006:その日の放課後2
「おはようございます」
目を覚ますと、目の前に合法ロリが立っていた。
合法ロリ――もとい、稲並椚高校が保健室の先生である木山小春先生が、ベッドの前に立っていた。
薄い青色の髪の毛をきれいに短く切り揃えた、幼さしか見当たらない外見。身長は目算で130cm程度。
「おはようございます」
「うん、よろしい。気分はどうです?」
特に問題はなかった。白衣のポケットから聴診器を取り出して、服を脱ぐよう指示する。手にしたそれで心音を聴き終えると、楽にしていいと言われたので再び寝転んだ。
――――――あれ。なんで俺、保健室で寝てるんだ?
たしか、俺は家に帰ろうとして。
そこで――えっと、誰かに呼び止められて。
……ダメだ、思い出せない。
「先生。なんで俺、保健室にいるんですか?」
「な、なんでって。具合が悪いからに決まってるじゃあないですか」
アハハハ、と大げさにはにかみながら答える先生。たしかに、そりゃそうだ。そうでもなければ保健室になんて普通用はないはずだ。
「でも、俺今日は体調よかったですし。そういうのって前兆めいたものがあると思うんですけど」
「き、――急に具合が悪くなったって聞きましたけど……?」
「……聞いたって、誰に? 俺、ひとりで帰ろうとしていたはずなんですが」
「え―――――――――――っと……田中よしおくん?」
「だれ!?」
先生は明らかに何かをごまかしている。視線を合わせてくれないし、常に目をきょろきょろさせて挙動不審。終いには口笛まで吹き始めやがった。
「……先生、俺になにか隠してません?」
「そそそそそそんなことありまそんよっ」
「明らかによそよそしい!」
絶対になにかを隠している。または、なにかを誤魔化そうとしている。その仕草はまるで、なにか悪さをした子供がそれらを必死に隠しているかのような素振りに近しく思えた。
一体なにを隠しているのか、はたまた誤魔化しているのだろうか。……検討もつかないが、俺にバレちゃ不味いことに変わりはない。
先生の保身と、元々存在するはずもない先生の威厳を守るには、ここで俺がその正体を突き止めるべきではないのだろうが……いかんせん、そんなもの気になってしょうがない。
「意地でも隠し通すつもりだと言うのでしたら……俺としても強行手段を取らざるを得ませんね……」
「ひうっ!?……一体なにをするつもりですか……?」
「正直に一切合切誤魔化すのをやめると誓うなら何もしませんよ……」
ヒッヒッヒ、と絵本に出てくる魔女のような笑みをこぼす。小刻みに震えて怯える先生の図も、これはこれで趣があり良いと思えた。
「さあ、早く言わないと大変なことになりますよ……」
「えっと、あの……その……」
「ええい、焦れったい。覚悟しろ先生っ!!」
きゃああああ、と叫び声をあげる先生の両腕を掴みに掛かろうとした刹那、保健室のドアが勢いよく開かれた。
「小春さーん。そいつ目を覚ましたー?」
目が点になるとはこのことだろう。
唐突に入室してきた女子生徒の表情のそれは、ひどくポカンとしてあっけらかんなものだった。
多分、俺も同じような表情だったと思う。だけど、木山先生のそれはまるで異なっており、凶悪な男子生徒に両腕を掴まれて抵抗しようにも抵抗できない哀れな女教師――といった風情か。現場は第三者から見て鮮明なまでに明らかなものだった。
俺が、木山先生に暴力を働く様子―――いや、実際その通りだし。
「………あ、アンタは……なにをやって……」
「いや待て、誤解だ!」
わなわなと握り拳を震わせて怒りを露わにする同じクラスの女子、西条詩陰。その表情に、情状酌量の余地があるとは到底思えなかった。
この状況で、言い逃れなど出来ようはずもない。
「
ゴツン、という頭蓋を砕くかの轟音が、保健室中に響いた。
「おはよう。よく眠れたようだね、大上少年」
ガラガラと続け様に現れたのは、新任の担任教師、東雲カレン先生であった。眼鏡に茶黒いセミロングな髪が特徴的な、とても綺麗な女性。ニコニコと微笑みながら、ズカズカと歩み寄ってくる。ついに、彼女は僕の目の前にまで顔を近づける。鼻孔を擽るいい匂いと、肌に触れる先生の吐息の暖かさで、理性を保つのが苦痛に思えた。彼女はそのまま、俺の顔を覗き見るように言う。
「うーん、あまり顔色は優れていないんだねえ。何か悪い夢でも見たかな?」
「……えっと今しがたそこな優等生に暴力を振るわれたばかりでして」
「アンタが小春さんをレイプしようとしたからでしょうが!」
「誤解だ!」
西条の後ろに隠れて震える木山先生。
誤解。――と主張したいが、実際木山先生に襲いかかったのは事実。いやだ、この年で前科持ちだなんてイヤだ。
「ていうか、アレ……えっと――そうだ。俺家に帰ろうとしてて、それで西条に呼び止められたんだった。――それで、えっと…………………あ、」
あ、などと間の抜けた声を漏らす。しかし、思い出した。一切合切思い出した。今しがた殴られたおかげだろうか、西条詩陰に殺されかけた先程の記憶が、鮮明に思い出された。
「お前、西条! なんだよ、さっきのは一体!?」
「えっ……なにコイツ、この反応――まさか、忘れてたの?」
「ひう……失敗です……。ショックで忘れてるようだから、上手く誤魔化してしまおうと思ってたのに……」
「ええ……それなら私ここに来なかった方が良かったんじゃ」
「忘却していた記憶がシオンちゃんというキーマンを鍵に取り戻された、というのは十分有り得ます……」
二人共にガクン、と肩を落とす。
なんだこの展開、ガバガバじゃねえか。
「うわー、どうしよー!」と叫んで頭を掻きむしる西条。……性格温厚、才色兼備。学校一と言ってもいいくらい有名な生徒。誰にでも丁寧で分け隔てなく優しい態度で接する完璧超人といった彼女の印象は、ここ数時間で180度変わったと言ってもいい。
「まぁいいじゃないか。大上くんもあまり問題はなさそうだし――これでようやく話が進められそうね」
「話――?」
僕の問いに「そう、話」と返して目線を元の高さに戻す東雲先生。
「単刀直入に聞くけど、――大上くん。貴方、どこまで覚えてる?」
「どこまで覚えてる――?」
一瞬、質問の意味を理解しかねる。――が、その意味は自ずとすぐに行き着いた。
「えっと――教室に残されて、西条に春休みの夜の巫女の話をして、そのまま使い魔? だったかな。なにか、恐ろしい妖怪のようなモノに殺されかけて――」
「……ほとんど全部覚えてるじゃない」
はぁ、と嘆息する西条。
「記憶操作も効果なし――ま、大方予想通りだけど」
苦い表情で、東雲先生が呟く。……記憶操作? 一体なんのことだ?
「あのー」
恐る恐る、手を上げる。
「さっきから、わかんないことだらけなんですけど。夕方のあれといい……記憶操作だのなんだの―――俺を殺そうとしたり、一体俺になにをするつもりなんですか?」
うーん。と頭を抑えて考え込む西条。これまた同様に、どうしたものかと腕を組んで苦い表情を浮かべる木山先生。各々、なにやら考え事で頭が回らないような、深刻な表情。ひとり、東雲カレン先生を除いて。
「――後始末をね、どうやって付けようか考えていたのさ」
「あ、と始末………?」
もったいぶるようなゆっくりとした口調。眼鏡の奥に覗くニヤリとした表情で、東雲カレンは言葉を続ける。
「この際だから、ハッキリ言うね。――私たちは、なんとしても君を殺そうと画策していたのさ」
東雲先生のその言葉に、当の俺はというと、そこまで驚いてはいなかった。
だって実際、先程殺されかけたわけですし。そこの優等生に。
「――――えっと、それはさっきの教室でのことで?」
「それもだけど、さっき君が寝ている際にも二、三
「まじで!?」
その言葉には正直に驚いた。え、なに? あんたら俺を治療するふりして殺そうとしてたわけ? とんでもねえな。
「ていうか、まじないって……さっきも魔法とか、わかんないことだらけだし……ていうか、あんたらなんなんだよ。なんで俺を殺そうとしてるんだよ?」
「それについては――私たちが、魔法使いだから。と答えるほかにないかな」
東雲先生の言葉に、目が点になる。
……魔法使い?
あの、RPGとかでレイズするヤツ?
「ちょっと、カレン。アンタ――」
「構わないだろう。今更隠し通すという方が無理な話だしね。……大上くん。驚くのも無理はないけど、実際君はソレを見ているだろう?」
「…………」
……そう、見ている。ソレを、魔法を――僕は目にしている。
教室に現れた鎧武者のそれは、たしかに、この世のものとは思えない風体で、明らかに現実離れしすぎていた。荒唐無稽ではあるが、実際に俺は魔法をこの身で体感してしまっている。
「でも、なんで魔法使いが俺を殺そうとするんだよ。俺はただの一般人――」
「一般人が普通、私の式神相手に勝てるわけないのよ」
「だけど、俺は魔法使いとかそんなんじゃないぞ」
俺は生まれてこの方17年、健康に健全に普遍的な生活しか送ってこなかった。ゆえに、魔法だとか呪いだとか――そんなのは別の世界の話であって、決して俺の人生に関わるべきでない事柄なのだ。
「話し戻すけど――なんで俺の命を狙うんだ」
その問いに一拍だけ間を置いて、ニヤリとした表情のまま、東雲カレンは口を開く。
「それは私たちが魔法使いだから、だよ」
「説明になってませんが」
「なってるんだよ、ちゃんとね。我々魔法使いのルールでそう決まっている。もっともこれは君が魔法使いじゃないのだから、前提としてわかるわけない話なのだけれど」
やっぱ説明になってねえじゃねえか。
「まあ一応私は君の担任教師だし、少しだけ授業しようか。―――まず、君は魔法使いという人間について、どこまでの知識を持っている?」
魔法使いについての知識――?
そんなものありはしないが、ゲームとか漫画やアニメ、ああいった世界観のそれと類似したものは、たしかに西条詩陰のそれにもあった。
「よくわからないですけど、ザックリ言うなら――通常あり得ない芸当をやってのける連中。そう認識してます」
「あながち間違いではないけど正解でもないかな。君のそれだと手品師でさえそうだ。彼らとて「あり得ないという《認識》」の中にある事象を、あらゆる手段を以て可能としているわけなのだから。……手品師という連中にはちゃんとトリックがある、無論魔法使いだってそう。《認識》が違うだけで、どちらも同じく理の中で成立しているこの世界の技術。魔法ってのはさ、ようは科学や手品と何ら変わりない、この宇宙にとっては当たり前に存在する常識なんだ」
「常識……?」
「さっきも言ったけどね、簡単な話マジックや手品。アレは種も仕掛けもないと宣うが実際種と仕掛けは仕込まれているし、第三者がトリックを理解できなければそれはあり得ない現象を引き起こすある種の魔法なんだよ」
東雲先生が口にしたそれは少しだけなら理解出来る。
つまり、魔法ってのは俺達が知らない手法を駆使してあり得ないとされるそれら現象を引き起こす純粋な技術だということ。
「ライターを使って火を起こし、火打石を駆使して火を起こす。同じ結果を導き出す別々の方法が存在するように、魔法もそれらのひとつでしかないのさ。――君はあり得ないことを可能にするのが魔法だと最初に言ったがね、魔法であってもあり得ないことは成し遂げられないんだよ。魔法で再現可能なことは、全てこの世界によって赦された現象や事象のみ。物理法則を無理矢理ねじまげたり、時間を巻き戻したり、不老不死になるなんてことは魔法でもできない。無論、
「……西条が使ってた式神。あんな鎧武者をいきなり出現させるのが、とても物理法則に則った現象の再現とは思えないんですが」
「そんなことはないさ。式神……いわゆる鬼、妖怪や悪魔と呼ばれる類の存在だが、君が知らないだけでああいった者ははじめから存在していた」
……妖怪。その言葉から、ふとあの夜のことを思い出す。
「魔法については概ねわかりました。……だけど、その魔法使いについて。どうして魔法使いだからって俺を殺さなくちゃならないって理由になるんですか」
「大上くん。君はさ、魔女狩りって知ってるかい?」
「魔女狩り? あの、映画とか歴史の本とかにあるインチキ臭い話ですか?」
「ああ。そのインチキ臭い話だけどね、実はインチキでもなんでもないノンフィクション。事実存在した事例なんだよ」
魔女狩り。中世を中心に行われた異端迫害行為。魔女と目される者を裁判にかけ、半ば強制的に刑罰を与えるという少々理不尽な儀式。一度疑われると無罪が証明されるまで徹底的に尋問が繰り広げられるという。……もっとも、疑いが晴れるなどということは、万が一にもありはしないと云うのに。
「こいつは魔術を使った」という根も葉もない疑いをかけられ、どうやって無実を証明できようものか。証拠のない噂を以て疑いをかけるくせして、無実を証明するには証拠を示せと来たものだ。そんなの、不可能に決まっているのに。
そんな非合理的で非人道的な行為が、実際に存在していたとは思ってもみなかったので、やはり驚いている。
「さて、ここからが本題だ。魔法使いが魔法を再現するためには欠かせない世界を運営する正と負のエネルギー。私たち魔法使いはそれらを総称して魔力と呼ぶけれど……利用するたび、ソイツは世界に負荷を掛ける。要約すると周囲に悪影響を及ぼすのね。病だの
「……相容れない、生き物」
「そうさ。だから私たち魔法使いは自衛のため、魔法を衰退させないがために、自らを律する法を敷くのさ。……
「…………………」
…………なんてこった、空いた口が塞がらない。その説明だと、その行為はひどく理にかなっている。
魔法使いは目撃者を消さなくてはならない。それは、彼女らが魔法使いであるために必要不可欠な処理行為なのだ。……だとしたら俺は、大人しく殺されなくちゃならない。そんなつもりは毛頭ないが、彼女らは俺を是が非でも殺さなくてはならない。
一方通行だ。すれ違いだ。どうしようもないのか。解決策はないのだろうか。俺だって殺されたくないし、彼女らも魔法使いであり続けたいに決まってる。
「そこで、ひとつ提案がある」
提案? そう聞き尋ねると、東雲先生はいちだん愉快そうにニヤリと口端を吊り上げて言った。
「君、魔法使いにならない?」
一瞬、場が凍りついたように静止した。
東雲先生の言葉は、その意味としてなら理解できた。しかし、本気で言っているのかどうかは理解しかねるところだ。
魔法使いになる? 俺が? 馬鹿げている。
「……カレン、アンタねぇ」
「彼が魔法使いになるというのなら、私たちが彼を殺す必要もなくなるからね」
「それはそうだけど……」
空いた口が塞がらないといった風情の西条。
唖然の一言に尽きた。まさかこの女、そんな馬鹿げたことを口にするだなんて。
正直、同じ魔法使いである西条詩陰と木山小春をして、到底信じられない内容であった。
「学会はそれを承諾すると思うの?」
なんとか俺にも馴染みやすそうな単語が過ぎった気がした。
「西条、学会ってなんのことだ?」
「なんで私に聞くのよ。まあいいわ。―――
魔法使いたちの総元締め、か。
学校だっていうのに、法律まで強いてるだなんておかしな話だな。
「無論ダメと言われるだろうね。しかしその時はアレだ、特権行使と洒落こませてもらうつもりだし、およそ問題ないだろう。――ああ、特権行使っていうのは私のような優れた魔法使いに与えられた権利でね。コイツを行使すれば
ふふん、と勝ち誇るように胸を張る先生。なんだかこの人は、子供のような大人なんだな……。
「――さて、大上くん」
大上大河くん、と再三にわたって名前を呼ばれた。
「選択するのは貴方。今日のような命を狙わる日常を過ごすか――私たちと同じ、魔法使いになるか」
さあ、と返答を急かす東雲先生。
どうするか、などと問われても、一体どうするべきかのか分からないのが正直なところだ。
しかし、こんなのは二者択一ではない。
実質的に、選択肢などひとつでしかない。
「…………魔法使いに、なるしかないんでしょう?」
死にたくはないし、そうなる他ないのなら、そうするしかないのだろう。
そう決意すると、彼女はこれまた微笑んで、大仰な態度で言い放った。
「―――ようこそ、魔法使いの教室へ」
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