スパイシーな共振

 バスを降りた後は、コンビニで軽食を買い、待ち合わせ場所の公園で萌花を待ちながら食べることにした。簡単な昼食だ。

 公園からは、サナの家の屋根が見えた。

 小さな公園で、遊具はブランコと滑り台と、鉄棒が二つくらいしかない。

 公園には、凛子たちしかいなかった。

 三人ならんでベンチに座り、それぞれサンドイッチやおにぎりを食べながら萌花を待った。

「リンちゃんのお家もこのすぐ近く?」

 ごみ箱にごみを捨てて戻ってきた志穂が、座りながら言った。

「うん。モカの家とお隣。すぐそこだよ」

 自宅のある方向を指すと、サナの家の屋根が見えた。

 サナがもし、本当にあの家に引っ越してくるのなら、その気になれば毎日会えるほどのご近所さんになるのだ。

「隣なんだ!」

 ペットボトルのミルクティーを飲んでいた心菜が、驚いた声を上げた。

「うん。赤ちゃんの頃から一緒」

 凛子が答えると、心菜は「へぇー!」と言って目を丸くした。 

「なんかいいなあ、そういうの。幼馴染みとか憧れる。ウチ、中学のとき団地から引っ越したから、 ずっと一緒の友達とかいないんだよね」

「私も、小学校の途中で引っ越したし、幼馴染みはいないなあ。リンちゃん、羨ましい」

 心菜と志穂が揃って言った。

 凛子は、幼馴染みがいることを特別なことと思っていなかったので、なんだかくすぐったいような気分になった。


 そんな他愛もない話をしていると、不意に凛子のスマホが鳴った。

 画面を見ると、LANEに萌花からのメッセージが届いていた。

『着いたけど』

 パッと顔を上げると。公園の入り口に萌花が立っていた。ネイビーと白の太いボーダー柄の大きめのTシャツにジーンズ姿だった。

「あっ、モカ……」

 凛子が腰を浮かせると、心菜がものすごい早さで立ち上がり、あっと言う間に萌花の元へ駆け寄ってしまった。

 凛子は突然のことに驚いて「へっ」という、情けない声が出ただけで立ち止まってしまった。


「ね、ギター、超、マジ、カッコよかった! アタシ、ココ! お願い! アタシと一緒に音楽やろう!」


 心菜はたじろぐ萌花の手を両手でギュッと握って叫んだ。

 凛子と志穂が呆然とするなか、心菜は真剣な目をキラキラ輝かせて、もう一度「お願い!」と言った。

 萌花はこれ以上ないほど目を見開いたが、数秒後、みるみる顔が真っ赤になっていった。

「えっ、なっ、なにっ? 急に……」


「ココちゃん、落ち着いて! 座って話そう! モカちゃん、久しぶりー! 昨日会ったけど!」

 志穂が大声で助け船を出した。

 心菜に手を引かれてこちらにやってきた萌花の顔は真っ赤で、困ったような目で凛子を見た。

「モカ、あの、なんかごめんね?」

「別にいいけど」

 凛子も戸惑いながら謝ると、萌花は真っ赤な顔のままで答えた。怒ってはいなそうだったので、凛子はほっとした。

 心菜はさっきまで自分が座っていた場所に萌花を座らせると、その目の前に立ち、おおげさな身ぶりで頭を下げた。

「アタシも一緒に音楽配信やらしてください! お願いしますっ!」

「ココ、まずは友達になるんじゃなかったの?」

 凛子が心菜に聞くと、心菜は顔を上げて真剣な目で三人を見た。

「そう! そうなの! でもダメ押さえきれない! ライブ配信やってるって聞いて、同い年でそんなことやってる人がこんな近くにいるなんて思ってなかったから。ほんで聞いてみたら、スンゴイカッコイーしさ! 

 アタシも前から歌ってみたってヤツやってみたかったの! でもどうやってやるのかわかんないし、機材とかもわかんないし…結局ワカンナイを言い訳にしてアタシは何もしてなかった。でもやってる人がいたの! 感動したの!」

「ココ、昨日、リクエストしたよね? カザグルマ」

「うん! した!」

 凛子の言葉に、萌花がびくりと反応した。

「ココ……? 昨日の……リクエスト?」

「そうそう、ソレ! すっごいカッコよかった!」

 萌花は急に真面目な顔になって「ちょっと待ってて!」と言い、突然駆け出した。

「え、ちょっ……モカ! どこ行くの?」

「待ってて! 絶対そこいてね!」

 叫びながら、萌花は公園を出ていってしまった。

「ど、どうしよう凛子! アタシ怒らしたかな?」

 心菜が泣きそうな顔ですがってきた。

「へっ? いやそんなことないでしょ」

「モカちゃん、怒ったって感じじゃなかったし、待っててって言ってたもん、大丈夫でしょ」

 うろたえる心菜を凛子と志穂がなだめている間に、萌花は戻ってきた。

 出ていったときよりいくらか疲れたような足取りで、肩にクラシックギターのハードケースを引っかけている。萌花の宝物のギターだ。

 心菜の目が、驚きと期待で見開かれた。

 萌花は、三人のもとに戻ると、息を整えてから隣のベンチでギターを取り出した。

「歌ってみて。カザグルマ。歌える?」

「歌える! 歌詞は怪しいけど」

「歌詞はどうでもいいよ」

 萌花のどこか挑発するような目と声に、心菜は噛みつくほどの勢いで答えた。

 直後、萌花がギターの弦を鳴らした。

 昨日のライブ配信と同じアレンジ。

 イントロが終わると、心菜の歌声が不安げに萌花のギターの旋律の上に乗った。

 昨日のライブでは主戦慄を奏でていた萌花のギターは、今はコードを弾いている。

 主旋律のガイドメロディーがない状態で、ギターのコードだけを伴奏に歌うのは意外と難しい。

 ましてや楽譜も歌詞のメモもない。

 だが、心菜が不安そうだったのは最初だけで、萌花のギターを掻き鳴らす手の力が強くなるにつれ、心菜の声も強くなっていく。

 心菜は歌が上手だった。一緒にカラオケに行ったとき、あんまり上手だったので、凛子は驚いた。

 自信に満ちた心菜の歌声。

 今、目の前で歌う心菜の手にマイクはないが、よく通る声がキレイに響いて、音に合わせてときどき動く腕が、とても力強くて、凛子の心を今までにないほど揺らした。

 歌が終わる頃、萌花と心菜はしっかりとお互いを見つめあっていた。

 こんなに楽しそうな萌花は久しぶりに見たと、凛子は思った。

 凛子の心のなかに何だか暖かいものが灯った。


「スゴーイ! 上手!」

 志穂が拍手した。

 凛子も一緒に手を叩いた。

 心菜が照れたように笑った後、妙なポーズをキメて見せた。おかしかった。

 四人はひとしきり笑った。


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