第1話 ― 4

「あーごめんなさい、まだ名乗ってなかったですね」


 そう言うなり同僚は自身の胸元に提げられたネームプレートを利用者様のほうへ片手で軽く突き出して見せました。


特殊輪廻転生課とくしゅりんねてんせいかのね、ハヤセといいます。よろしくお願いしますねー。こっちの子は名乗った?」

「いや、聞いてないけど」


 利用者様の言葉に同僚のハヤセさんは笑顔を少しだけ困り顔に変えて、私の方を見ました。

 私としてはわざわざ名乗るまでもなく、胸元にプレートが提げられているのだから見ればわかるのではないかと思うのですが。どうやらそのような言い分は通用しなさそうでございます。


「申し遅れました。冥界・第七七七号世界支所・ヒト型生物・特殊輪廻転生課とくしゅりんねてんせいかを担当しております、ナナミと申します。以後お見知りおきを」


 少々不貞腐れたような口調になってしまったのは、どうかご容赦くださいませ。ロボットのようでも一応、感情くらいはあるのです。ええ。

 そんな私に代わりまして、ハヤセさんは利用者様に説明を続けてくださいました。


「それでですね、どこまでナナミちゃん話してくれました?」

「なんか、異世界転生にストレス耐性がどうとか」

「あー、了解了解。それ意外ですよねー。ブラック企業じゃねーんだからなんでストレス耐性なんだよって。でもこれ結構重要といいますか、冥界ウチとしてもそれで何度か痛い目見てるんですよ」


 痛い目、という言葉に利用者様は少し驚いたようでした。目を軽く見開いて、もう完全にハヤセさんの言葉を聞く態勢に入っておられます。

 一応、その利用者様の担当は私なのですが。そこはかとなくプライドが刺激されなくもない状況でございました。


「転生先でやりたいことは? ……あー、うんうん。やっぱり勇者とかになって世界救ってみたいっすよね。そういう方結構多いんですけど、痛い目見たのってまさにそういうパターンでして」

「世界救えなかったから困ったとか?」

「いやいや、それならまだ楽なんですけども。ああいうのって勇者と分かればその世界の住人からも期待されちゃうでしょ? そのプレッシャーがまずエグいんですよね。この重圧から逃げて山奥で畑作って生活始めちゃった人とかいましたし。あとは魔王から直で嫌がらせも来るんで、それで精神病んじゃったりね」


 どちらも実際職員に配られる実例集として書かれている内容でございます。私も丁度説明しようとしていた部分でした。

 とはいえこの内容は、現世で通常の生活を送っていると今一つ実感がわかない事も多いそうです。世界全土からのプレッシャーなど、確かに普通は生きていて経験することのないものですから、想像が及ばないのも無理はございません。利用者様もまだ完全には理解した様子ではありませんでした。


「あとこれは実例として最近の物なんですけどね」


 そんな風にハヤセさんが語りだしたのは、彼の持つとっておきの「実例」でございます。


「まだ今ほど異世界への転生審査が厳しくなかったときにね、転生した人がその世界の住人から袋叩きに遭っちゃいまして。金品目当てだったらしいんですけどもうほんと服まで剥ぎ取るような勢いで転生者さんが心折れちゃってねー」


 こちらの例はハヤセさんが「とっておき」としているだけあって、プレッシャーや嫌がらせなどとは生臭さが段違いでございます。さすがに利用者様も顔色が変わるのが私にもわかりました。


「それだけならまあいいんですけど。偶然拾ってくれた村娘さんに助けられて、転生者さんが立ち直ったあとでその村娘さんとデキちゃってねー。幸せに暮らしてたら今度は野盗に襲われて村娘さん目の前で惨殺ですよ。転生者さんどうなったと思います?」

「え……本気で心折れて、自殺したとか」

「その世界への復讐に燃える鬼になって、自分が世界滅ぼす魔王になっちゃったんですよ。まあすぐ倒されて、冥界でながーい懲役刑食らいましたけどねそいつ。次の生まれ変わりまで千年単位で順番待ちですよ」


 利用者様はもう返す言葉も思いつかないようでした。私も正直な所、この話は何度聞いても良い気分はしませんでした。

 にこやかな笑顔のまま、軽薄そうな口調のままで話すのもかえって迫力が増す要因でございます。利用者様が知る由はありませんが、その元「復讐に燃える鬼」が語るのですから説得力は十分でしょう。


「そうなっちゃうと本末転倒でしょ? 実際その時冥界もてんやわんやしちゃいまして。二度とそんな例を出さないようにって意味もあって、過酷な状況や残酷な仕打ちにも心折れずにいられるかっていうストレス耐性チェックが義務付けられてるんです。ご理解いただけます?」

「わ、わかった。重要性も、俺がそんなレベルのストレス耐性持ってないのもよーくわかった」


 利用者様もそれ以上反論をしようとはしませんでした。

 それを確認してから、ハヤセさんは私の方へ向き直りました。要するに「助太刀はここで終わり」ということでございましょう。必要な説明はしていただいたのでそこは素直に感謝いたしましょう。色々と貶された感が否めない所ではありますが。


 無言でお辞儀をしますと、ハヤセさんは笑顔のまま片手をひらひらと振りながら窓口の奥へと戻っていかれました。

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