第4話 登録の儀
エリオンとツキノが揃って樹の中に足を踏み入れると、先程空いた入口の穴は
「うわぁ……」
エリオンは視界に飛び込んだ白い空間に、思わず声を漏らした。
彼らが立っているのは、直径100メートル程ある広い円形ホールの端。真っ白な壁や床には継ぎ目などの加工の跡がひとつも見当たらず、まるで巨大な粘土をくり抜いた様にのっぺりとした状態である。しかしそれが粘土でも金属でもないことが、エリオンには一目で判った。
「凄い……これ、全部デバイス石だ。デバイスの結晶で出来てるんだ……」
ぐるりと彼らを囲む壁はそのまま樹の内壁であるらしく、天井は高過ぎて確認することが出来ない。その全てが一つの塊であるとすれば、それは正に神の
「こんな物があるなんて――。この石を使えば、蟻塚の人達が千年は暮らせるのに……」
呆気に取られつつ呟いたエリオンだが、しかしツキノはそれには賛同しかねるといった様子で溜め息を吐いた。
「バカなこと言わないで。アイオドの樹は蟻塚の守り神なのよ? 御神体を切り崩すなんて、考え自体が不敬よ」
「それはそうだけど――(じゃあなんでこんな物が……)」
二人がそんなやり取りをしているところで、その空間に変化が起きた。円形の広間の丁度真ん中で、床がサラサラと砂の如く盛り上がったのである。そして山の先端が雫を逆さまにしたように丸く膨れ上がり、プツリと千切れると、宙に残った部分が1メートル程の球体となった。
「エリオン! 見て」
「あれが……アイオド……?」
恐る恐る近付いていくエリオン達の先で、球体は質感をガラスのように変化させ、そしてぼんやりと青い光を纏った。
〈――よく来ましたね、子供達〉
「声が――?!」
その声は穏やかに澄んだ若い女性のもので、その響きは空間ではなく、エリオンとツキノの頭の中に直接伝わってきた。
〈怖がることはありません。どうぞこちらに〉
その言葉に従って二人がその球体の許まで来ると、ツキノがその球に尋ねる。
「貴方がアイオド……様?」
〈いいえ、私の名前はルーシー。ここにある次元観測機AEOD――貴方達がアイオドと呼ぶ存在を管理する者です〉
「じげん……かん?」と、エリオンが首を傾げる。
〈理解出来ずとも構いません。今の私は傍観者、そして貴方達を登録し保存する為の、ウィラのアーカイブです〉
「ウィラ……神様の星――」
ルーシーと名乗る声が語る内容は、エリオンにも、無論ツキノにも到底理解出来るものではなかった。しかしその台詞を聴いたツキノは、思い出したように声を上げた。
「登録……そうだわ。エリオン、早く登録の儀を」
「う、うん……。って、どうやって?」
「呆れた。アナタ、フェルマン先生の話をちゃんと聞いてなかったの? いいわ、じゃあ私からやるから、よく見てて」
そう言うとツキノは、右手の指先をこめかみに当てて左手をそっと球体へと伸ばすと、一旦深呼吸してから口を開いた。
「アイオドに登録を願わん。我はカラヌワの子、名はツキノ」
すると彼女の右眼が青く光ると同時に、その身体にピリリとした微かな電気が走った。
「――っ!?」
「大丈夫?! ツキノ」
心配そうに寄り添うエリオンに彼女が頷くと、今度は彼女の頭の中だけに、耳当たりの良い男性の声が響いた。
〈生体情報の取得完了、データを保存。登録名ツキノ。OLS認証により、元素デバイスへのアクセス制限を一部解除。登録カテゴリ、民間人としての操作権限を承認しました〉
矢継ぎ早に伝えられる内容が、そのままツキノの視界に文字として表示される――。それが終わると、彼女の眼が発していた青い光は消え失せ、まるで何事も無かったかのように静まり返った。
「…………」
隣で見守っていたエリオンが彼女の顔を覗き込むと、ツキノは満足そうに微笑んでみせた。
「大丈夫、終わったみたい。――さあ、次はアナタの番よ」
「……うん」
エリオンは先程のツキノに
「アイオドに登録を願わん。我はドトの子、名は……エリオン」
赤い右眼が青の光を帯びると、微かな電流を感じたエリオンの頭に再び声が聴こえる。
〈生体情報の取得完了、データを保存。登録名エリオン。OLS認証により、元素デバイスへのアクセス制限を全て解除。登録カテゴリ、第一等規制官としての操作権限を承認しました〉
「…………(規制官?)」
呆然と佇むエリオンの瞳が元に戻ると。
「終わった?」とツキノ。
「――え? ああ、うん。なんか良く解らなかったけど……」
ぼんやりとした表情でエリオンが目の前の球体を眺めていると、アイオドはそれきり何の声も発さぬまま、最初に出現した状況を逆再生するかのようにサラサラと床へと消えていった。
ツキノはホッと胸を撫で下ろし、安堵の笑みを浮かべた。
「これで儀式は終わりみたいね……。思っていたより――」
「うん、簡単だったね」
「でもこれで、私達も晴れて成人の仲間入りね。やっと先生に魔法をきちんと教えてもらえるわ」
「壊れたリフトの修理や、ドト達の手伝いだって本格的に出来るしね」
「ええ。水汲みと機械馬の世話は、正直もうウンザリ」
そう言いながら手をヒラヒラとさせるツキノに対し。
「真面目なキミがそんなこと言うなんてね」と、エリオンが笑う。
「あら、私だってずっと良い子でなんていられないわ。たまには好きなことを思いっ切りしてみたいの。……アナタみたいにね?」
「そんな、別に僕だって――」
エリオンが言いかけた時、彼の頭の中にまた声が響いた。しかしそれはルーシーともアイオドとも違う、透き通った青年の声であった。
〈見つけた〉
「?!」
入口へと戻る足を急に止めたエリオンに、ツキノが「どうかした?」と小首を傾げつつ尋ねる。
〈……エリオン。それが君の名か〉
立ち止まったエリオンの脳裏に、フラッシュバックの如く浮かぶ映像――それは長い銀髪と澄んだ翡翠色の瞳の、凛々しくも憂い気な表情をした青年の姿であった。
(誰――?)
その疑問を口に出す前に、或いはその答えを聴くより前に、エリオンは朦朧としてその場に崩れるようにして倒れた。そしてツキノが呼び掛ける声とともに、彼の意識は次第に遠退いていった。
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