第2話 ― 2

 一体どこが変なのでしょうか、と私が尋ねますと、ハヤセさんは腕組みをしながらたった一言。


「転生希望先の記入欄」


 即答でございました。


「記入前に質問されてさ、実際異世界ってどういうのがあるんですかって。あの用紙の希望する異世界の記入欄って空白でしょ? 要は利用者さんが思い描いたイメージを適当に書いてねって感じの奴」

「ええ、そうですね」


 書類の作業を進めながら私は適当に相槌を返します。適当にとは言いましたが私、いわゆる「ながら作業」は得意ですので話はちゃんと耳に入っておりました。


 ハヤセさんが話しているのはおそらく、利用者様がこちらへ転送されてきてまず最初に記入いただく「異世界転生希望用紙」の真ん中あたりにある項目でしょう。

 大雑把なものでよいので、利用者様自身が心に思い描く「行ってみたい異世界」のイメージをお書きくださいとなっているのですが、この項目は利用者から何かと文句を付けられる筆頭項目として知られております。


 曰く、イメージといわれても漠然としていて困る。

 曰く、何か具体例をくれ。

 曰く、せめて候補を出してマーカー選択式にしてほしい。


 この異世界転生課へやって来た利用者様がまず一番最初に文句を付けるのはほぼ間違いなくこの項目か申請却下時であるといっても過言ではございません。

 職員としましてもあまり大雑把なイメージだけで該当する異世界を探すのは難しいので、ここは利用者様の声を全面的に採用させていただきたいとは思っております。ただ、いかんせん異世界そのものの絶対数が多いため、簡単な概要とチェックボックスによる選択式を現在のA4用紙に収めるのは実現不可能である、というのが現状でございました。


「書く時のイメージの参考にしたいから幾つか実際にある例を聞かせてくれって言われてさ」

「それ自体は、珍しい事でもないのでは」

「いや他の利用者さんの時って、具体例の中で一つでも興味に掠る部分が合ったらその一例をもっと詳しく聞かせてくれーってなること多いでしょ?」


 ぜんっぜん無いのそういう反応、と言いながら深々とため息をつくハヤセさんは、よくよく見ればかなり疲れ切った顔色をされておりました。


二言三言ふたことみこと説明したらすぐに他の世界は? って言われんの。幾つかの例をって言いながら二十箇所くらい説明したんじゃないかなぁ俺。普段使わない書類とかも引っ張り出して頭突き合わせてリストを指さし確認したよ途中から」

「ああ、それで」


 異世界への転生許可が出た、と周囲がざわめくより少し前の事でしたが私は見覚えがある光景でございます。ちらりと窓口を伺った際に、ハヤセさんが窓口に普段触ることもないような分厚い書類を乗せていたので、何事かと気にはなっておりました。


「広く浅くの極みだね、ありゃあ」


 そう言いながらハヤセさんはしきりに自身の目元を指先で軽く揉んでおられます。分厚い書類を開いていた時間はそれなりに長かったので、原因は小さな文字の見過ぎによる疲れ目でしょう。


「それで結局、あの利用者さんどんな異世界を希望したと思う、ナナミちゃん?」

「……やはり、定番どころでしょうか」


 訪れた利用者様の三人につきおよそ二人の割合で希望される「剣と魔法があって魔物から人々を救う立場が必要な世界」というのはもはや定番ネタとなっております。職員同士でも「いつもの」や「よくあるやつ」など雑な名称でもおおよそ伝わる程度にはメジャーとなっていますね。

 十中八九これだろう、と思って挙げた答えでしたがハヤセさんの反応は煮え切りません。


「正解でもあるし、間違いでもあるなー。正解はもうちょっと長い」

「長い、といいますと」

「剣と魔法のファンタジー系もしくは機械生命体だらけの超未来系もしくはまだ文明が発生して間もない原始的な世界もしくはその他諸々ありとあらゆる異世界を希望しますってさ。俺が挙げた候補を片っ端から詰め込んであるの。もう記入欄の隅から隅までびっしりと」


 書類を纏めていた手が思わず止まりました。


「それは……大雑把すぎるのではないでしょうか」

「だよねー、俺もそう思うんだけど」

「転生希望書類の第一項を考えるなら申請が通るはずがないのですが」


 私が口に出したのは、死者の魂がこちらへ転送されてくるメカニズムも若干影響している項目でございます。


 申請が通るか否かは別として、転生希望が出せるのはあくまでも当の利用者様が本当に強く望んでいる内容の異世界に限る、というのも審査内容の一つです。

 手あたり次第大雑把に、という希望者は今までにもおられましたが、そういった場合は「本人の希望する世界と異なるため」というのも申請却下理由にされていたはずなのですが。


 書類に書いていただくというのは記録を残すことと本人の意思表示のために重要ですが、実際は当課に転送されてくる時点で利用者様の大まかな嗜好は記録として職員の手元にございます。

 そのため本人が心から希望している内容以外を書いたのであればその時点で書類は弾かれます。利用者様による「とりあえず受け皿を広く取れば転生できる確率が上がるかも」という狙いを封じるための仕組みですね。


 実際は受け皿を広くしても求人票の条件を満たすのが容易ではないので、職員が該当する異世界を探すのに手間取るだけであまり効果は無いのですが。

 それで申請が通った、というのは確かに妙な話でございました。

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