第2話 虹の少年
かつて世界は、夜空に瞬く星の数ほどもあった。世界の人々は『
しかしある日、最も力ある
怒った他の
(『
***
木漏れ日の林道を、ゆったりとした速さで荷馬車が抜ける。時折弾む木製の車輪。こんもりとした荷台には薄革の
そしてそれを
「あ……」
その奇怪な馬を連れてトボトボと歩く虹色の髪の少年は、ふと顔を上げると同時に声を漏らした。
道の先には、木に背中を預け俯いている少女の姿。――珊瑚色のワンピース。その胸元に、右前だけを細く三つ編みに結った、ミルクの様な白い髪が垂れている。女性としてはまだ五分咲きほどの、しかし可憐な花である。
自分と同じ年頃の彼女を見て、少年はその名を呟いた。
「ツキノ……」
すると彼女もはたと顔を上げ、その少年の許へ、裾を
「エリオン!」と、朗らかに少女。
生成り色の麻の上下を着た少年――エリオンは馬とともに足を止め、笑顔で走ってくる少女を迎える。自分よりも少し背の低い彼女に、しかしエリオンは表情を微かに曇らせて言った。
「子供が蟻塚を出たらダメじゃないか、ツキノ。この辺りはゴブリンだって出るんだよ?」
彼が軽く
「なにその言い方。平気よ、ここなら結界まですぐだもの。それにアナタだってまだ子供じゃない」
「僕はドトの手伝いだからいいんだよ」
「なら私だってそうだわ。フェルマン先生の薬草を採りにきたんだから」
そう言い訳する彼女の手には、草を刈り取る為の鎌も、それを入れる袋も見当たらない。そもそもこの林道には、薬草になる植物など生えてすらいないのであった。
「薬草なんて、フェルマン先生ならデバイス石で作れるじゃないか」
「フェルマン先生ならね? でも私の操作権限じゃ創造できないもの。私は自分の手で薬草を届けたいの」
言い張るツキノにエリオンは小さな溜め息を吐きつつも、しかし本当は彼女が自分を心配して、わざわざここまで出迎えに来たのだろうと察して、困り顔の微笑を見せた。――少年ながら、そして男性ながらも、美しいという表現が合う笑顔であった。
「それでアナタの保護者のドトさんは、一体どこにいるのかしら?」とツキノ。
「見張り場のギネさんに石を届けてから帰るって。矢の残りが少ないんだってさ」
「敵が来ないのに、どうして矢が減るのかしらね」と、不満そうに鼻を鳴らす。
「きっと狩りに使うんだよ」
言いながらエリオンは、荷馬車の横に回って
「だったらナイフを使うべきだわ。鉱山市だってデバイス石は貴重なんだから」
「ギネさんは弓の名手だから……」
「なによそれ」
ツキノがふてくされて先に歩き始めると、エリオンは取り付く島を求めるように機械馬の顔を見た。しかし馬は我関せずとでも言わんばかりに、ブルルと細かく首を振る。そして小さな主人を置き去りに、
「困ったな……」
エリオンは軽く頭を掻くと再び溜め息を吐いて、早足に少女達の後を追っていった。
***
鉱山市ティルニヤは、その名の示す通り採鉱を主産業とした小国である。領地は南北に約8キロメートル、東西に約20キロメートル伸びており、小さな森と砂漠、そして半分は山脈で構成されている。
森林がプツリと途切れた先に広がる乾燥地帯の真ん中には、『
蟻塚は、薄茶色をした大小真四角の石の家を、まるで子供が無造作に積み上げた様な
夜――満天の星空の中に、山脈から顔を出した紅い月が粛々と浮かぶ。
無数の小窓から漏れ出すオレンジ色の四角い光が、冷え切った砂漠に佇む蟻塚の内外を、暖かなイルミネーションの如くやんわりと照らしていた。
「もう、エリオンったら! まだ支度してないの?!」
狭い家屋の扉を、破るような勢いで開けて入ってきたツキノの第一声。木机の上で小さな白い立方体の石を、大きさごとに選り分ける作業をしていたエリオンは、彼女の剣幕に驚いて顔を上げた。
「え――?」
「え、じゃなくて! 今夜は『登録の儀』でしょ? 忘れたの?!」
「ドトさんはどこへ行ったの?」
「さっき出ていったから、いつもの酒場じゃないかな?」
「呆れた……。それでアナタ儀礼服は?」
「儀礼服? え、えーっと……どこだったかな? アハハ……」
ばつが悪そうに作り笑いで誤魔化すエリオンに、ツキノの荒い鼻息。
「もういいわよ。おばあちゃん
そう言うと彼女はエリオンの袖を掴んで、彼を引き摺るように小屋を出た。
***
「まあ、ピッタリね!」
手を叩いて満面の笑みを浮かべたのは、ツキノの祖母。綺麗な白髪をした穏和な老婆である。
「あの子が亡くなってからずっと仕舞ったままだったけれど、どこも傷んでないわね。大丈夫、これでいってらっしゃい。エリオン」
「ありがとうございます」
暖かな小部屋の中で、ツキノと同じ儀礼服を着たエリオンが丁寧に頭を下げる。するとツキノが急かす。
「もう行かなきゃ、儀式が始まっちゃうわ!」
彼女に背を押されながらエリオンがもう一度会釈をすると、祖母は「頑張ってね」と一言。そして右手をこめかみに、左手を胸に当てて。
「
そう呟いて、影の中へと走り去っていく二人の背中を見送った。
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