第2話 ― 8

「俺の家、元々親が素行とか態度とかマナーとかうるっさくてさぁ。小さいころから散々しつこく言われてるから、人前ではイイ子やってたんだよね。けどほら、そういうのってストレスたまるでしょ? 異世界転生モノのラノベってそういう時に便利だよねー。超便利なご都合主義スキル振り回して俺様最強ってやってたら皆勝手に崇めてくれるし、モテモテだし。ああいう主人公に自分を重ねて読むと気分いいんだよ」

「はあ、そうでございますか」


 相槌はかなり適当であったはずなのですが、利用者様は満足げに頷かれました。正直な所、私はその辺りの感情の機微や物語への自己投影等を理屈で理解こそすれど共感できるとは思えませんので、そのようなことを語られても返答に困るのですが。

 視線を横へ滑らせますと、私よりはそういった物事への理解が深いであろうハヤセさんは苦々しげなお顔をされております。

 向かい合う利用者様を刺激しまいとしているのか、それは非常に小さくかすかなものではありましたが、鼻で軽く笑ったのを私は確かに目撃いたしました。どうやら同じ現世の方から見ても、共感を得られるか否かは人によるタイプの感性であるようですね。


「そういう話をいつも読んでたらさ、やっぱ憧れるでしょそういう世界。ストレスなくて、何でもかんでも俺の思い通りに事が運んで、誰も俺に文句言わないか、言ったやつは悪い奴扱いで叩きのめされるような世界。行ってみたいなぁって結構本気で思ってたんだよね、死ぬよりずっと前から」


 それで結構本気で考えてみたんだよ、と語る利用者様の目はきらきらと輝いていて。

 世間一般においてこのように目を輝かせて夢を語る人というのは見ていて微笑ましいものが多いかと思うのですが、私はどうもそういった感情を抱けませんでした。むしろ、なんと言いましょうか。

 ええ、そう。現世の言葉ですと「見た目は大人、頭脳は子供」と言うのでしたね。利用者様を悪く言うのは職員として褒められた行為ではございませんので決して口には出せませんが、見ていて痛々しい、と感じました。


「よく世間で言うじゃん。いい事した人は天国行きで、悪い事した人は地獄行きとか。俺にとって天国より行きたいとこ異世界なんだし、じゃあ良い事してあげよっかって。外面よくしてりゃ親もうるさく言わないから、そういう行動も慣れてたし」

「そういう行動、といいますと」

「一応日課でさ、一日五つは良い事しようって決まってたんだ。でもたまに夕方になっても数が足りないときがあって、そういう時は自分で良い事ができる状況を作ってた。死んでも天国とかあるのかは分からなかったけど、まあやって損はないし、いい感じに笑えたし。まさか助けた男が犯人とも知らずにお礼を言って頭下げてるなんて向こう気付かねーんだもん。もう笑うの我慢するので必死でさぁ」

「えーと、その良い事できる状況っていうのが、暴漢に金握らせて女性襲わせるとかですか」


 ハヤセさんが戸惑い気味に尋ねた言葉を、その利用者様は堂々と首肯いたしました。


「実際被害出てないでしょ? 事前に助けてあげてるんだから、向こうは『危ない所を助けてくれてありがとう』としか思わないって、どうせ。組んでた相手も俺がちゃんとお小遣いあげてたから実際襲えなくても文句はなかったみたいだし。で俺は周囲から『立派だねー、偉いねー』って評価貰えて世間的には良い事した人じゃん」

「……ナナミちゃん、俺向こうに報告してくるわ。すぐ性格審査もう一回やってもらおうぜ。俺の方で所感のメモ書き添えて、すぐ戻るから」


 その言葉には露骨に、もうこの利用者の話を聞いていたくないという感情が見えておりました。上手く猫を被られていたとはいえ、この利用者様の手続きを最後まで進めて転生許可申請の書類へ一番最初にハンコを押したのは他ならぬハヤセさんです。その相手の豹変ぶりに、思う所もあるのでしょう。

 正式な手続きを取るのであれば、ハヤセさんの行いが正しいものであるかと思われます。ですが今回はそうも参りません。


 先ほども申し上げました通り、私少々、この利用者様に対して怒っておりますので。


「ハヤセさん、その必要はございません」

「え?」

「再審査の必要はない、と申し上げております」


 こちらの利用者様にはこのまま転生をしていただきましょう。

 私のその言葉はハヤセさんと利用者様、そのどちらにとってもかなりの衝撃だったようでした。利用者様は満足そうな満面の笑みに、反対にハヤセさんは目を見開いて、信じられないものを見たと言わんばかりの驚き顔でございました。


「なんで⁉ どう考えてもダメだろこいつ送ったら! 絶対転生先の世界からクレーム来るって!」

「いえ、問題ないかと思われます。求人票の中から、こちらの利用者様にピッタリな条件の物があるのを既に確認済でございますので」


 言うが早いが私は、自身のデスクまで戻り、先ほどまでまとめていた書類の束の中からお目当ての一枚を抜き取りました。

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