雨と夜空とブランコ

 放課後。凛子たち四人は、結人を連れて「サナの家」にやってきた。

 結人の話だと、現在は結人は義理の父――つまり、サナの父親のマンションに、母と一緒に引っ越してきて住んでいるのだという。引っ越してまだ半月程度だし、義父ともそこまで慣れていないと、辛そうな顔で言った。

「サナは、ここが自分の家だって……」

「市内に一軒家があるけど、そっちに住むのは義姉さんが反対してるって聞いた。ここがそうなのかな?」

 結人は困ったような、泣きそうな顔で家を見つめている。

「サナさんがここに住むのを反対してる?」

 萌花はスマホに文字を入力しながら、呟いた。LIOにLANEで報告しているのだ。

「つーかサナさんて、市内に住んでたってこと? 何で電車に乗ってたんだろ」

 心菜が言うと、結人が答えた。

「市内には住んでないよ。義姉さんはまだ一緒に暮らしてないから」

「へっ、何で?」

「一人暮らし?」

 心菜と志穂がほぼ同時に言った。結人は困ったような顔をした。

「なんか、ちっちゃい頃に母親が病気で死んで、ずっと県南のじーちゃんばーちゃん家に預けられてたらしい。今もまだじーちゃんばーちゃん家に住んでるって」


「サナ……」

 結人の言葉は凛子には衝撃だった。

 お母さんが死んじゃってたこと。おじいちゃんおばあちゃんに預けられて育ったこと。お父さんが再婚すること。

 凛子はサナのことを何一つ知らなかった。

 どうして教えてくれなかったんだという気持ちと、どうして気付かなかったんだという自責の念が、同時に襲いかかってきた。

 動物園での悲しそうな顔。

 あの――お母さんとの思い出の場所を教えてくれたサナの横顔。

 何で、自分は、サナに、悩んでないかとか、辛いことはないかとか、聞かなかったんだ。


 サナは、凛子には、どこか神様や天使のような遠い存在が、気まぐれで自分のところへ降りたってくれた、奇跡の存在のように感じられていた。

 自分がサナの世界に踏み込むなど、おこがましいと思っていたのだ。

 踏み込んで嫌われて、気まぐれが終わってしまうのが怖かったのだ。


 なんて。

 なんて自分は――。


「んん?」

 スマホとにらめっこをしていた萌花が変な声を上げた。

「ね、ケーサツには届けたのかってLIOが聞いてる」

「りお?」

 萌花の問いに、結人が怪訝な顔をする。そう言えば、誰も自分達の現状を結人に話していなかった。

 志穂が簡単に説明する。

 夏休み、凛子がサナと出会って仲良くなったこと。

 そのサナと連絡がつかなくなったこと。

 心菜がサナは未来人だと言い出して、独自にサナのことを調査し、オカルトに詳しいという萌花のネット上の友人――LIOに協力を求めていたこと。

 志穂は相変わらずのおっとり口調だったが、結人は驚いていた。


 結人は少しの間足元を見つめてから、萌花の顔をまっすぐ見た。何かを吹っ切ったような顔で、すぅっと小さく音をたてて息を吸った。

「警察には連絡するって言ってた。義姉さんと連絡がつかなくなったって日、オッサン――義理の親父さんが、その義姉さんと暮らしてるっつーじーさんと電話してて。スゲー怒った口調で、警察に連絡して捜索願を出すって言って、出てったんだ。あの時、警察に行ったと思う」

「フンフン」

 萌花はまたスマホに向かって、怒濤の勢いで入力し出した。


「俺さ」

 そう言って、結人は凛子を見た。

「義姉さんに一回だけ会ったことあるんだ。夏休み前にさ。四人で食事だって言われて連れ出されて。それまでは義姉さんだけは、住んでるトコが遠いとか、バイトが忙しいとか言って、いつも欠席してたんだ」

 結人は、切り株の椅子に視線を移した。

「俺と母さんのことが、嫌なんだろうなって思ってた。俺だって嫌なんだから、年上のくせに甘えて逃げんなよって思ってた。そんで会ってみたら、外見はド派手だし、スマホばっか見てるし。こりゃいよいよめんどくせーことになったって思った。けどさ」


 夏休み前と言えば、凛子が初めてサナに会ったあたりだ。

 もしかして、あの日、あの後、結人たちと会っていたのだろうか。


「けどさ、親とちょっと離れたトコで、あの人俺に言ったんだ。親の都合で振り回されんのしんどいよねって。アンタも無理しなくていいよって。でも、兄弟ができんのは、アタシも嬉しいよって」

 サナはその時どんな顔をしていたんだろう。凛子はふとそう思った。

 サナはあの夏休みの間、ものすごい悩みや葛藤を抱えていたに違いない。

 そんな辛い中、自分と遊んでいたサナは、いつもカッコよくて、楽しそうで、凛子はあの笑顔の裏側で、サナが苦しんでいたなんて、思いもよらなかった。

 凛子は心から、自分を嫌悪した。


「あれっ! あんだだぢ!」

 突然、道路の方から声がした。

 全員が驚いて、弾かれたように顔を上げた。

「なしたの? ネコちゃん、まだ見つがらねな?」

 声の主は、おばあさんだった。

 凛子は一瞬誰だろうと思った。

「ネコちゃん? もしかして、この前、ココちゃんが話しかけたおばあちゃん?」

 志穂の言葉で、凛子と心菜が同時に「ああ!」と言った。

 サナのことを調べると言い出して、初めて会った病院の駐車場に行った時、そこにいたおばあさんだ。

 心菜が「ネコを探している」と適当な嘘をついたのだ。


「あ、えっとあのね、うん! みつかんねくって!」

 心菜は盛大にうろたえながら、無理矢理方言を入れて答えた。

「あらぁ~、あんだだぢ、そこ空き家なべ。そごさいねがって見に入ったなだな。んだども、人なだがら、はえぐ出でおいで。おごらえだら、なもかもねべった」

 おばあさんはあくまで優しく、他人の家の敷地に入ってはいけないと注意してくれた。

「あっ、あの、俺の……義父ちちの、家なので……」

 結人が慌てて口を開いた。萌花がギッと結人をにらんだ。よけいなことを言うなという意味だ。結人はびくっとして固まった。

「あれぇ! あんだ、星宮さんちの子供さんでが? あれ。んだども、女の子でねがった?」

 おばあさんの口から「星宮さん」という言葉が出た瞬間、全員が目を見開いた。

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