第2話 ― 5
「それだけ現世の動きに詳しくて、異世界転生モノが流行したから建てられたとかいう課なんでしょ? わかんないわけないよね、あんたら」
のっぺりした能面のような笑顔のまま、利用者様はそこで息継ぎをしてからとうとうその答えを口にされました。
「チートスキルについての項目はいつになったら聞けるわけ? 俺はどんな最強能力貰って異世界に行けるのか、いい加減教えてよ」
「……チートスキル、ですか」
「あー、そういうことかぁ」
出てきた単語にようやく我々二人、合点がいきました。おうむ返しに復唱した私と、深いため息と共に言葉を吐き出したハヤセさん。確認を取ったわけではございませんが、おそらくあの時私たちの考えていたことは一言一句同じであっただろうと断言できます。
――できるわけないでしょう、と。
***
現世の皆さまの間で出回っておられる「異世界転生モノ」の書物につきものの要素として、チートスキルと呼ばれるものが挙げられることは我々も存じております。
現世で不慮の死を遂げた主人公が異世界へ送られる際、その転生を手助けした「女神様」だったり「神様」だったりが転生後の冒険の助けになるようにと授ける、特異な能力。またはそれに類する武具や道具など。
その種類は多岐に渡りますが、一貫して「周囲の他者にはない便利で特別な能力を、無償かつ無期限で与えられる」という意味合いでは同列の物であるとされて、冥界職員の間ではそれらすべてを一括してチートスキルと呼称するのが通常でございますね。
最初に結論から申し上げてしまうならば、チートスキルについての対応も冥界側の準備は整っております。
さすがに書物に書かれている全てが可能というわけではございませんが、例えば山を一太刀で割き拳で天候を変える程度の身体強化や剣術・魔術への類まれなる才能などといった程度の要素は利用者様の転生後の肉体の方へ後付けで用意することも可能ではあるのです。
とはいえ冥界は、己の管轄する世界においても異世界においても、その世界の文明や生態系、パワーバランスといったものを崩すことを決して良しとは致しません。
先ほど例に挙げたものだけであっても、その世界において特異すぎる能力であり、転生先の世界にその能力だけで多大な影響を及ぼすことはまず間違いないと思われる部類でございます。
当然ながら手放しに許可ができるような代物でもなく、また可能であればこれも異世界への転生そのものと同じように「極力申請を通したくない」という枠に含まれるもの。厳しい審査とそれ相応の手続きが必要となってまいります。
例によって現世の言葉や意味合いに近いものは無いかと冥界上層部が頭を捻りに捻った結果定められた名前でございます。職員の間では「さすがにちょっと違うだろう」とこっそり噂されております。
冥界側から転生者様の後の生活を補助するためのものであるとはいえむやみやたらとばら撒いて良いものではございません。
審査基準としては他と同じく生前に積まれた徳の高さが重要になってくるのですが、その基準値がとにかく厳しいものなのです。
***
「最低でも聖人クラスは必要ですね」
事情を把握したのち、私の口から最初に飛び出したのはそんな言葉でございました。利用者様の顔が、無表情から少し困惑気味な物へと変わります。
「何が」
「徳がでございます。
利用者様への説明を続けながら、私は既に一度申請を通ったばかりの書類に再度目を通します。目の前の利用者様の生前の情報などを確認し、一度上司の方で押印していただいた項目ではございますがそれはあくまで「異世界への転生を許可する」というだけの物。
チートスキルによる冥界からの補助を受け取る基準には、明らかに及んでおりませんでした。
「どうして足りないわけ? 俺、これでも結構品行方正に見えるように生きてきたはずだけど。徳の高さっていうなら現代日本で俺ほど真面目に立派にやってたやついないんじゃないの? 俺の死因見たんでしょ、あんたら」
「ええ、まあ、そうなのですが……」
「いやー、利用者さんの場合はね、足りないっていうより元々審査の基準が厳しくしてあるんですよ。さっきナナミちゃんも言ったでしょ、聖人クラスはいるって。仏陀とかそのレベルなら確実ですけど、まあ最低ラインで例えるならガンジーとかあの辺ですかねー。利用者様じゃさすがに届かないかと」
言い淀む私の言葉を引き継いだハヤセさんに、利用者様は呆気にとられたようでございました。
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