第1話 ― 3

 ――納得は行かないけど理解はできた。

 利用者様の顔を見るに心境はそのような具合でしょうか。それ以上の反論はなく、ただ足元を――といってもそこは透明な床を通り越して宇宙空間のような暗闇が延々広がっているだけですが――睨みつけて拳を固く握っておられます。ご理解いただけたようで何よりでございます。


「それでは次の項目に参りますね」

「まだ続くの⁉」


 目の前にある書類の次の項目へ視線を写した私に、利用者様はほとんど悲鳴のような叫びをぶつけられました。職場の同僚であればこの辺りで書類を畳んでしまうのでしょうが、私は自身の仕事へ対する姿勢というものに誇りを持っております。

 勤務評定に「無慈悲・冷徹・容赦ナシ」と書いていただけた事はささやかながら自慢話とさせていただいております。真意は存じ上げませんが、おそらくクールビューティーで仕事に真面目であるということを遠回しに絶賛されたのだと解釈させていただきました。


 ご利用者様に対して私は、逐一ご説明してよろしいですかとお伺いしました。目の前の利用者様はそれに対して「ああ言ってみろよ」とおっしゃったのです。

 であれば例え途中でご納得いただけたとしても、最後まで逐一説明申し上げるのが私のお仕事でございましょう。私、このA4用紙の隅から隅まで徹底的に、現世のお言葉をお借りするなら重箱の隅を突くように執拗な説明をさせていただく所存です。


「生前の経歴の項目ですが、こちらは現世で言うなら職歴や学歴の他に、どのような人生を歩んだかという項目になります。利用者様の場合であれば、中学校の頃に受けたイジメを苦に引きこもり、高校は進学したものの不登校となり中退。以降は自室から極力出ることを避けてインターネットとライトノベル、それからゲームに興じていたとの事ですね。お間違いはありませんか?」

「ねえよ! 悪かったなダメな人生で! わざわざ確認取って傷口広げんなよ!」


 利用者様が怒鳴っておられますが、ひとまず確認は取れたということで。


「現世での学歴などは、冥界において特に基準としては機能いたしませんのでご安心くださいませ。利用者様の場合、注目するべきはこれらの生活によるご自身のストレス耐性の有無となりますね」


 私がそう述べると、途端に利用者様は顔をしかめられました。


「なんか、ブラック企業とかでよく聞くやつだろ。そんなの本当に要るの?」

「当然でございます。利用者様の生活しておられた第七七七号世界と異世界とでは、場合によっては物理法則や生態系が根本から異なる場合もございますので。転生先によっては利用者様の希望通り、魔王から世界を救う英雄としての力を期待されることにもなります」


 私がここに配属される前、既にマニュアルに記載されるだけとなった貴重な「転生例」には複数の失敗談もございます。


「利用者様の経歴ですと、そういったストレスに立ち向かったり自力で打ち払ったりといった経験はないように思われます。ストレス耐性は低いと見積もられて、やはりこれも転生手続きが受理されない理由となり得ます」


 ご理解いただけましたでしょうか、と視線を利用者様に向けて確認を取ります。視線の先で利用者様は俯いて顔を真っ赤にし、もうほとんど泣き出す寸前の態でございました。

 先ほどまでの反応から利用者様の性格を考えれば――と私は少し思案し、それから言葉を続けました。


「反論が無い、ということでご理解いただけたとさせていただきます。では次に――」

「もうマジでいい加減にしろよお前!」


 どん、と受付窓口の台が力いっぱい叩きつけられて揺れました。振動の原因は利用者様の拳でございます。どうやらやらかしてしまったようでした。同僚から「君は人の気持ちがわからないのかな」などと以前叱られたのも、こういった事態が発生した時でございます。

 そんな事を考えていると、やはり噂をすれば影というのでしょうか。私のすぐ背後から誰かが歩み寄ってくる気配がして、


「はーいはいはい、ごめんなさいねー。この子ちょっとね、仕事に真面目過ぎる子なのでねー」


 という軽い口調と共に件の同僚が私と利用者様の窓口に割り込んでまいりました。背は高く、ふわふわの茶色い髪の毛とにこやかな笑顔の男性です。口調と外見から適当そうな印象を受けますが、一応仕事は真面目にこなす方です。

 なにより利用者様との付き合い方が巧いため、こうして助太刀に入っていただくことはこれが初めてではありませんでした。


「あんたもここの職員か⁉ この女どうにかしてくれよ、嫌がらせ以外の何物でもないだろ!」

「ですよねー。言い方キッツイでしょこの子、ロボットかよってねー。でもこの無慈悲な物言いにもちゃんと理由あるんですよ。ほら僕らもね、仕事なもんですから。後でちゃんと叱っておきますんで、許してあげてねー」


 こうしてフォローの度に何かと利用者側の味方に立たれるので、私は一方的に悪者扱いとなってしまうのがたまに不服ではありますが。

 ともあれ、同僚の助太刀のおかげで利用者様の怒りが落ち着きそうなのは素直に感謝すべきことだという自覚と反省はあるのです。言い方のきつい、ロボットのように無慈悲な私にも。

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