こちら冥界・異世界転生課

水城たんぽぽ

第1話 「最初はドブネズミからになります」

「申し訳ありません。こちらの条件ですと利用者様の申請は許可が得られないかと思われますが」


 宇宙空間のど真ん中にに見えないガラスの板を張って、その中央にいくつかの小さなソファーと受付窓口。少し離れたところには壁の一面を占有する受付窓口とその頭上に点灯する「輪廻転生課」の文字がありました。窓口のすぐ横には受付番号の発券機と番号表示用のディスプレイまでご丁寧にそろっております。

 市役所みたいだ、と目の前の男性は思ったことでしょう。真っ黒な中に白い星らしきものが点在しているだけの、殺風景ながらも非現実的な光景。ですがその中に見える調度品の数々は多くの利用者様にとっては見覚えがあるかと思われます。


 受付窓口前で私は、ちょうどその男性にA4サイズの用紙を突っ返したところでございました。

 関係のない話ではございますが、私は自身の美貌にそれなりの自負と誇りを持っております。腰まで届く長い黒髪に、肌は白磁を思わせるほどシミ一つない状態。瞳は黒に見えて目を凝らすと奥がうっすら紫がかっており、同僚からは宝石を連想させると褒められたりもしました。

 同時に「死んだ魚か黒い水晶をはめ込んだ人形のようだ」などとも揶揄されますが、それも個性と割り切っておりますのであしからず。


 ですがこの職場に配属されて以降、訪れる方々は皆私の外見に見惚れるより早く必ず同じ反応をなさいます。

 驚きの表情で周囲を見渡し、自分の体を慌てて見下ろし、それから前へ向けた視線が少し上の窓口名称辺りへと移動し、自体を飲み込めないのか硬直してから大体五秒。――それからその瞳がきらきらと輝きます。

 分かりやすいくらいに喜びの色を示します。目の前に立つ美人職員のことなど二の次といった具合で、それとなく私の誇りは傷付けられるのですがそれはそれ、これはこれ。


 ともあれ皆さま一度は必ずここへ来た事をお喜びになられます。まあ、この場の仕組みを考えると「ここへ来て喜べない者は最初から来ない」という方が正しいかと思われますが。

 そうして必ず――少なくとも私がここへ配属されてから今までの来訪者は一人の例外もなく、目の前の男性と同じように書類を返され、失意と怒りの表情に――あ、ほらこのように。


「なんでだよふざけんな! 転生課ってことはあれだろ⁉ 俺死んじゃって異世界に今から行くんだろ! 魔王に滅ぼされかけてる異世界とかに行って神様からもらった力で俺最強モードで大活躍して可愛い女の子達にチヤホヤされるとかさあ! 不慮の事故で死んだ俺を憐れんだ神様が別の世界で幸せな人生を送らせてくれるとかさあ!」


 受付窓口に力強く拳を叩きつけながら、口角泡を飛ばすとはまさにこのこととばかりにまくし立てられます。これがこの場所での「日常」と化したのはいつからだったでしょうか。


 ここは現世で命を落とした皆さまが最後に必ず行き着く場。

 あの世、幽世かくりよ、地獄天国、冥府に霊界、黄泉の国。

 皆さま生前の呼び方は無数にあるかと思われます。

 あえて皆さまの言葉で正しく名乗るとするならば。

 こちら冥界・第七七七号世界支所・ヒト型生物・特殊輪廻転生課とくしゅりんねてんせいか

 通称「異世界転生課」とも呼ばれる場所でございます。


 誤解なきよう宣言させていただきますと、この男性がおっしゃる言葉は決して全てが間違いというわけではございません。実際にそういう道を辿られる方もいるはずです。少なくとも私はそう伺っておりますが、見たことはありませんでした。

 ですので、私は今日も同じ言葉を、同じ表情で、丸ごと暗記したリズムとトーンで告げるのです。


「異世界への転生には厳正な審査とその選別基準がございます。利用者様の場合ですと、そういった内容での転生に生前の情報が該当いたしませんので審査はまず通らないかと思われますよ」

「審査ってなんだよ、俺の何が悪いっていうんだ!」

「逐一説明しても、宜しいのでしょうか?」


 即座に文句をつけられることまで含めて予定調和。もう何度も経験しているので慣れたものでございます。最後にこうして、ほとんど挑発と取られても仕方のないような物言いを織り交ぜると半数の利用者様は言葉に詰まって引き下がるか、冷静になってくださいますね。

 今回の利用者様は、もう半数の部類だったようです。


「ああ言ってみろよ、俺の何が悪いっていうのさ! 俺は詳しいんだぜ、こういうの散々ラノベで読んだからな! まさか本当にあるとは思わなかったけど、不慮の事故で死んで、目を開けたらこんな非現実的な場所にいて、おまけに目の前には美人なねーちゃんと、転生課とか書かれた看板があるんだぜ⁉ こんな事務手続きみたいな事する羽目になるとは思わなかったけど、ここを経由して俺は夢にまで見たような、本当に充実した人生を歩めるんだろ! お前がいちゃもんつけて邪魔さえしなければさ!」


 怒涛の勢いでまくし立てられて、口を挟む隙も無いまま邪魔呼ばわりまでされてしまいました。職場の同僚からは「心をどこに忘れてきたんだい」などと褒められるほど冷静沈着がモットーの私ですが、こうまで一方的ですと腹も立ちます。

 腹も立ちますが、利用者様の口から「美人なねーちゃん」とのお言葉をいただいた事自体は素直に嬉しかったりするのです。ここしばらく傷付けられっぱなしだった私のハートもいくらか慰められました。


 利用者様が落ち着くのに数秒だけ待ってから、私は利用者様が窓口に叩きつけ返した書類を手に取りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る