第1話 ― 2

 死後の世界というものは、利用者様が生前にどのように過ごしてきたかを知らなければなりません。生前の行いがその時代の世にとって善行か、悪行かを判断する必要があるからです。

 特にこの部署が担当するヒト科は己たちのコミュニティの中で厳格な法というものを用意し、またそれは時代や文化によってしばしば善悪が入れ替わるもの。大量の同族を大きな機械で薙ぎ払って虐殺する行為が英雄と呼ばれたり、その百年後には道端の市民一人を刃物で刺すことが思いつく限り最大の悪行として罰せられる時代になったりと、冥界基準で物を申すならば非常にせわしない文化を持っています。


 そのため特別な力を込められた手鏡が冥界に所属する職員皆に配られており、職員は皆いつでもその鏡により生者の世界を覗き見ることが可能となっています。

 元々は千年単位で昔の時代に用いられた、死者が生前に取った行いを全て映し出す鏡というものに改良を加えたものだそうですが、おそらく正しい用途で使っているのはここの隣にある「一般輪廻転生課」くらいのものでしょう。

 大抵は目の前の利用者様がどのようなたとえ話で自身の状況を理解してくれるかを図るツールとして、ごくまれに利用者様と仲良くなるためのコミュニケーションツールとしての利用が主となります。現在の冥界が生者の世界で言う所の「お役所」のようになっているのも、これがすべての情報を管理しやすく、同時に冥界の実態を利用者様の価値観に当てはめた際に最も近しいものだからとのこと。


 そんな手鏡にここ数年、興味深い文化が映し出されるようになりました。

 引きこもっていた少年が、不慮の事故から命を落とし、それを哀れに思った神様が少年を生前とは異なる世界で記憶と外見を保持したまま転生させ、そこで少年が活躍するといった内容の物語。

 生者の皆さまが聞きなれた言葉を使うのであれば、異世界転生モノと呼ばれるジャンルの書物でございます。


 生前がどれだけ冴えなくても、どれだけ周囲に馴染めない人生でも、同じヒトが作ったコミュニティから煙たがられる存在だったとしても、死んで神様に転生させてもらえればあっという間にヒーローへ。苦労も葛藤も無くお手軽に自尊心を満たせるその物語はどうやら生者の世界で大ウケした様子で、数年後にはあちこちの書店にて数多くの「異世界転生モノ」が並んでいる様子を冥界職員一同、複雑な面持ちで眺めておりました。

 当支所の職員が「七七七号世界」と呼び、生者の方々が「地球」と指すこの場所以外にも、確かに異なる世界はございます。なにせこの世界の前に七百七十六の世界が少なくともあるわけですから、確かに剣と魔法のファンタジックな世界も多くあります。ですが異世界転生モノに描かれているような転生の仕方は当時の職員一同にとって、頭痛のタネを増やす内容でしかありませんでした。


 そしてその時点で「とある懸念」がされたことにより、急遽立ち上げられたのが私のいるこの部署。

 異世界転生課などと呼ばれているのにはそういった理由があるのです。


***


「それではまず、死因のほうから参りますね」


 そう言いながら、手元の書類に私も目を走らせます。

 実を言いますとこの利用者様、この時点で審査落ちだったりするのですが。


「死因、事故死。普段家にこもっており、偶然出かけた際にたまたま遭遇したトラックに運悪く撥ねられたことにより……となっておりますね。お間違いありませんでしょうか」

「ああ、合ってるよ。定番だろ? こちとら不慮の事故だぜ、不慮の。不運だったの俺! そういうのを憐れんで施してくれるんじゃないのかよ⁉」


 自分の事故死を堂々と「定番だ」と言えてしまうこの男性の不謹慎さはいっそ清々しいものですが、その言葉に私は頷けません。なにせ「お役所」の形が生者の方々にイメージしやすい、というのが冥界です。義理や憐れみで動いていては死者の魂の管理など到底務まりません。


「条件の第一項として、自身の両親よりも早死にをしてはならないという項目がございます。こちら生前の道徳観念から照らし合わせると減点行為となります。利用者様の場合ですと不慮の事故との事で、自身が望んで死亡されたわけではありませんが……」


 死因の横へと指を滑らせますと、そこには死亡された際の詳細な情報が書かれている項目があります。そちらには簡潔に「携帯端末操作による前方不注意のため」と一行。

 これぞ隣の課による「正しい鏡の使い方」でございます。私は隣の課から送られてきた書類を元に、利用者様の書いた書類に補足事項を書き足すだけですが。向こうの課では転生を「希望するであろう」とされる死者が訪れるまでに手早く情報をこちらに送るため、専用の区画が設けられているとかいないとか。


「携帯端末操作とありますが、要するに歩きスマホのことでございますね。これはご本人さまの注意力不足が原因となります。ご自身が前方への注意を払っておられたなら避けられた死亡であるため、やはり軽度ではありますが減点対象として扱われます」


 淡々と私がそう告げますと、男性利用者様は喉の奥で何か物を詰まらせたような声をあげたっきり沈黙されました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る