第2話 ― 6
「それじゃ、実質不可能って事じゃないの? そんな屁理屈みたいなのが通用するわけないじゃん。くだらない御託並べてないでとっととチートスキルよこせって」
「いやー、そう言われましてもねー。僕らもこれ規約に乗っ取ってるだけなんでー」
剣呑な口調の利用者様を、のらりくらりとハヤセさんが躱しているその横で私は改めて書類に目を通しました。といっても既に何度も確認した書類ですので、別に見落としがあるかどうかを確かめているわけではございません。
このハヤセさんと並んでこの窓口までやってきて、そこで目を通したこの書類には一か所だけ、気がかりな点があったのでございます。A4用紙の上から下まで確認漏れの無いように、隅から隅まで三度ほど確認したうえで私は『それ』が見間違いや書類のミスではない、と結論付けました。
「失礼ながら、利用者様。生前積まれたとされている徳ですが、なにか不正を行われてはおりませんでしょうか?」
直前までハヤセさんと押し問答をされていた利用者様の表情が固まりました。それこそピシリと凍り付く音が聞こえそうなほど、実にわかりやすい硬直でございます。
人間というのはこういった際、何故こうもわかりやすいのでしょう。私の言葉を聞いた瞬間にそこまで露骨な反応をされては、大声で「やましい事がある」と喧伝しているにも等しいのではないかと思うのですが。
硬直した利用者様に代わって私の問いかけに反応をくださったのは、隣におられたハヤセさんでございました。
「えっと、どういうことかな、ナナミちゃん。一応俺が確認した時には、そこに書いてある善行の内容に嘘は書かれてなかったはずだけど……俺、どっか見落としてた?」
「いえ、見落としは無いかと思われますが」
私も最初はその線を疑って数回確認いたしました。ハヤセさんの仕事はしっかりしていて、少なくとも手続きの際に何かを見落としていたというようなミスがあったわけではございません。
どちらかといえばこれは、我々が管轄するよりも前の段階で処理されるべき内容とでも申し上げましょうか。当課の職員となってまだ比較的日も浅く、かつ私のように事務処理と記憶の能力を意図的に高く設定された存在でもないハヤセさんが気付かないのも無理からぬ話だと私は思っております。
「じゃあ不正って何?」
「記載されておられる内容と比較して、善行によって積まれておられるはずの徳が低すぎるのでございます。先ほど記述内容から考えうる徳の積み具合を暗算致しましたところ、今回記載されている徳のざっと倍はあってもおかしくないのですが」
当課に死者の魂が転送されてくるより前に、利用者様の情報として一般輪廻転生課から届けられる生前の情報を私は指さします。ここには死因の詳細の他にも、一般課のほうでその利用者がどれほど徳を積んだ人物であるかを大雑把に計算し、その数値が書き加えられておりました。
そこに書かれていた徳の高さは、なるほど今までに見た他の利用者様と比較すれば高いでしょう。異世界転生の申請が通る程度ですので決して低いものではございません。ただ記載内容を考えるならもっと多くの徳を積んでいてもおかしくないため、計算がどうしても合わなかったのでございます。
勿体づけてしまい申し訳ございません。実を言いますとこちら、私の中では既に謎解きが完了しております。私は懐から手鏡を取り出し、それを窓口の台に乗せました。冥界にいながら現世の情報を覗き見ることができる、例のツールでございます。
「ハヤセさん。生前のこの方が行ったとされる善行やその前後、逐一確認などはされましたか?」
「えっ、そんな確認作業あったっけ? ごめん、俺やってない」
「いえ、本来なら一般転生課の方で既に行われている確認事項ですし、必要のない事ではあるので謝罪は不要なのですが」
そうでなくともこの利用者様、行われた善行の項目がむやみやたらと多いため逐一確認をするのは相当骨が折れる作業でございます。ざっと目で数えるだけでも他の利用者様と比べて三倍以上の量はあるでしょう。
きっと一般転生課ではこの方の書類を作成するのに課内に地獄絵図が出来上がったのではないでしょうか。
「単刀直入に申し上げましょう。利用者様は生前に行われた善行はその大半が不正によるものだと思われます」
そう言いながら手鏡を起動し、いくつか操作をすると映し出されたのは目の前に立つ利用者様の生前の姿。死因となった行為ではありませんが、日付としてはそれなりに最近の物でございます。記載されている善行の内容は『暴漢から女性を救う』とのこと。確かに記載されている通りの日時に記録されていたのは書かれている通りの行動でございました。
私はそれを確認してから、鏡の映像を少し前まで巻き戻します。利用者様が善行を行うしばらく前に戻しますと、それは確かに映っておりました。
女性をこれから襲うはずの暴漢に、目の前の利用者様が金銭を渡して、少し離れた位置の女性を背後から指差す姿。私の予想通りの映像でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます