第2話 ― 9

 求人票を手に取ったまま、再び例の利用者様が待つ窓口へ戻ります。

 口元だけを器用に緩ませた表情をした利用者様の目の前で、その求人票に軽く目を通し、それからまずは説明を。


「先にご注意させていただきますが、利用者様の場合ですと助成金チートスキル制度はかなり審査が厳しいものとなります。私共は利用者様の性格適正審査をやり直すという手段に出ることも可能ですが、そうなってしまうと利用者様の転生許可は取り消される確率が非常に高いでしょう。この点ご理解いただけるようでしたら、このままお話を勧めさせていただきます」

「えー、なにそれ脅し? ってか結局チートスキル貰えないの? クソじゃん」

「いいえ、今回はこちらの確認不足により手続きに手間を生じさせてしまったお詫びもございますので、そちらの方も一つだけ用意させていただきました。最後にご説明させていただきますが、当課で用意できるものの中では最低ランクの物とはいえ持っているのといないのとでは雲泥の差かと」

「おおー、いいねいいね。ラノベのお決まりじゃん。最弱スキルだけど実は使いようによっては最強ってやつ?」


 利用者様は実に嬉しそうにそう仰いました。実際のところ、これが最弱の能力であるかと問われれば到底頷きかねるものではございます。ただ一つ間違いないのは、どう扱ってもこれが最強に含まれることは無いだろう、という点のみでございました。

 とはいえ、今この場で利用者様に説明して差し上げることはできないのですが。


「転生可能な世界の方ですが、こちら求人票によりますと魔法の概念がある世界でございますね。魔物なども生息しており、その分少々危険度は高くなっております。該当世界側からの申請内容では、機転が利く方やガッツのある方を希望するとのことでして。その代わり、特殊技能や特殊な知識はなくとも対応可能であるとされております」

「……あれ、ナナミちゃんそれって」


 ここまでの説明で、こちらの事情を知っているハヤセさんは内容を察したようでございました。少し戸惑ったような顔ではありますが、少なくとも先ほどまでのように顔をしかめてはおりません。

 多くを語るとボロが出ます。私はただ無言でうなずくに留めました。これでも私ナナミは、冷静かつ的確に、仕事には真面目に取り組むのがモットーでございますので。当然ながらこちらの利用者様に関しても最適な対応とサービスを判断し、正確にご説明させていただくつもりでございます。


「利用者様の場合ですと、ご自身の適正から考えてこちらの世界が最も活躍できる可能性があるかと思われますが」

「それは、剣と魔法の世界? 俺チートスキルも一個貰って行ける?」

「ええ、その点に関しましては私、保証させていただきます。ただしこちらの求人票、対応期限が本日までとなっておりまして……こちらの世界であれば特別にという前提で助成金チートスキルも許可が降りる算段ですので、ここ以外ですとやはり能力は得られないかと」

「え、待って待って! 行くよ、俺そこが良い! その世界行くから! チートスキル欲しい!」


 ええ。

 この利用者様であればきっとそう仰っていただけると思っておりました。そこで初めて、私は手に持っていた求人票を利用者様の前に差し出して、その隅の署名欄を指さしました。

 

「でしたら、こちらの書類に署名をお願いいたします。こちらの書類、もうあと五分もすれば上司のところへ持ち込んで期限切れとなりますのでお急ぎくださいませ」

「わ、わかったよ、すぐ書くから」


 大急ぎで利用者様はその欄に自身のお名前を記入し、それを私に差し出して、


「では、手続き完了でございます」


 その言葉と共に、利用者様の体がみるみるうちに透けてまいりました。

 私も実際に転生に立ち会うのはこれが初めてでございますが、なるほど、このように利用者様は転生されるのですね。このまま音もなくどんどん透けていって、完全にこの場から消滅するのにはおおよそ十秒程度でしょうか。

 その間に、まだ伝えていない内容をお伝えする必要がございました。


「順番が前後いたしまして申し訳ございません。今回ご用意させていただきました利用者様の能力なのですが」

「あ、そうだよ俺まだ聞いてなかっ」

「百年間不死身、でございます」

「不死身……? え、ちょっと待ってそれ」

「では、担当はハヤセと私ナナミがさせていただきました。良き異世界生活を送られますようお祈りしております」


 私がそう言いながら頭を下げた、ちょうどその瞬間。

 利用者様は完全にその場から消滅されたのでした。


「……ナナミちゃんさぁ、怒るとほんとやる事エグイよね」

「仕事は徹底することを信条としておりますので」

「そこで否定も肯定もしないんだもんなぁ」


 後に残された私たちは、その後の利用者様の事を知る術を持ちません。

 それでも、その様子をある程度予想するくらいはたやすいものでございました。

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