第2話 ― 3

「求人票を見た際の適正などは」

「そっちはちゃんと確認したよー、俺だって適当に仕事してるわけじゃないんだからさぁ。今時珍しいくらいにハイスペックだよあの利用者さん。文武両道、品行方正の完全無欠で顔もまあまあ。ああいうのはラノベの中で十分だろってレベル」


 口調は軽くても仕事そのものはしっかりとやる人物であるハヤセさんが言うのであれば、そこに確認漏れなどは無いのでしょう。


「死因なんかすげーよ。通り魔が女性を襲おうとしたところを助けに割って入って代わりに刺されたとか書いてあんの。一般課の添え書きにも同じ事書いてあるからマジの奴だぜこれ」


 確かに、近頃の利用者様の死因としては珍しさが頭一つ分抜け出ております。異世界転生モノの小説を読んで自身も同じように転生を望む利用者様というのは基本的に若い方に多く、死因は事故死や病死といったものが当課へ転送された死者全体のうち七割ほどを占めています。

 事件に巻き込まれて誰かを庇った末の死亡ともなると珍しさもそうですが、現在の七七七号世界においてはその死を深く悼まれると同時に「立派だ」等と評される部類に入るのではないでしょうか。遠目にも若く見えるその利用者様が、仮に以前の方のように親より早死にをするという減点行為をされていても、差し引きで十分プラスに転がる程度の徳は積まれていると思われました。


「生前の善行もあり、素養も高く、転生先希望を手当たり次第に書いても審査に通る……で、ございますか」

「そういうこと。転生先希望審査の判定機が壊れてるとか、ない?」

「それは有り得ません」


 そこに関しては即答させていただきました。

 利用者様が空白欄に記入された内容を職員の方で入力し、それが利用者様の真に希望する内容であるかを精査するための装置は冥界でも最新の技術を用いられたものでございます。冥界の職員にも配られている鏡と同じ技術を応用したうえで、最終的な判断は職員の手ではなくあらかじめ設定された基準に従って機械がいたします。


 漠然としたイメージという、曖昧な基準になりがちな項目だからこそ「あえて」機械的な判断によって一切の揺らぎを無くす――というのが狙いとのこと。そのため判定機の動作に揺らぎがあってはならず、一日に二回義務付けられたシステムチェックにて異常がないように細心の注意が払われているのです。

 ついでに言えば本日最新のシステムチェックを担当したのは私でございます。仕事に関しては私、決して手を抜いたり中途半端なことは致しません。システムの動作に異常は一切なかったと断言させていただきましょう。


「まあ、ナナミちゃんがチェックしたならまず間違いはないよねぇ」

「当然です。ハヤセさんと違ってロボットのごとく正確に、真面目ですので。ロボットのごとく」

「ナナミちゃんそれ引っ張り過ぎー。どんだけ根に持つのさ……いや、それはともかくとしてさ、ちょっとお願いがあるんだけどいい?」


 ちょうど申請書類も返ってきたことだし、といいながら彼が指さす方向を伺えば、上司がハヤセさんの方を見ながら手招きをしておられました。その手にはA4サイズの用紙が一枚。間違いなく、ハヤセさんが押印待ちをしていた件の利用者様の書類でございます。


「ナナミちゃん、うちの課が扱う内容なら審査項目とか注意事項とか、マニュアルに書いてあった事全部把握してるでしょ?」

「ええ、まあ。それが私の役割でもありますので」


 もとより冥界の職員として作られた際に、それは必須スキルとして生まれつき与えられております。高い事務処理能力と記憶能力無くして純冥界産の職員は名乗れません。


「俺一人だとその辺りに自信がないからさ、いざって時に助け船が欲しいんだよね。そんなわけで、ちょっとあの利用者さんの窓口一緒に来てくれない? あれ絶対に一悶着あるよ」


 そう自信満々に仰ったハヤセさんは、後にして思えばこの時点で利用者様の違和感に対して答えを得ていたのでしょう。


***


「いやー、お待たせしちゃってすいませんねーホント。なにせ今までほとんど前例のなかった申請許可手続きですので、うちの職員たちも手間取っちゃいまして」

「あ、それは構わないんだけど……ええと、そちらの女性は?」


 ハヤセさんに連れられて窓口に立つと、呼び出された利用者様は怪訝そうな表情をされました。担当職員はハヤセさんであるのに、その横に先ほどまでいなかった美女が立っていれば困惑するのは当然の事と言えましょう。

 ええ。もちろん。美女とは私の事でございます。自身の外見には絶対の自負を持っておりますので。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私は冥界・第七七七号世界支所・ヒト型生物・特殊輪廻転生課とくしゅりんねてんせいかのナナミと申します。以後お見知りおきを」

「ここから先の手続きは少々複雑になりますのでねー、僕もそんなに慣れがあるわけじゃないですし。やっぱりほら、利用者様には安心して転生していただきたいじゃないですか、そのため万が一にも不手際の無いように、ちょっと補佐入ってもらいますんで。ごめんなさいねーマジで」


 笑顔のハヤセさんが並べた理由はあまりにも堂々と語られたため、利用者様から不審に思われはしなかったようです。怪訝な表情はすぐに人当たりのよさそうな落ち着いた微笑みへと変わりました。

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