博識なライオン
「どう? ゴーカクでしょ?」
心菜が萌花の前で仁王立ちをして胸を張った。
萌花は少し照れ臭そうに笑って「もちろん」と答えた。
「ずっと歌ってくれる人、探してたんだ。でも、ライブでギター弾いて配信してるとか、バカにされそうで、凛子くらいにしか言えなかったし。半分諦めてた」
「アタシだって!」
心菜は突然大きな声で言った。
「アタシだって、歌って配信したかったけど、みんなに何言われるかと思うと怖くて、ずっと誰にも言えなかったし、なーーーんにもできなかった!」
心菜と萌花は、お互いを見つめ合って微笑んだ。
「ね、ココって呼んでいい?」
「アタシも、モカって呼んでいい?」
凛子は向かい合って微笑みあう二人を見て、胸が踊った。
萌花に理解者が現れた。しかもそれは、自分がいつもどこかで憧れていた存在。隣にいながら、少し遠くに感じていた友人。
すごく嬉しい気持ちのなかに、何かがチクリと心をつついた。
――なんだろう。少しだけ苦しいような。
凛子は息苦しさを振り払うように、ニッコリ笑った。
「よかったね、モカも、ココも」
心菜はバッと振り向くと、思いきり凛子に抱きついた。
「ありがとー! 凛子のおかげ!」
「わっ、えへへ。私も嬉しい」
「うん、うん。ほんとによかったと思うんだけど」
盛り上がっている三人の後ろから、ニッコリ微笑んだ志穂が声を上げた。
「未来人の話は、もういいの?」
未来人。サナ。
凛子は急に胸の苦しさが増すのを自覚した。
「未来人? 何それ」
萌花がきょとんとする。
「あの、サナのこと。ココが、サナは未来人なんじゃないかって言い出して……」
「は? 何でそんなことになってんの?」
凛子はしゅんとして、スマホを開いた。やはり、サナとのやりとりに既読はつかない。
凛子と志穂が萌花にことの次第を説明すると、萌花は凛子の予想を裏切って真剣な顔になった。
「なるほどね」
萌花はギターをベンチにおいて、ポケットからスマホを取り出した。
「私もちょっと不思議に思ってたんだよね。あのオバケ屋敷が自分の家とか、なんかおかしいなって思ってたんだ」
「え? モカ?」
凛子が呼び掛けても顔を動かさず、スマホを操作していく。
「だってさあ、あのオバケ屋敷、ウチらがちっちゃい頃からずっと空き家じゃん。十年以上だよ。絶対なんかある」
「ええっ! だってモカ、そんなこと今まで一言も……」
「思ってたけど、凛子、ばあちゃんのことがあったばかりだし、言えなかったんだよ。ゴメン」
「いいけど、全然」
てっきり萌花も、志穂や凛子と同じように呆れるものと思っていたので、凛子は動揺した。
「ね、私の知り合いにそういうオカルトみたいなことに詳しい人がいるんだけど、話していい?」
「ええっ?」
「てか話しちゃった」
「えーーーーーっ? えっ?」
凛子はもう驚いて間の抜けた声をあげることしかできない。
「オカルトに詳しい人って誰?」
志穂がうろたえる凛子をなだめながら、萌花に聞いた。
「この人。LANE友達。会ったことはないんだけど」
スマホには、LANEのトーク画面が表示されていて、萌花のアイコンの横に『友達が未来人に会ったかもって話になってんですけど、何かアドバイスもらえない?』と書かれていた。
凛子が何か言うより早く、既読のマークがパッと表示され、ピコンという音と共に萌花のメッセージが上にずれて、下にライオンのアイコンと『詳しく聞かせてください』というメッセージが表示された。ライオンの下には『LIO』というアカウント名が出ている。
「りお?」
志穂が読み上げると、萌花はこくんと頷いてスマホを自分の手元にひっこめて、ものすごい早さで文字を入力しだした。
「はっっや!」
心菜が呆れたように言った。
「つーかアタシにもLANE教えてよ!」
「凛子教えといて」
「え? ええ? いいけど」
心菜の拗ねたような甘えた声にも、萌花は目線を上げることもなく、早口で凛子に自分のLANEのアカウントIDを教えるよう言った。
モタモタするする凛子に、志穂が手助けをする。
どうにかこうにか萌花のIDをゲットした心菜が「ねぇねぇメッセージ送ったよ」と、萌花にちょっかいを出すと、ようやく萌花が顔を上げた。
「こっちも登録した。ね、りおも入れてグループトークしてもいい?」
「ええっ?」
「全員で?」
驚く凛子たちに、萌花は真顔で頷いた。
「私はいいけど」
サナの問題は本来、凛子一人の問題だ。凛子は、志穂と心菜の顔を見た。
「いーよー」
「おもしろそうだね」
凛子の不安をよそに、二人はあっさりオーケーした。
そして、MOCA、COCO、しほ、凛、LIOの五人のアカウント名が並んだトークルームができあがった。
四人のスマホの通知音がほぼ同時に鳴り、LIOから『はじめまして。りおと読みます。よろしくお願いいたします』というメッセージが届いた。
凛子は、LIOのメッセージの雰囲気が礼儀正しく堅苦しいので、大人の人かもしれないと思った。
LIOのメッセージに、凛子と心菜と志穂それぞれ『よろしく』という意味のスタンプを送信する。
『早速ですが、未来人、つまり、タイムトラベラーですね。有名なのは、ジョン・タイターやサンジェルマン伯爵でしょうか』
通知音と同時にスマホに表示されたLIOのメッセージは、凛子たちには全く解らない内容だった。
「さんじぇるまん?」
志穂が小首を傾げる。
「ココ、知ってる?」
凛子が心菜に聞いてみると、心菜はブンブンと首を大きく横に振った。
「パン屋さんみてえ」
萌花がにべもなく言う。
『記憶に新しいところですと、未来から来たと言う男性が、インターネット上の掲示板に現れ、人々の質問に答え、暗号を使って災害を予告して行ったという話があります』
「あっこれ! アタシが知ってるヤツ!」
LIOからの新着メッセージを見て、心菜が弾んだ声で言った。
「わっすごーい!」
志穂が、LIOが添付してきたURLをタップして、感嘆の声を上げた。
凛子もタップしてみたが、いわゆるまとめサイトと呼ばれるようなホームページに飛んだ。
怖がりの凛子には苦手なデザインの、不安や恐怖をあおるような色使いとレイアウトで、LIOが言っていたタイムトラベラーと呼ばれる人々の紹介記事が掲載されている。
「これ、けっこうおもしろいかも」
萌花が呟くと、志穂も「解る」と同意した。心菜も「おもいしろい! じっくり読みたい!」と言っている。
凛子は夜眠れなくなりそうだったので、ページをそっと閉じた。
『これらタイムトラベラーと呼ばれる人々は、未来の世界の情報、自身の世界の状況を、まるで謎解きのヒントのように、断片的に我々に伝えることが多いように思います。ほとんどが、世界情勢や災害など、世界規模の大きな情報を伝えるものです。その、サナさんのように、皆さんのクラスに転校生が来ると言った、個人的な事柄を予告するパターンはあまりないように思います。強いて言うなら、未来の自分と出会ったという事例が近いでしょうか?』
――未来の自分。
LIOの言葉に凛子の胸はきゅっとした。
サナが未来の自分だって?
それはない。
絶対にない。
そうだったら、どんなにいいか――。
「あーっ! 凛子の娘ってセンどう?」
突然心菜が叫んだ。
そして同時に怒濤の勢いでスマホに文字をフリック入力していく。
送信ボタンをタップしつつ萌花を見て、早口で捲し立てた。
「てゆーかこれ、通話した方が早くね?」
萌花は特に表情を変えずに「ムリ」と素っ気なく答えた。
「りお、通話NGなんだって」
「なんじゃそりゃ」
心菜がコケるふりをしている間に、全員のスマホに心菜からのメッセージが表示された。
『サナは、凛子の未来の娘だったりして! 転校生と凛子が将来結婚して、あの家に住んで、生まれた子がサナ! これどう?』
凛子はあまりのことに、口をぽかんと開けてしまった。
「へえロマンチック」
志穂が全く本気にしていないのがまる見えの声で言った。
「待って待って! 星宮くんと結婚って! そんなわけないじゃん!」
凛子がようやく声を上げると、心菜がニヤニヤしながら「わかんないじゃん」と言った。
「十年先なんて何がどうなってるか、わかんないじゃん!」
「そっ、それは、そうかもしれないけど」
心菜と凛子が不毛なやり取りをしていると、スマホから通知音が鳴り、LIOからの新しいメッセージが届いた。
『もしそうだとしたら、サナさんは凛さんに伝えなくてはならないことがあるのでしょうね。我々にとっての未来、サナさんにとっての今を、変えたいのだと思います』
「今を変えたい、か」
萌花がポツリと呟いた。
凛子の胸にも、チクリと刺さる言葉だった。
『何か、気になる発言はありませんでしたか?』
「だって、リンちゃん、何かある?」
「え……えっと」
凛子には、気になっていることがひとつあった。
動物園の後の出来事だ。
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