、棚机に並ぶ分厚い本を照らしていた。


「魔法具は珍しいかい? エリオン」とフェルマン。


 派手な意匠は無いものの、儀礼服に似た形の灰色の長衣を纏った彼は、長い金髪を銀の髪留めで後ろに束ね、そうして露わになった鋭角の耳が、彼の種族エルフらしさを一層際立たせていた。


「はい、初めて見るものばかりで……」


 エリオンは、好奇の目で部屋の中を見回す――その様子にフェルマンが微笑んだ。


「知識の門は扉を叩く者にしか開かれない。好奇心はその最初の合図だ」


 彼は客間に簡素な木机を2つ並べ、そこを魔法学を教える為の教室とした。

 そして夕暮れ前に各々の仕事を終えたエリオンとツキノは揃ってここを訪れ、今まさにこの部屋へと通されたところであった。


「これは先生が作った物ですか?」


「半分ぐらいは、そうだね」


「本も――?」


「私が書いた書物ものもあるよ」


「へぇ、凄いなぁ……」と、嘆息を漏らすエリオンに対し。


「凄いのは当たり前よ。フェルマン先生は、先生なんだから」とツキノ。


 蟻塚では多くの者がフェルマンのことを『長老』と呼ぶが、中にはエリオンやツキノのように『先生』と呼ぶ者もいる。それは彼が、魔法やデバイス石やアイオドについての知識だけでなく、動物学や植物学、果ては天文学に至るまでの様々な事柄に対して、深い造詣を持っていたからであった。

 自分のことのように胸を張るツキノは、幼い頃からフェルマンの家に出入りしていて、彼から文字や学問を習っていた。一方エリオンがフェルマンの家に入るのは、これが初めてであった。


「丁度これから、デバイス石で魔法具を一つ創るところだった。見たいかい?」


 フェルマンの申し出に「是非!」と二人が口を揃えると、彼は部屋の隅から白い10センチ角の立方体を持ち出してきた。それを机に置いて、そっと手を触れる――。


「わっ」と声を上げたエリオンの前で、四角い石はぼんやりと青く光る。そして視えない手でねられる粘土の如く、グニャリと変形し、左右に丸い取っ手のある蓋付きの磁器瓶となった。


「これが魔法具……?」


「の、一種だね。これはエーテル瓶と言って、薬香やっこうを醸成したりするのに使う」


「へぇ……」とエリオンが感心しているうちに、フェルマンはそれを部屋の奥の棚に仕舞い込んだ。


「僕にも出来ますか?」


「創製かい? 勿論出来るとも。ただ魔法具は無理だろう」


「何故――?」


創元素デバイスは使用者の意思と知識を読み取る。つまりデバイス石から物を創るというのは、創り手自身がそれを、『如何なる存在か』と定める作業なのだよ。故に知らない物を創ることは出来ない」


「なるほど。じゃあ勉強して知識を深めれば、創れる物も増えるっていうことですか?」


「そういうことだね。絶対者ルーラーは非常に便利な物を授けてくれたが、その恩恵を受けるには勤勉でなくてはならない」


「神様は怠け者が嫌いなんですね」


「そうかも知れない」と、フェルマンは笑いつつ。


「――だがそれは、努力をした者にはひとしく成果が与えられる、ということでもある。デバイスは、『前に進もうとする意志』が決して無駄にはならないということを、目に見える形で教えてくれる、素晴らしい物だよ」


「優しい物質ものなんですね、デバイス石って」


「ああ。そういう感じ方は大事だと思う」


 二人の前に立ったフェルマンは、柔和な顔に笑みを浮かべたままそう述べてから、軽く咳払いをした。


「丁度良い機会だ。君達はまず、魔法を習う前にデバイスについて、もっと詳しく知っておくべきだね。――ツキノ、エリオンにデバイス石の説明を」


 講師よろしくフェルマンが、教鞭代わりの短い杖で早速ツキノを指すと、彼女は姿勢良く座ったまま答える。


「はい。デバイス石は、世界の神であるルーラーが、私達人間に創り与え給うた万物の素――つまり創元素デバイスが、無垢のまま塊になった物です。それは操作権限を使うことによって、いかなる物にでも変化させることが出来ます」


 教科書をそらんじるようなツキノの淀みない回答に、フェルマンは満足そうに頷いてから小さな拍手を送った。


「流石はツキノだ、よく勉強しているね。でもその知識には、いくつか追加しておかなくてはならないことがあるね」


「――?」


「確かにデバイス石は、操作権限を持つ者であれば自由に変形させたり変質させたりすることが出来る。でもそれにはいくつかの制限がある。さっき言った知識の話とは別にね」


「制限……。それって登録の儀の時に聴こえた声の――?」


「そうだね。君達はアイオドからこう言われたはずだ。『アクセス制限を一部解除』――と」


 うんうんと頷くツキノの隣で、しかしエリオンは僅かに首を捻っていた。


(一部解除……? そうだったっけ?)


「その制限の1つ目は、石の持つ質量やエネルギーを上回る物は作れないということ。慣れずとも感覚的に解るとは思うが、小さな石から大きな壁を作ることは出来ない。そして2つ目は、一度作り上げた物を元の無垢な状態に戻すことは出来ない、ということ」


 フェルマンの説明に、「だから貴重なんですよね」とツキノが頷く。


「そういうことだね。エリオンはよく知っているだろうが、元々デバイス石の採掘量はそれほど多くない。便利だからといって、無闇に使っていいものではないんだ。それに石は市の収入源でもある」


 ――乾燥地帯が多く農作物が育ち難い鉱山市ティルニヤでは、それを他の市国からの輸入によって賄っている。専らその交易に用いられるのが鉱山で採れるデバイス石であり、ティルニヤ唯一の優良資源物でもあった。


「そして最後に3つ目。これは君達には無縁の話かもしれないが――デバイス石で


「兵器……」


 そう呟いたツキノもこの情報は初耳であった。


「それは剣や槍のような物のことでしょうか?」とエリオン。


「いや。刃物や矢じりであれば作れる。そういう物は生活でも使うからね」


「じゃあ大砲や爆薬のような?」


「それも少し違う――私が云う兵器とは、もっと遥かに危険なものだ。街や国を滅ぼしてしまうような、人が持つべきでない強力な破壊兵器だよ」

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