第2話 ― 10

***


 青年の転生した先は、土と岩ばかりが目立つ景色の真ん中に位置する街だった。規模は比較的大きいようで、こちらの世界における日中の時間帯だけで全域を歩き回ることはできそうになかった。一応、時間の感覚は前世とそう違いが無いらしいことだけは救いである。


 それにしても酷い所だった、と彼は街中を歩きつつ、直前まで自分がいた場所を思い浮かべる。特に職員が良くない。特にあのハヤセとかいう担当だ。軽薄なカッコイイ自分、というのを気取ったイイ子ちゃんは彼が一番気に食わないタイプだ。顔がそれなりに良いのも気に入らない。

 チートスキルを要求すると途端に無理難題を吹っ掛けてきて、くだらない屁理屈を広げ始めたことも気に食わなかった。


 ――俺が異世界で格好よく無双するのに、嫉妬でもしたんだろ。ダセェ奴。


 彼の中で、ハヤセという男はそういう位置づけになった。彼的には見下してもいいタイプの筆頭である。尤も、自分に異を唱えるイイ子ちゃんはだいたい皆この位置に置かれることになるのだが。


 反対にあのナナミとかいう女はまあ話の分かる奴だったなと、青年は内心でその姿を思い出す。不愛想だが見た目もまあ悪くなかった。

 昔読んだライトノベルに死後の世界から美人の女神を連れて転生するものもあったな、と今更ながら思い出して後悔した。ああいうのを隣に侍らせておけばそれはそれで気分が良かっただろう。死んだ時に青年は高校を卒業してまだ間もない時期だったし、当然『そういう目的』での興味もたっぷりだ。


「ま、そういうのはこれから集めればいっかぁ」


 そうぼやきながら、街中の様子をぼんやりと眺めてみる。少なくとも裕福な地域ではないらしい。ぼろをまとった浮浪者らしい人間の姿もちらほらと見かける。異世界転生といえばまずは冒険者ギルドに登録して依頼を受けて……といった流れを想定していたのだが、広いくせにそういった施設の一つもまだ見つけられていない。

 言語は、どうやら一応通じなくはないらしい。冥界側のサポートなのか、それとも単に前世と言語がそれほど遠くない文法・意味合いの物だからなのかは不明だが、身振り手振りも含めればまあそれなりに意思疎通はできる。

 酒場らしい場所に入ったおかげで聞きなれない単語のいくつかは自分の知っている物と置き換えられた。酒、金、老人などなど。あとは肝臓や臓物を指すらしい単語もだ。


 一応勉強にはなったが、役立つかといわれれば微妙だ。酒も頼まないくせに居座るな、というような意味合いの言葉を投げられて、それ以上の言語学習は諦めた。

 とりあえず冒険者ギルドはどこか、ときょろきょろしながら街を歩いていたその時だった。


 とん、と背後から軽い衝撃が走り、青年はよろめいた。誰かがぶつかったのか、と振り返ろうとして、足に全く力が入らずその場に倒れ伏した。

 激しく咳き込んで、口から見たことのないような量の血が出れば察しはつく。


「おい。こいつ本当に刺してよかったのかい? ――の地域の客人だったら大変だぞ」

「平気さ、俺は――から見ていたが、どうも――とかそういうのはいないみたいだぜ」

「そりゃあいい。身寄りのないガキならこの――にも捨てるくらいいるが、こいつほど健康なのは珍しいしな。肝臓も、――も、金持ちのマニアなら――だって欲しがるさ。見たことのない色合いだぜ」


 ところどころ聞き取れないのは固有名詞だろうか。最後だけは動作で分かった。おそらく眼球だ。倒れた自分を引き起こして、目を覗き込んで言ったので間違いない。

 そのおかげで相手の素性も否応なしに理解させられる。自分のような素性の知れない人間の臓器なんかを金持ち相手に売りさばいているようだ。歩いてみた感想としては中世レベルの文明なのに、そういった技術だけは一丁前にあるらしい。

 ――まあでも、俺百年間不死身だしな。普通なら死ぬようなレベルでも無茶は効くし、そのうち逃げ出すチャンスくらい拾えるだろ。

 そんな油断しきった考えは、即座に後悔へと変わった。


「……おい。こいつ刺したところ治ってるぞ」

「なんだと? ――の――者か⁉」

「いや、そうじゃないだろ。印もないし。せいぜいただの――って所かね」

「驚かせやがって! ……しかし好都合じゃないか。刺してもこんなにすぐ傷が治るなら、――だって抜き取ってもすぐ生えてくるんじゃねえか?」

「試してみるか」


 直後、躊躇いも無く刃物が彼の右目を貫いた。激痛に悲鳴をあげてのた打ち回ろうとしたところを殴られ、取り押さえられる。


「この――野郎め。刺す奴があるか。貰える金が減るだろ」

「どうせ生えてくるならいいんだよ、確認用だ」

「もし生えなかったら……おお、本当だ、すぐ治るな。取り放題だ」

「うちの――なら地下空いてるぞ。そこに持っていこう。『縛る呪い』も使える奴を知ってる。取るだけ取りつくしたら、こいつ自身も高く売れそうだな」


 彼らの言葉を正確に聞き取っている余裕など当然ながら彼にはない。それでも、真っ黒に潰れた右の視界が既に回復しつつあるのは理解できた。理解できて、ぞっとした。痛みはまだ尾を引いている。治りはしても激痛は激痛だ。

 この後自分がどうなるか、わからないほど青年も察しは悪くない。


「や、やだよ……やめてくれ、そんな、惨い……」


 震える小声でつぶやく彼の言葉。耳を傾ける者はその場に一人もいなかった。


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