005:その日の放課後
始業式の日はたいてい、普段より下校時間が早い。
それはたった一時間程度の違いではあるが、それでも高校生にとって一時間とは、わずかながらも、それはとてもとても貴重な時間足り得るものなのだ。
受験生にとっては勉強時間に。リア充もとい不純異性交遊まっさかりの男女にとってはデートの時間に。遊び盛りの人間にとっては娯楽の時間に――そして、大上大河のような人間にとっては惰眠堕落の時間に。
大上大河は生まれてこの方、趣味というモノを持ったことがない。
いや、ゲームとかスポーツとか、そういうものも人並み程度には嗜むのだが、それでも、そうまでして熱中するほどのジャンルへの出会いは、今まで一度もなかった。
それ故、こういった時間の大半は、家に帰って寝るかテレビでも見ながら、貴重な時間を怠惰のままに過ごしているのが常だ。
友人と遊ぶ――などということも、あまりない。
そも彼には友人と呼べる存在が自体が数少ない。
それに、唯一(は言い過ぎ)の友人たる不知冬弥も人を遊びに誘うような人間ではない。
随分社交的な性格の冬弥ではあるが、不思議なことに、一番親しい仲である大河ですら、彼と遊びに出かけたことは一度もない。
まぁ、そんな諸々の理由が少なからず起因して、大上大河は堕落する。ただただ怠惰の名のもとに惰眠を貪るのであった。
――いや、そのはずだった。
「――大上くん」
という、自身の名を呼ぶ声に首を振り向く。大上はこの教室に俺一人しかいない。だから、必然的にそれは俺を呼んでいることになるのだ。
振り向く――と、そこには一人の女子生徒が立っていた。
「西条……」
学校のアイドル、クラスのマドンナ。西条詩陰の姿がそこにはあった。
「大上くん。少し時間いいかしら?」
「――……」
西条の問いに、無意識ながら、おもわずだんまりを決め込んでしまっていた。
だが、――そう。きっとこの時、イヤな予感が俺の脳裏に過ったのだ。
イヤな予感とは、先日の夜の出来事。
夜の公園で起きた――魔法のような出来事。
あのよく分からない、異形の生物。そして、あの巫女の存在。
――彼女の顔を見ていると、どうしてもそれが、鮮明に思い出させる。
「大上くん?」
「あ、ごめん。――えっと、なんだっけ?」
呆れるように嘆息を漏らし、煩わしそうにもう一度言う。
「だから、今時間あるかしら? 少し話したいことがあるのだけど」
話したいこと――か。
「――いいよ。俺もちょうど、西条に聞きたいことがあったんだ」
そうだ。あの夜の巫女さんは、本当に西条なのか。仮に、あの夜の巫女が西条なのだとしたら、あの夜、あそこで一体何をしていたのか。俺はソレを確かめたかった。
だから俺は、俺の本能が発する危険信号もといイヤな予感を無視して、彼女から話を聞こうと思った。
「そう。なら、よかった」
彼女はクスリと微笑み、二人きりになった教室のドアを閉めた。
――否。ただ扉を閉めるだけならまだしも、彼女は当然の如く、丁寧に施錠まで施した。
「あ、あの」
「なに?」
不思議そうな表情でこちらに振り向く西条詩陰。
「いや、鍵までかける必要あったのかなって」
ていうか何でドアを閉めたんだ。
そんな俺の問いに、またもや口端を釣り上げて微笑む彼女。俺は何故か、彼女のそれがやけに恐ろしく思えた。
「――ええ。だって、こうしないと意味がないのだもの」
「――……?」
意味がないってのはどういうことだろう。疑問に思ったが、今度は訊ねなかった。
いや、正確には尋ねられなかった――だ。
彼女は何故か、教室の鍵を閉めると黒板の方へと歩いて行き、教卓の前で立ち止まった。
そして大胆ながら、一足のもとに卓上へと上がり、教卓にふんぞり返るという、生徒にあるまじき行為に出た。
脚と腕を組み、手を顎において――それはもはや完全に、あの優等生としての西条詩陰のとる行動から逸脱していたと言える。
「――さて、私に聞きたいことがあるんだったわね。大上くん?」
「あ、ああ」
なんか、キャラ変わってないか、コイツ?
「まぁ、大方の予想はつくのだけど、あえて確認するわね」
数秒の沈黙を置いて、再び、彼女の口が開く。
「大上くん。貴方が聞きたいのはあの夜――つまり、三月二七日の夜一九時ごろに起きた、あの公園での話。――でしょう?」
「――っ!」
息が詰まる感覚。咄嗟に、声が出なかった。
西条詩陰の言った通り。俺が聞きたかったのはそのことだ。
だが、あまりにもそれは的確で、痛烈に的を得ていたため、まるで心臓を鷲掴みされたかのような気分であった。
西条の問いに、俺は素直に、ああ、と首肯した。
そして、今度はこちらの番だとと言わんばかりに、続けて質問する。
「だが、その言い回し。――ということは、あの夜の巫女さんはお前ってことでいいんだな? 西条」
俺の問いにあちらも、ええ、と首肯する。
再び、彼女の顔を見やると、彼女はいやらしく口端を吊り上げ、恐ろしいほど愉快気に笑っていた。
「ええ、その通り。あの夜の巫女は私です。この、西条詩陰です」
そんな、堂々とした告白に、思わず生唾を飲み込む。
――ゴクリ。そんな生々しい音が、オノマトペよろしく、静寂した教室に響く。
緊張が、身体を支配していくのが実感できる。
彼女は今、自ら認めた。肯定した。あの夜の巫女が、自身であると。他でもない、西条詩陰自身であるのだと。
「そ、それじゃあ、次の質問。――お前一体、あんな時間にあんなとこでなにやってたんだ?」
ここで俺は、今回最も気になっていたコトへと、話を切り出した。
それはやはり、西条があの日あの場所で何をしていたのか――というコトに他ならない。
あの場所で何をしていたのか、あの強烈な発光はなんなのか。――そして、あの黒い異形な生物は何なのか。それらを、知りたいと思った。
そんな俺の問いに、彼女は淡々と答えた――否。逆に、問うた。
「――大上くんは、《妖怪》って信じてる?」
「妖怪~~?」
突然、そんな意味不明な、脈絡もない話題に切り替えた西条。続けるように、止まることなく少女は語る。
「ええ、妖怪。私があの日あの場所で行っていたのは妖怪退治です」
「妖怪退治……」
妖怪退治。――なるほど。あの夜の黒いアレ。アイツは確かに、いわゆる妖怪と呼ばれるそれに、該当していても何ら問題ないだろう。
だが、《妖怪》。妖怪なんて、そんな本当にこの世に存在するのか分からない存在。それは、到底信用できる話ではないのだが――実際、俺はこの目でソレを確認している。
あれは確実に、間違いなくこの世のものではなく、それにまつわる何かだと思った。
だから、そんな荒唐無稽な彼女の話も、こうして簡単に信じることが出来た。
もとより、信じるしかなかった。
「まぁ、妖怪退治って言っても、厳密には使い魔。全く異なったものなのだけど」
どっちだよ。と、心の中で小言のように呟く。
「妖怪退治――というよりは、魔法戦と言った方が正しいかしらね」
「魔法、戦――?」
聞き慣れない言葉。俺の問いに、彼女はまたもや、ええ、と二つ返事に首を縦に振った。
「魔法合戦。魔法使い同士が行う戦闘を総称して、私たちはそう呼んでいるわ」
「魔法使い同士の、戦闘――?」
再び、ええ、と頷く西条。
――魔法使い同士の、戦闘。
「それはつまり――お前は〝魔法使い〟だってことでいいのか?」
「ええ」
こちらも、二つ返事だった。――が、
「だから、――貴方には死んでもらわないといけないの」
そんな、とんでもないことを呟き、教卓からピョンと飛び降りた。
「―――――は?」
俺のこの反応は至極当然なモノと言える。
だって、いきなり、死んでもらうだなんて――そんな些か脈絡に欠けた展開を、困惑せずしてどうしろというのだ。
「あの場を見られたというのは、私にとっては死活問題なの。――だから、口封じとして、貴方を殺さなくちゃいけないの」
彼女は一切の躊躇いなく、さもそれが当然のように、言う。
そして、懐より一枚のお札を取り出した。
「や! ま、待て。話をしよう」
「は?」
今度は彼女がよくわからない反応をした。何言ってるんだコイツ? といった、そんな感じの表情だ。
「いや、そんな殺すとか物騒だし、穏やかじゃないじゃん? だから一度話し合おう。それにもしかしたら、話し合いで解決できるかもしれない。口封じだからって、最初っから殺す――なんて手段、いくらなんでも物騒すぎだろ。ここはひとつ、話し合いで解決しようじゃないか!」
アハハハ、と苦笑いにも似た愛想笑いを浮かべ、切羽詰まったかのように、必死に話し合いを提案した。
俺がここまで必死になった理由としては、あのお札だ。
あのお札はあの夜、彼女が妖怪と呼んでいたその相手に用い、一瞬で消し炭にした、現代の兵器なんかメじゃないほどに強力な武器なのだ。
あの発光や膨大な熱力の理屈はわからない。――けど、彼女が魔法使いだってんなら、それこそもう、なんでもありなんだろう。
そも、本来なら魔法使いなんて、そんな作り話のような荒唐無稽、誰も信用するはずもないのだが、俺は違う。
現に、この目で見てしまったから――だ。
これ以上の判断材料など、この世のどこにも存在しない。自らの眼で肌で、その事実を、誰よりも深く理解している。
だからこそ、西条の俺を殺すと言うその言葉に、異常なまでの危機感を感じたのだ。
あの夜の魔法使いなら、きっと出来る。
あの妖怪を蹴散らした光の札。――あれでなら、人間なんてすぐに消し炭に出来よう。
「だから、な? 一緒に考えようぜ。時間なんて、それこそいくらでもあるじゃん」
「うん。悪いけどそれ、無理だから」
即答。情状酌量の余地もなければ1mmの同情すらない。
言って、数枚の札を虚空に投げる。
俺はこの時、自身の命の終わり――つまり死を悟った。――が、案の定、例の発光は見受けられず、代わりに真っ白な白煙が教室を埋め尽くした。
しめた。この煙に乗じて、この場から逃げよう。そう思案した俺は、一目散に教室の出入り口へと向かい、横開きのドアを開いて外に出――――――…………れなかった。
「なんだこりゃ!?」
少し力を加えれば横にスライドするはずだった教室のドアがいくら力を加えても開かない。万力で固定されたそれは、俺の努力を嘲笑うようにビクともしない。
「無駄よ」
白煙の向こうから、先程までとは打って変って落ち着いた、西条の声が響いた。
「この教室は今現在、俗世とは隔離された異界と化している。物理的にも概念的にも」
何を言ってるのかまるで理解出来なかったが、とにかくこの扉は絶対に開かないのだと悟った。
扉自体に施された鍵が作用しているのではない。鍵は簡単に解除できた。――が、解錠したはずのドアは一向に開かない。これは施錠云々の問題ではないのだ。
――これが、西条詩陰という魔法使いによって齎された、魔法の一つだとでも言うのか。
「大人しくここで殺されなさい、大上くん。大人しくするなら痛くはしないわよ」
煙が晴れる。周囲が顕わになる。視界が、すこぶる良好だ。良好過ぎて、見たくないものまで、眼中に収めてしまう始末。
「――痛く、しない……だって?」
ええ、と首肯する西条。
「――有り得ねえ」
有り得ねえ。痛くないわけがねえ。だって――
「なんだよ、そのバケモノ……?」
――煙が晴れた教室。先程まで皆無だった存在。
西条詩陰の隣に、二メートルは優に越そう巨大な鎧武者。
落武者。
落人。
とにかくそんな、そのような風貌の巨大な体躯。その手にはなにやら、古びた日本刀のようなものが握られていた。
とにかく、その落武者はデカかった。天井など、手を伸ばせば突き抜けてしまいそうに低い。――否。天井が低いのではない。こいつが異常に高いのだ。身長だけでなく、その手に持つ得物ですら、その丈はるか二メートルを超える。
「あら、バケモノだなんて、そんな酷いコト言わないで欲しいわね。この子は私の式神、弁慶よ」
「式神――?」
「そう、式神。私のような魔法使いは物理的破壊力に欠けるから、こうした人ならざる式神を使役して戦うの」
言っていることから全て、何から何まで意味不明だが。――とりあえず、コイツはヤバイ。それだけは、言われずとも理解出来た。
式神。西条の言うコイツ。――多分、コイツはあまりよくないモノだ。
彼女の言う魔法とかそんな、俺にはよく分からないし理解なんて出来る筈がないけど、――これだけは理解できる。
コイツは、この落武者は、あの夜の黒い影と同じ臭いがする。
あの黒い影を、彼女は妖怪と呼んでいた。
そして、コイツもまた人ならざる存在。――確実に、ヤバイ。
「ふしゅー――――!」
ロボ超人のような呼吸音を上げ、剣を構え、コチラを睨む。
鎧の奥の、その瞳の無い瞳と視線を合わす。
交錯。殺気の浸食。走馬灯。悟り――自身の死を垣間見た大河。どうあっても、この状況からは逃げられないのだと悟り、諦めたようにため息をこぼす。
いや、もしかしたら、見かけ倒し――ということも、無きにしも非ず。この鎧武者、実はものすごく弱いのかも。
――そうだよ。あの夜の妖怪だって、実際はそんなに恐ろしいモノじゃなかったんじゃないのか? だって、西条はまるで害虫駆除のように業務的に坦々とやっつけていた。だから、もしかしたらコイツだって、本当はそんなに恐ろしいものじゃないんじゃないかな。
そうか、それならもしかしてもしかすると俺でもやっつけるおとは可能かもしれない。
そうさ。恐れる心配なんて皆無。ポジティブに、ポジティブに状況を見据えよう。
――そして、ここに来てようやく俺は気付いた。先程から妙に時間の経過が遅く、頭だけはよく回るなぁ――と、そう思っていたが実際そう。これは、ヒトが死ぬ直前とかに体験する走馬灯やその類のモノではないのかということを――――――っ!?
瞬間、空気が泣いた。
荒れる教室。弾き飛び粉砕し、須く破壊される机机。まるでそれは、教室の中で像が暴れているかのような風景であった。
横薙ぎに繰り出される線の暴力。
象の鼻めいた湾曲かつ屈強な横薙ぎは、まさしく圧倒的。
ゴウ、という空気の引き裂き音。教室を支配するは圧倒的な武力と、巨大な虚無感。――そして、逃れられない死の空気。
大上大河は死んだ。
間違いなく死んだ。
一瞬の殺害権利。それを行使するは、ゴリラ以上の腕力が生む、日本刀のホームランスイング――避けられる筈がない。
ましてや、その運動を目で捉えるなど不可能であろう。事実それは、プロ野球選手のスイングよりも早く、重い。――なれば、人間の動体視力など、毛ほどの意味もなさない。――が、
「――は、」
大上大河は生きていた。
当然のように生きていた。アホ面さげて、生きていた。
「えっと……はぁ!?」
声を上げたのは西条詩陰だ。
無理もない。――だって、それを躱すなんて、有り得ないだろう。
「ま、まぐれ……よね?」
まぐれだ。まぐれに決まっている。
時速にして二〇〇キロを超えるであろう速さの横運動。人間の眼では捉えられない、認識・知覚することが出来ない速度。
それに反応し回避するなど、絶対に不可能だ。
――だからまぐれ。そうでなければ、理屈に合わない。
まぐれであるなら問題ない。いくら勘が良くてもいずれは当たる。そう考えた詩陰は、式神を動かした。命令した。
「かまわず攻撃しなさいっ! まぐれならいつかは当たる! いいから続けなさい!」
「ふしゅー――――っ!!」
再び、日本刀が繰り出される。今度は一閃のみにあらず。
何度も何度も、その剣を振るう。一、二、三、四――横だけでなく縦、斜めからも何度も。何度も何度も何度も、轟音と共に破壊は繰り返された。
教室の机などもはや木端微塵。木々の粉塵さえ埃のように舞う始末。今度こそ、この攻撃でなら殺せたはずだ。
――が、それらを嘲笑うかのごとく、大上大河は立っていた。
「――なんで……」
なんで、式神の攻撃を躱せているんだ。
その身体はまるで傷ついておらず、言ってしまえばそれは無傷であった。
有り得ない。驚愕と混乱に陥っていた西条詩陰の耳に、もっと有り得ない言葉が響く。
「――なんでって、逆になんで避けれないんだ、これ?」
「―――――は?」
困惑の極み。何を言っているんだ、この馬鹿は?
それは何食わぬ顔――というより、逆に「何言ってんだコイツ?」みたいな、本気でわかってない人間の表情のそれだ。余計にムカつく。最近はやりのチート系主人公気取りか?
おかしい。私は間違ってないはずだ。だって、ただの人間がそんな――こんな、むちゃくちゃなコト。式神の攻撃を凌ぎきるだなんて。有り得ない。
――まさか、彼も魔法使い……!?
西条詩陰の予想とは裏腹に、大上大河は極めて通常であった。
普通であった。
ただいつも通りの、普遍的で凡庸な大上大河であった。
彼は魔法使いなどではない。
「――続けて……続けるのよ弁慶! 必ず当たる――いや、当てるのよ!」
なおも続く剣戟連弾。それらの一つ一つを確実に、確実に捌き避ける大河。
大上大河は常人のそれを遥かに超えた能力――否、超越した異端なる潜在的能力を数点有している。……その一端が、並外れた動体視力。式神の豪速の攻撃を容易く見抜き、軌道を視認するそれ。
次に反射神経。例え動体視力のそれが攻撃の軌道を捉えたとして、それに反応する反射神経がなければ、それらを避けるなど到底不可能だ。
以上の二点において、大上大河は常人より数段優れた能力を有する。ソレが起因し、おおむね余裕で避けれる程度に反応できていた。
「なんで―――!」
駄々をこねる子供のような詩陰の態度に、大河自身、少なからず動揺を隠せない様子だ。
だが、大河自身不思議でならないのだ。
何故そんなに、これを躱していることが不思議なのか――だ。
大河からしてみればこれは避けれない攻撃ではない。子供でも躱せるレベルだ。
だが、大河の知覚するそれと、詩陰の知覚するスピードの感覚の差異は圧倒的だった。
無理もない。――お互いに、互いを知らなさ過ぎた結果と言えるだろう。
「いい加減に――」
このままじゃジリ貧だ。そう悟ってか、式神の攻撃の隙を突き、懐へと踏み込んで拳を握る大河。
あんなノロイ攻撃しかできないヤツだ。耐久力も大したコトないだろう。――そう考えた大河は、鎧武者のどてっ腹に一発ぶち込んでやろうと考えた。
――だがそれは、完全に自殺行為でもあったと言える。
式神とは、いわば実態を得た霊体。つまりは魂だ。魔法使いでない大河では知り得ない知識、それは異なる魂同士の接触による拒絶反応。
魂とはつまるところ、存在の核である。異なる霊魂同士が触れあうと、様々な拒絶反応を起こす。拒絶反応を起こすと、多くの場合が魂の情報配列に異常をきたし、存在そのものが崩壊する……らしい。無論、それによって齎されるは死だ。――否。それはただの死などではない。それは肉体的にも、存在的にも死滅する、魂そのものが死を迎えるのだ。
それを思い、刹那、西条詩陰は勝利を確信した。
式神の核。つまり、霊体としての核が保管された動体との接触。それも、術式プロテクト抜きの生身。確実に死んだ。
「いい加減にしやがれ!!」
激昂。コンマ数秒の後、二つは衝突し、弾き飛んだ。
――そう、弾き飛んだ。
鎧武者の、巨大な体躯だけが――だ。
「な――っ!?」
吹き飛ぶ。弾け飛ぶ。爆発四散する。大河に殴られ弾け飛んだ式神の身体は、壁に激突しその身を粉砕した。
またもや理解不能。何故。
何故、大上大河があの巨躯を弾き飛ばすことが出来た。
何故だ。何故なんだ。何が、何が起きているんだ。
だって、その身体の総重量はゴリラのそれを軽く超える。人間の拳と腕力でそれを殴り飛ばそうなどしてみろ、拳は砕け、上乗せした重量分の反動が全身を砕くだろう。
――が、それらは一向に見受けられない。むしろピンピンしている。
そもそも彼は魔法使いでもなんでもない素人だ。前提として、プロテクト抜きの生身で式神に接触する行為に死以外の結果は有り得ない筈だ。
「そんな、ことって……」
膝から地面に崩れ落ちる。西条詩陰は完全に戦意喪失した。最早、戦う気力など残ってはいまい。
式神、不属・弁慶は西条詩陰の手札の中でも最上級のカードのひとつだ。
七儺、菅公、そして件の不属。この三つはいずれも召喚し、式神として拵えるまで数週間を要するほど極めて高位の式神である。それをどこの馬の骨とも知れない――ましてや、魔法使いでもないただの人間に倒された。その事象は西条詩陰の情報処理能力と理解力の範疇を大幅に逸脱していた。
それを悟ってか、大河もまた、詩陰へと近づき話かける。
「――な、なぁ」
ジロリ。親の仇でも見るように強烈な視線に、若干怯む。
「何よ」
恨み嫉み妬みといった負の要素をありったけ込めた呪いのような声音。完全にキレてる。
「あのさ、一応勝負はついたみたいだし……――だから、少し教えてくれないかな」
大河のそんな申し出は、少女にとって予想外と言えた。
――教えて? 彼は一体、何について教えて欲しいと言うのだ?
「教えてって。――アンタ、何を教えて欲しいってのよ」
「それは――」
言って、最後まで言う事無く、それを挟むように、一つの声が遮った。
「――それは、また後で、だ」
え―――――――――――――――。
瞬間、大上大河の視界は真っ白になった。
聞き覚えのある、女性キーの声音を耳にするを最後。首筋に、強烈なまでの衝撃が走る――――。
「――
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