第1話 ― 5
「利用者様、先ほどは失礼な物言いをしました事をお詫び申し上げます。残りの説明は再び私が引き継がせていただきます」
既に落ち着かれたとはいえ、目の前の利用者様を怒らせたのは私です。まずは両手を前でそろえて、九十度の深いお辞儀から説明へと戻りましょう。
「それで、結局どうなんだよ」
ハヤセさんの説明にすっかり毒気を抜かれたご様子で、声を荒げることなくそう尋ねていただけると私としても安堵するというものです。
「どう、と申されますと」
「ラノベみたいにかっこよく異世界に転生できるわけじゃないんだろ、俺。でもここ転生課って書いてあるし、トラックに撥ねられたあと気がついたらここにいたんだから、ここまで来たのは俺の意思じゃねーもんな。異世界に転生できないなら俺はこの後どうなるんだよって聞いてんの」
先ほどまでの激昂が嘘のように、冷静になればちゃんと状況の考察ができる利用者様だったようです。まだ用紙の記入事項についての説明を続けようかと少し考えておりましたが、既に要点は理解されておられることは間違いないようでした。
私もせっかくハヤセさんに助太刀いただいた以上、ここでまたロボットのように説明を続けるよりも柔軟な対応を致しましょう。
ええ、ロボット呼ばわりに関しては私、少々根に持っておりますので。
それに、先ほどまで説明した項目はご理解いただけたようですが、どうもこちらの利用者様は重要な所を勘違いされておられるようでした。
「まずご説明させていただきますと、当課は死後に異世界への転生を強く望む場合、死者の魂がそのままこちらへと転送される仕組みとなっております。大半の死者はこちらではなく、同じ世界での生まれ変わりに関する手続きを行う一般輪廻転生課の方へと転送されるのですが、利用者様のように強い希望がある方はこちらへ来ることになりますね」
裏話を申し上げましょう。当初はどちらの転生も一般輪廻転生課にて話を伺っていたのですが、毎度のように今私が対面している利用者様のような反応をされ、トラブルが絶えなかったのでございます。
一般の転生課にはそれ以外の利用者様も転送されるため、その人数はこちらの比ではありません。七七七号世界の中でも比較的規模の小さい区画、現世で言う所のアジアとその周辺を管轄しているのがこことその隣の転生課なのですが、その小さい規模でさえ向こうでは常に百人単位の職員が休む暇なく駆け回っているとか。
手続きのスムーズ化を図るためには避けて通れなかったのが、異世界転生課の設立だったのでございます。
「そしてもう一つ、利用者様は勘違いをされておいでです。何も私は利用者様に『一切の異世界転生を許可しない』と申し上げているわけではございません。ただこちらの希望票の条件では申請が通らないというだけでございます」
「えっ、そうなのか! お姉さん、それなら早く言ってくれよー!」
途端に利用者様は表情が輝き、態度も途端に軟化致しました。呼び方もお前呼ばわりからお姉さんへ。実にわかりやすい事この上ない利用者様でございます。
ええ。皮肉や嫌味などではなく、私こういったシンプルな思考回路と態度というのはあれこれ相手を
「で、どういう条件なら俺も異世界転生できるん? 村人とか、最弱能力のサポート魔術師とかかな? もうそんなんでも全然いいよ、異世界転生ってのをマジで体験できるんだったらさ、中世レベルの文明とかの世界で勇者じゃなくてものんびり旅したり、行商やったりしてさ」
先ほどまでの怒りっぷりはどこへやら、途端ににこやかになられた利用者様ですが。
私としましては、それらの言葉に対してこう返さねばなりません。
「そういったことが可能になるほど徳を積まれるまで、向こうで何度の生まれ変わりが必要になるかは保証致しかねますが」
「えっなにそれどういう事」
穏やかな笑顔が一転、凍り付いたように固まって青ざめます。ああ、やはりこういった喜怒哀楽の読みやすい利用者様というのは見ていて好感が持てるものです。少なくとも逐一「今ご機嫌が悪くておいででしょうか? 説明は落ち着いていただけるまでお待ちできますが」などと尋ねる手間が省けますので。
私は受付窓口の下に収納されている用紙を一枚取り出して、それを利用者様に向けて差し出しました。用紙には「転生先一覧」とあります。
「今回の利用者様の生前を考えますと、おそらくは異世界においての転生許可が下りる水準はかなり低いものになるかと思われます。転生受け入れ許可を出しておられる世界はそれなりにありますので、このリストの中から転生許可水準の低いものを選べば転生可能となる確率は少なくともゼロではなくなりますね」
「あの、このリスト……人間の項目どこにもないんだけど」
「ええ。最低等級の転生先リストとなりますので。ハエやアリなどの昆虫か、バクテリアや細菌などの極小存在などが主となります。利用者様が人間と同じ哺乳類を希望される場合ですと、そうですね」
説明をする私の指は、リストの一番上の項目を指し示しました。
「最初はドブネズミからになります」
受付窓口越しの利用者様が、その場で静かに膝から崩れ落ちて視界からお消えになられました。
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