ホワイトアッシュのオオカミ

 あの日のサナも、今の心菜のように楽しそうに凛子の手をひいていた。しかし。オオカミのコーナーが近づくにつれて、凛子の手を握る力が少しずつ強くなっていった。オオカミの前に着く頃には、まるで幼い姉妹のように、二人はしっかり手を繋いで歩いていた。

 シンリンオオカミのコーナーはさほど大きくはなく、なにか物珍しい仕掛けがあるわけでも、イベントがあるわけでもなく、ひっそりとしていた。

 奥の少しだけ高くなっている場所に、グレーのオスのオオカミと、少し離れた場所でメスの白いシンリンオオカミが寝そべっていた。

「うわ、カッコイイ!」

「キレイだね」

 心菜と志穂が柵に手を置いてそれぞれ声を上げた。

「そんでそんで? オオカミ見て何してたの?」

 心菜が凛子の顔を覗き込んできた。

 凛子は、あの日のサナと同じように、柵に手をついてオオカミを見つめた。

「うーんとね、サナね、少し寂しそうにオオカミって絶滅したんでしょって」

「えっ! いんじゃん!」

 心菜がバッと目の前のシンリンオオカミを指した。

「日本のオオカミだよ。日本にいたオオカミが絶滅したの」

 志穂に教えられて心菜は「ふーん」と軽く答えて「それでっ?」とまた凛子の顔を見つめた。

「えーとね」

 凛子は、サナの言葉を思い出す。



 ――サイドウニュウって知ってる?

 再導入。

 サナはそう言った。

 突然放り投げられた未知の言葉に、凛子はきょとんとした。

「ううん。知らない。どういうこと?」

 凛子が素直にそう言うと、サナはオオカミを見つめたまま答えた。

「一度はオオカミがいなくなっちゃった土地に、外国から別の種類のオオカミを連れてきて、その土地に住ませて、もう一回増やしていこう……みたいなことらしい」

「へえ……でもそれ、別の種類なんでしょ? 外国にまだニホンオオカミっているのかな?」

「ううん、いないよ。別の種類のオオカミ」

 サナの声は、どこか悲しげだった。

「じゃあやっぱり元通りってわけにはいかないんじゃないかな? 結局違うオオカミが増えるだけなんじゃ」

 凛子がそう言うと、サナは柵に置いた両手を重ねてその上に顔を置いた。イエローのネイルが見えなくなってしまった。

「やっぱ、そうだよね」

 ――元通りになんて、なるわけない。

 サナはそう呟くと、俯いてしまった。

「サナ?」

 凛子が覗きこむと、今まで見たこともない暗い顔をしていた。

「ニンゲンってさ。自分でぶっ壊しといて元に戻そうとか、カッテだよね!」

 サナは勢いよく跳ね起きて、そう言った。笑ってはいたが、どこかかげりのある笑顔だった。

「サナ……」

「ねぇねぇ凛子、もう一個、つきあってくれない?」

 サナの肩に触れようとした凛子の手を、サナがぎゅっと両手で握った。

 凛子はドキドキしながら「うん」と答えた。

 二人はまた、手を繋いで歩きだした。


 ここまで話したところで、凛子のスマホの通知音がなった。

 凛子はハッとしてスマホをポケットから取り出す。

 萌花からのLANEの返信で『十四時に公園でどう?』と書いてあった。

それを志穂と心菜に見せると、心菜はとびはねて喜んだ。

「オッケーオッケー! 今何時? 早く行こう!」

 バスの本数が少ないうえ、待ち合わせ場所の公園にはバス停から十分程度歩かなくてはならない。

 三人は急いで動物園を出ることした。


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