004:幕間「魔法使いたち」

 ――魔法使いは、姿を隠さねばなりません。



   ◆



 始業式が終了し、生徒はそれぞれの教室に戻りLHRを行う。

 LHRとは基本、担任の教師が指揮進行を務め進めていくもの。そのため担任教師は己が教室へとすぐに戻らなくてはならない。そうでないと、一向にLHRが始まらないためだ。

 それ故、こういった行事後、少なくとも一〇分以内にはたいていの担任教師が自身の教室へと戻るのだが、どうにもここに、その限りに収まらない新任の教師が一人と、生徒が一人。


 体育館裏。旧いマンガやアニメ等では、不良のたまり場や呼び出し場等にたびたび描写されるそれではあるが、実際はそんな華やかな場所などではない。

 実際は教職員の車など、使われなくなった焼却炉やゴミ捨て場など、そういった廃れた要素が目立つ学校の負の一角だ。――ただ、人気が少ない、という面で見てみれば、ここは、校内におけるどこより優れた場所であるといえよう。

 この二人もまた、それ故にここへと来たのだから。否、連れてきた、と連れてこられたの方が正しい。


 「――で、何考えてんの?」


 栗色の長髪を紐で束ねた制服の少女。辛口に似合った重い表情をしており、腕組みに仁王立ちまでしている。かなり威圧的な少女とは裏腹に、眼前の女性はヘラヘラとさぞ愉快げだった。


 「ん。なに、とは?」

 「なによあの自己紹介は――って言ってんのよ! 私は魔法使いなのですよぉ? ……ほんっと馬鹿かっての。《学会》に知られでもしたらどうすんのよ」


 全く、と悪態をつき、ひとしきり言いたいことを言い連ねた少女に対し、ぶっきらぼうに頭を掻きながら女性は言う。


 「酷い言われようだなぁ。まあ事実だし仕方ないんだけどね」


 あくまで軽い口調と態度。恐らく、今自分が怒られている是非を理解していないのだろう。そんな女性にため息を禁じ得ない少女。


 「……はぁ、なんか疲れた。――で、ソレとは別に、日本に来たってことは手伝ってくれるってことでいいのよね?」


 怪訝そうな面持ちで、腹を探るように尋ねる。


 「うん、勿論。私はシオンちゃんのお手伝いをするために日本へ帰って来たのだ」

 「どうだか。私の件は建前で、本当は別に用があったりしてね」


 呆れた物言いに、アハハ、と申し訳なさそうに笑う女性。図星だったようだ。


 「まぁ、教師になるってのは、私の昔からの夢なのだよ」

 「ただ教師をやりたいだけってんなら向こうでも出来たことでしょ」


 その、少女の一言に、おや? と眉を顰める女性。


 「本当は何が狙いなの。貴女の目的は何? 『The only one』東雲カレン」


 少女の問いを境に、暫くの沈黙が続く。少女の目つきのソレは尋常ではない。もはやそれは、何者をも寄せ付けぬ威圧を孕んだ睨み。誰も信用していないような、誰も信じていないような――あれは、完全に追い込まれた人間の目つきである。五年越しに会う幼馴染の私にさえその眼を向けるのだ。これは、生半可な覚悟や想いでは無かろう。

 少女の眼を見て察し、悟し――理解した女性は、嘆息にも似た微笑みを零す。


 「……まぁ、教師になってみたかった――というのは、少なからず事実だよ。あと、君のお手伝いに来たというのも本当さ。可愛い幼馴染の頼み、聞かないわけにもいかないでしょう。そしてそうさね。君の言う通り、私が日本に帰国した理由もそれだけじゃない」


 言って、女性は眼鏡を外す。彼女の――東雲カレンと呼ばれる女性の瞳が、純黒のそれより澄んだ紅へと変色する。


 「私には私で、ちゃんとした目的があるのさ」


 カレンの面持ちが、先程までのおちゃらけたそれとは打って変った、少しだけ本気を帯びた表情へと変貌する。

 静かな微笑み。まるで、泣きじゃくる我が子に向ける、母親の慈愛に満ちた笑顔のそれ。

 そんなカレンの表情を見て、安堵からかため息をこぼす。

 実際に彼女、西条詩陰は東雲カレンとは付き合いが長い。それゆえ理解出来る。普段はおちゃらけ気味の彼女ではあるが、こういった表情の時は、大凡が本気の時なのだ。これでようやく、本腰を入れて話が出来るというもの。


 「まぁいいわ。それじゃあ、今回の件を詳しく説明するけど。貴女、手紙で大凡の内容は理解しているでしょう?」

 「勿論だとも。――君もまぁ、苦労しているようだね。


 カレンの言葉に、バツが悪くなったように顔を逸らす。


 「言わないでよ、私はまだ半人前だ。とても、姉さんのようには上手くいかない」


 気まずさ――というより、恥じらうといった態度。

 そんな少女を前に東雲カレンは、ふむ、と口を紡ぐ。彼女もまた、西条詩陰の複雑な事情を理解しているのだ。


 「さしあたって、私はどうしたらいいかね?」


 カレンは純粋に、詩陰の指示に従うことにした。今回の依頼主――という言い方はこの場合、あまり適してはいないのだが、まぁ、今回のソレは彼女、西条詩陰だ。それ故、彼女の言い分を最優先することは少なからず必要事項であった。

 それに、ここは日本。カレンも生まれは日本ではあるが、そも彼女のホームグラウンドは極東圏ではない。日本には日本なりのルールと土台がある。それは、彼女たちにとっては致命的ともなり得る要素の一つだった。


 「この土地は私のような部外者より君達 《神道》の使い手にアドバンテージがある。下手に私が動くより、君に指示を仰ぐ方がいいだろう」

 「そうね。もとより私もそのつもりだったのだけど、理解しているのなら話は早いわ」

 「――で、私は何をすればいいんだい? 敵の殲滅? 見敵必殺? サーチアンドデストロイ?」

 「それ、実質選択肢が一つしかないじゃない。――ていうか、そのことなんだけど」


 言って、再びバツが悪そうにそっぽを向く。


 「悪いんだけど、私、ちょっとドジ踏んだのよ」


 ほう、と頷くカレン。詩陰とは打って変って至極落ち着いた様子ではあるが、その実内心わずかに驚嘆している。

 彼女の中での西条詩陰は、極めて優秀な人間であった。その詩陰が――学院時代、自分と並ぶ程度に優秀な生徒だった彼女が、ドジを踏んだと、屈託なくそう言うのだから、それは驚いて然るべきことであった。


 「うん。それで、そのドジっていうのは具体的に?」

 「見られたのよ、一般人に」

 「あちゃー」


 落胆に近いため息。なるほど。これは相当の大事だと、カレンは理解した。


 「ついてはまず、貴女には私と共に、その後始末をつけて貰うわ」

 「請け負った。その、目星はついているのかな?」

 「当然。貴女にも分かる相手だから、まぁ、誘き出すのは容易いわ」

 「ん? 私にも分かる相手?」


 詩陰の言葉に一抹の疑問を覚えたカレン。そんな彼女に対して、西条詩陰は一つの写真を差し出す。


 「私のクラスメイト。つまるところ、貴女の請け負ったクラスの生徒の内の一人よ」

 「あぁ、なるほど。彼かぁ」


 顔は分かるよ、と付け足して写真を返す。あの短期間で顔を覚えるとは、とわずかに感心する。


 「それにしても、この写真はどこで? まさか君が個人的に?」

 「なっ――!?」


 カレンの問いかけに、顔を赤らめて驚く詩陰。図星か? というカレンの付け足しに、今度こそ何かが爆発した。


 「そっ、そんなわけないでしょ! こ、これは単に、さっき体育館に行く前、職員室から抜き出しただけのものよっ! ま、まったく、なに言ってんのよバカ!」

 「バカとはまた酷いことを言うなぁ」

 「アンタが変なコト言うからよ! まったく……」


 二回ほど、深呼吸。だいぶ落ち着きが戻ってきたため、話を引き戻す。


 「じゃあ、目撃者の後始末は今夜中に片付けましょう。明日からは本腰を入れて対策を練りたいもの」

 「そうねぇ。それじゃあ、ひとまずは方針が立ったわけね」


 そういうこと、と答える詩陰。


 「それじゃあ、一旦この話は切り上げましょう。流石にそろそろ教室に帰らないと」


 カレンが話を切り上げ、教室へ帰ろうと踵を消したその時、詩陰がそれを呼び止める。


 「あ、最後に一つ確認なんだけど――いい?」


 詩陰の問いに、いいよー、快くと返すカレン。


 「確認と言うより質問なんだけど、貴女の言う貴女の目的って結局なんなの? 一応、クライアントとして、友人として確認しておきたいのよ」

 「――なるほど」


 と、一拍置き、腕を組んで何か思案するように顎に手を置く。その様子に、詩陰は訝しげな視線を向けるが、カレンは微笑んで返す。


 「いやいやぁ、なにも邪まなことなんて考えちゃいないさ。ただ、なんて説明しようか迷っていたところなんだけどね。うん」

 「説明を迷っていたぁ?」

 「そう。ただ、もう説明できるから。……うーん、そうだねぇ。まぁ端的に説明するならモノ探し――いや、人探しだね」


 物探しと人探し、この二つにはどうしようもない天と地ほどの差と違いが存在するのだが、つっこむべきか否か思案した末、詩陰はスルーすることにした。


 「人探しねぇ。それって、どんな人?」

 「うーん。それが人じゃないんだよねぇ」

 「は? それってどういうことよ?」


 探す対象が人じゃないのに人探し? 言ってる意味がてんで分からない。


 「そう。人じゃないんだよねぇ。かといって物ってわけでもないから、この際、それは一応なりに人の形をしているんで、人探しって言った方が適切かなって」

 「――なんか、よく分かんないわね」

 「まぁ、こちらの事情だからねぇ。無理に君が手を煩ってくれる必要はないよ」


 そう、と一息つく詩陰。徐に見上げた空は、当然青かった。それはまるで、近頃疲労が積み重なりいっぱいいっぱいな自身の心境を、体現しているようにも思えた。

 ほっ、とため息を吐く。この忙しい時期に現れた、自身にとっては厄災とも呼べるあの夜の出来事を想起する。苛立ちからか、目元が強張る感覚を覚える。再び零したため息と共に、視線を元に戻す。


 「それじゃあ、教室に戻りましょう。春さんの手も借りるだろうし、打ち合わせしとかないと」

 うむ、と頷くカレン。足早に、教室へと歩みを進める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る