第2話 ― 11

「――とまあ、このような事態になっていなければよいのですが」

「……ナナミちゃん、シャレになってないんだけど」


 異世界への転生を果たした利用者様について思いを馳せつつ、ハヤセさんにその予想を語っておりましたところ、返ってきたのは若干引きつり気味な笑顔でございました。


「洒落ではなく、あくまでも予想ですので。私はあくまでも冥界の一職員として行うべき仕事を行っただけに過ぎません」

「いやぁ、それにしては予想内容がエグイでしょ」

「転生された世界を考えると、そう有り得ない話でもございませんので」

「あと、イメージ内での俺の扱いが酷いのはいいけど、ナルシスト過ぎるでしょナナミちゃん。平然と自分の外見ネタ持ち込んでたし」

「私、自身の外見には絶対の自信を持っておりますので」


 ハヤセさんの言葉に返答をしながら、私は再び自分のデスクに置かれていたファイルを手に取りました。


 事実は小説よりも奇なり、と申し上げました通り、異世界というものは実に数が多く多種多様なものが揃っております。その中には当然ですが、文明のレベルや危険な生物の有無、天候や自然災害の規模と頻度など、善し悪しの差も存在しております。

 陸地が一切存在せず海上に船でコロニーを作って人類が生存している異世界もあれば、人間を丸呑みにできるような巨大な昆虫が支配している世界や、空から炎が降り注ぐ天候の存在する異世界までそれはもうなんでもありと言えるでしょう。


 私が今日管理していた書類というのは、そのような「七七七号世界の住人が転生するには難がある世界」からの求人票をまとめたものでございました。ここには世界そのものの都合以外にも、そこに住まう人々の治安や生活水準が極端に悪いものも含まれております。

 世界そのものが豊かではないため常に飢えや疫病と戦っている世界、貴族制度が徹底され過ぎたために転生者のような身分不明の者は人として扱われぬ世界、既に世界の支配権限が人類以外の存在に置き換わっている世界。どれも転生したとして穏やかな生活も華々しい活躍も望めず、高確率で転生者が早死にしてしまうだろうと思われる世界からも、求人票は届くのです。


 これらの異世界を「求人票」と同様に現世の言葉で指して「ブラック異世界」と呼ばせていただいております。原則として職員が目を通した際に、条件や世界の状態から「ブラック異世界である」と判断したものは利用者様の転生先候補からは外して、一つの書類にまとめて保管した後に転生先候補には含められない旨を該当世界の冥界へ通達する決まりとなっておりました。


 今回の利用者様にお渡ししたのはその中の一枚で、世界全体で貧富の差が激しく、また貧民の比率が圧倒的多数のために世界のほぼ全体がスラム街のような有様となっている案件。

 犯罪上等、他人は資源、欲しいものは相手を殺害してでも奪い取って、それがそのまま武勇伝としてまかり通る場所。向こうの冥界からの要求も「治安の悪さに心折られないガッツがある人物」などというもので、本来なら到底紹介できるものではなかったのですが。


「なんであの世界わざわざ紹介したの」

「利用者様の徳の積み方を鑑みるに、治安が悪い所でも問題なく馴染んでいけるガッツはあるかと判断できましたので。助成金もあの世界なら、多少影響力があるものも許容すると書かれておりましたし、私個人の裁量ですが利用者様の希望に最も沿える世界だったかと」

「ぜーったい、私怨でしょ。上の人にバレたら叱られるよ」


 ハヤセさんはそのように笑われますが、とんでもございません。あくまでも私は職員として、転生先の異世界候補から最適な物を選ばせていただいただけにすぎませんので。

 確かに少々、そこそこ、かなり、多大なる不快感はありましたので、その職務内容に私情が影響をしなかったかと問われれば返答は致しかねますが、しかし。私は仕事に対して真面目に取り組むという一点におきましては決して適当なことは致しません。


「現世では、死後の世界を天国と地獄という風に分ける考えもございます」

「あくどい徳の稼ぎ方してたから閻魔様の代わりに地獄に送ったよー、って言うつもり?」


 さて、何と答えたものでしょう。実を言いますと、そんな考えが多少は無くもなかったのですが。いざ口に出してみますとそれは冥界の職員としてはひどく傲慢なことなのではないでしょうか。

 しばらく言葉に迷った私の口から出たのは、


「……現世の基準ですと、間違っていた、でしょうか」


 という、問いかけでございました。


「まあ、ここの職員基準で言うとやりすぎでしょ、そりゃ。二度も三度もやったら絶対説教くらうよこんなん。あの冷徹ナナミちゃんがこんな措置取るとか超驚いた」


 返すハヤセさんの言葉は実にあっさりしております。どこか呆れるような声音が混ざっているように感じるのは決して気のせいではないでしょう。


「……けどまあ、あの利用者さんは本当に酷かったしなぁ。俺は、不謹慎だけど横で見ていてスカッとしたよ。ざまあみろって、内心。だから今回に限っては特例でいいんじゃない?」

「ルールとしては間違っていても、ですか」

「人間ってそういうもんだよ。ルールだけを基準にきっちり管理するのなんてお役所のルール上じゃなきゃ無理。それにほら、それこそ現世のルールで言えばあの利用者さん超悪いから。ルールがどうとか言うならあれで相応の罰が当たらないほうが間違ってる。昔から悪い奴はちゃんと罰を受けるべしってのが現世のルールだよ」


 その言葉を聞いて、ふと脳裏にとある言葉が浮かびました。


「……勧善懲悪のお約束、ということでしょうか」


 そう口にしたときでした。ハヤセさんはまるで電流でも流れたかのように体をびくりと震わせて、表情を険しくしたのです。ほんの一瞬だけの出来事でございました。瞬きをして、その次の瞬間には普段の軽薄そうな顔が笑顔を浮かべておりました。


「ナナミちゃーん、それさあ、俺ちょっと刺さるんだけど。魔王になった経験ある身としては」


 そういえば、目の前の同僚はそういう経緯を持った元転生者でございました。表情が険しくなった理由もその辺りでしょうか。確かに少々不躾な物言いだったかと私、深く反省いたしました。


「ま、いいや。次からはこういう特別措置は無しでお願いするよ」


 そう言って笑ったのとほぼ同時に、窓口横にある発券機が起動する音が聞こえました。今最も近くにいるのは私とハヤセさんでしたが、ハヤセさんが動く気配はございません。

 視線が合うと、少しだけ申し訳なさそうな笑顔が返ってまいります。どうやらこの話題についてはここで切り上げとなるようです。先ほどの険しい表情を気にしつつも、それ以上尋ねられない私にできることは、未だ無人の受付窓口に小走りで向かう事だけでございました。

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