ライオンの快進撃

 会議室では、スマホを抱きしめたまま、ボロボロに泣き続ける凛子の前で、結人と担任教師がただただうろたえていた。

「どうした、月沢。何があったんだ?」

「月沢さん、どうしよう……なんかごめん」

 頼りない男二人の声は、今やもう凛子の耳には届いていなかった。

 凛子が握りしめているスマホの画面には、LIOから送られてきたメッセージとスクリーンショットの画像が表示されていた。


『皆さん。サナさんのものと思われるSNSアカウントを発見しました。現在地等のプロフィールや、八月上旬にアップされた画像や投稿を見る限り、サナさんで間違いないと思われます。ただ、内容はかなりショッキングです。ネガティブな内容や血が苦手な方は見ない方がいいと思われます』


 LIOがそうコメントを付けて送ってきた画像は、@sana0721というアカウント名のSNSのプロフィールページのものだった。

 自分についての項目に♯メンヘラ♯リストカットなどの文字があり、『嫌な人は見ないでください。悪意や敵意のある方はブロックします』の注意喚起の文章があった。

『これより下は、 SNSの内容で重要と思われるものをスクショした画像を送信します。見たくない方は飛ばしてください』というLIOのメッセージの後に続いた画像は、凛子の心を貫いた。


 一枚目は、ビビッドイエローのネイルの写真。『大好きな友達とオソロイ♪』というコメント付き。並んだ四つの手。うち二つは、間違いなく凛子の両手だった。

 二枚目はオオカミの画像。あの日、凛子と二人で見た白いシンリンオオカミだ。

『二匹ぼっちのオオカミ。さびしくないのかな』とコメントがつけられていた、

 三枚目は一年くらい前の投稿。左腕の写真だった。『メンヘラ注意。リスカ。苦手な人は見ないでください』というコメント付きで、『画像を表示しますか?』という選択肢が表示されていた。

 四枚目は『表示する』を選択した後の画像。

 細い、白い左腕と、それを横断する無数の赤い線。そこから滴る赤い雫。

 五枚目は文字だけの投稿。三ヶ月前。

『ツライツライ。アタシなんか消えたって、泣くヤツもいない。いたって、三日もすれば泣き止むんでしょう。寂しい、苦しい。息できない』

『お母さんは、お母さんだけなんだよ。小さい頃、アタシを放り出したくせに、今更もう一回家族になろうとか、何なの? 本当にアタシのためだって言うなら、アンタらがこっちに来なよ。アタシのためなワケ、絶対ない』

『じーちゃんばーちゃん、置いてけない。でも、お母さんとこ行きたい』


 最後は、凛子と連絡がつかなくなった日付だった。

 凛子の祖母の葬儀の日。


『お母さんとの思い出の場所巡りも今回で最後』

『今日はあのコ、おばあちゃんのお葬式なんだ。さびしいけど、あのコの方が、今はツライよね』

『お母さんと行った教会探してる』

『ここ』

 最後の『ここ』という投稿には、市内の教会のホームページのトップページのスクリーンショット画像が貼付されていた。

 凛子は知らない場所だった。


 LIOが補足説明のメッセージを送ってきてくれた。

『この教会は、国内より海外の方が有名なようです。昔、不治の病いが治ったという奇跡が起こった教会だそうです。サナさんのSNSは、バッテリー切れそうという投稿を最後に更新されていません。おそらくこの教会か、現状最後の手がかりと言えるでしょう』


 凛子は、サナの苦しみと、サナが自分を大切に思っていてくれたことを知り、嬉しさとふがいなさと、サナを心配する気持ちと、いろんな感情がないまぜになっていた。

 もう何をどう言ったらいいのか解らない。

 どうしたらいいのかも解らない。


 一つだけ明確に解っているのは、サナに会いたいという想い。

 いますぐ会いたい。

 凛子に解るのは、それだけだった。


「凛子!」

 スパーンと音を立ててドアが開いた。

 担任と結人が軽く飛び跳ねるほど驚いた。


「みんな……」


 扉を開けて仁王立ちしていた心菜が、涙でぐしゃぐしゃの凛子を見て、思い切り眉尻を下げた。

「りんこ〜〜〜〜!」

 心菜は、凛子を力いっぱい抱きしめた。

 志穂が小走りで結人の元へ行き、スマホを見せた。

 萌花がドアから顔をのぞかせて「うおら〜」と言った。

「泣いてる場合か! 行くぞオラ!」

「凛子行こう!」

 心菜が凛子の手をひいて、萌花の方へ駆け出す。

「センセー! うちら全員、生理休みで!」

 萌花が担任にそう叫んで、走って行った。

 志穂が最後にぺこりと頭を下げて出て行く。


 担任はぽかんとして返事も出来なかった。

 結人は遠慮がちに担任の顔を覗き込んで、「えっと」と小さな声で呟いた。

「先生、すみません。姉が見つかったみたいなので、俺もちょっと行ってきます。義父にも連絡したいですし。失礼します」

「えっ? 待て待て、待って星宮」

 担任が我に返ってそう言った頃には、会議室にはもう誰もいなかった。

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